幼き頃の記憶を抱きしめる③
酔狂なことを思い付く人もいたもんだと、驚きと同時に感心した。
リアンの頼みを了承する以外に、選択肢はなかった。
残り少ない命が誰かの役に立つのなら、これほど喜ばしいことはない。
生きていても迷惑や心配をかけるだけだと考えてばかりだった彼にとって、誰かに必要とされたことが心の底から嬉しかった。
そうと決まれば行動あるのみ。
早速医師に外出の許可をもらおうとしたが、それが簡単なことではなかった。
リスコッチの身体は病に犯され、いつ何が起こってもおかしくない状態にまで陥っているらしく、頑なに首を横に降り続けた。
会話や雰囲気からそこまで深刻な病状だとは気付かれにくいが、それは単に痛み止めを多用して誤魔化しているから。
延命をすることよりも、痛みのない死を選んだのだ。
おまけに、外出の理由が精霊の解放だとかおくり人の手伝いだとか、およそ理解されがたいことも相まって、1日、2日と病院から出られない日が続く。
リスコッチに妙なことを吹き込んだ張本人として、リアンとフェネリは病院を出入り禁止になってしまったらしく、今朝まで病室に顔を出すこともなかった。
このまま何もなかったかのように風化してしまうのだろうか。
3日間考えてぼんやりと思い出したことがある。
幼かった頃の幽かな記憶。
兄弟のいないリスコッチは人見知りで引っ込み思案。
あまり外で遊ばない子供だった。
あれは、5歳くらいだっただろうか。
その頃はすっかり物置と化し埃まみれの小さな屋根裏部屋で遊ぶのが大好きだった。
天窓から差す光に混ざって思い起こされる声は、自分と誰だっただろうか。
「強行手段に出ることにしました」
そう言いながら壁に空いた丸い穴からリアンとフェネリが顔を覗かせたのが、今から数時間前のことである。
人間、年を重ねると大抵のことでは驚かなくなるものだ。
「どうも、おはようございます」
とだけ返すリスコッチにリアンは少し驚いたように目を見開いたが、すぐにやんかりと笑顔を浮かべた。
手招きされるままに直径1メートル程の穴を潜れば、見覚えのある森の入り口だった。
久々の新鮮な空気に自然と肺が大きく膨らみ、人工の明かりに慣れた瞳孔には広がる光と色がそこはなとなく痛かった。
振り返れば、入り口の番人がごとくどっしりとした大岩。
その丁度真ん中に、例の穴はあった。
足元には杖を抱えしゃがんでいるフェネリがおり、リスコッチと目が合うと小さく手を振ってくれた。
初見から思っていたが、この子はやはり魔術師なのかと手を振り返しながら確信する。
年々衰退の一途を辿っていると聞くが、まだこんな若者が存在したとは。
「凄いですね」
「フェネリは大抵のことはできますから」
教育に厳しく友人関係にも口煩かった親元で育ったリスコッチにとって、一風変わった2人はとても興味深いものだった。
「こっちです」
案内されるままに道とも言えない道を進む。
リアンが先頭を進み道を慣らし、無言ではあったがフェネリが優しく手を引いてくれる。
老体を気遣ってくれているのがわかり、温かな気持ちになった。
なんだか孫たちと秘密の散歩をしているみたいでワクワクする。
ピクシーやケセランパセランが宙を舞う様は幻想的で、きっと死後の世界は現実と差して変わらないのではないかと、自分の近い未来に思いを馳せた。
そうして、例の小屋にたどり着いたのだ。
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