第22話「ある雨の日の朝(お魚の気分ですね)」

 朝、目覚めると、ザーと言う雨音が聞こえる。春だと言うのに、まだ少し肌寒く感じる。

 由紀は自室のカーテンを開けた。

「なんだ。今日は雨なのか」

 ベットに置いているスマホを手に取ると、ゆんからLINEメールが着ていた。

『由紀ちゃーん。昨日釣ったシーバス、刺身とムニエルにしてみました♪』


 由紀はスマホを眺め、軽い顔で微笑む。飯テロだ。今日会ったら抗議してやる。

 ぎゅっとお腹周りを掴み、ゴクリと喉を鳴らした。

 すかさず部屋のドアを開けて大声で言った。

「ママー。今日の朝ご飯なにー。お魚?」



 結局、朝ご飯はパンだった。パンはできたてで確かに美味しかったよ。だけど、気分は魚だったんだよ。ゆんのせいで。


 傘をさしながら、いつもの通学路を歩いているうちに、聞き慣れた声が聞こえてくる。

「由紀ちゃーん!おはよう〜」


 ビニール傘をさしながら、由紀の方に元気よく手を振るゆんだった。

 雨が降り、曇り模様の空、ジメジメした気分を吹き飛ばすように彼女は太陽のように微笑んでいた。


「おはよう、ゆん。今日も気分がいいね。何かあったの?」


「うん。今日の朝ご飯が美味しくて。昨日作ったシーバスのムニエルも朝ご飯のおかずとして食べたよ。コシヒカリに相性ばっちりだよ」

 ゆんは頬を少し赤く、手を頬につけて、にやけ顔で言う。

 そんなゆんの言葉に、由紀はゴクリと喉を鳴らす。

「そ、そーなんだ。LINE見たよ。見た感じ美味しそうだったじゃん。美味しかった?」


「うん。美味しかったよ。釣れたて新鮮で、つい舌がとろけたよ。本当にありがとうね。由紀ちゃん」


身体を由紀の方に向けて、満面の笑みで由紀を見つめる。実に幸せそうな顔だ。


「シーバス《ズズキ》は白身魚だから、美味しいよね。釣れたてだし、新鮮な魚は何をしても美味しいと思うよ」

由紀はにこりと微笑みながら言う。ゆんは「うんうん」と共感してくれる。


「それでね。釣ってくれた由紀ちゃんにも食べさせたくて、作って余っちゃったムニエルを弁当に詰めてきたんだ。お昼のご飯一緒の食べよう」

 ゆんは首を傾けながら、由紀を見つめる。由紀は目を見開いて、ぎゅーとお腹を鳴らした。

「あ」

 由紀はお腹を手で押さえて、顔や耳を真っ赤にしてしまった。これは恥ずかしい。穴があったら入りたい。


「プププ、由紀ちゃんって意外と食いしん坊だね」


「ゆんだけには言われたくなかったね。LINEの写真見た時から、気分は魚だったんだよ。それじゃ昼間、期待してるからね」

 由紀はぽりぽりと後ろ髪を掻いた。金髪のツインテールが揺れる。


「わかったよ。楽しみにしててね。私が作った料理は美味しいんだからね。由紀ちゃん!」

 ゆんは由紀に期待をかけるかのようにそう言った。

 由紀は「楽しみにしてるよ」とだけ言い、傘を持ちながら歩く。ポツポツと降りそそぐ雨、水音を聞きながら、たわいのない話をゆんとしながら、二人は学校に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る