第19話「あたりがありました(釣れるといいですね)」

「由紀ちゃん、波あんまり動いてないね」


「そうだね。時間帯的にも、今が満潮なのかもしれないね」

 ゆんはテトラスポットまで駆け寄り、じっと見つめているが、海の穏やかさには変化がない。

 由紀は「うーん」と言いながら、背中に担いであった竿バックから竿を取り出した。

「ゆん。準備して、釣っているうちに流れが変わってくると思うからさ」


「はーい」

 いい返事が返ってきた。由紀はニコリと笑みを浮かべた。


「よし出来た。ゆん、先に行ってるからね」

 由紀は針をつけて、ピンクのワームをつけた。


「あ、ちょっと待って、もうすぐ準備終わるから」

 慌てるように、ゆんは針にワームをつける。


 その間に由紀は、思いっきり竿を振り上げてワームを海に投げ込んだ。

 竿先を下げてゆっくり、ゆっくり、アクションはせずに巻いていくだけ。

 次第に、竿先がブルブルと揺れる感覚が手に伝わる。


「ゆーん。今日は下層に居るかも。アタリがあったよ」


「そうなんだ!アタリがあるって事は釣れるかもね。ワクワク。楽しみ」

 ゆんは、竿を持ちながらニコニコと微笑んだ。その様子を見ながら、心が温かくなっていく。本当に仲直り出来て良かった。そんな日々が過ごせる事に感謝しなければと由紀は感じた。


「それじゃいくよ。えい!」

 素人っぽい投げ方で、ゆんはワームを海に投げた。由紀と同じように、竿先を下げてゆっくりとゆっくりと巻いていく。

「私もアタリあればいいな♪」

 鼻唄を歌いながら、ゆんは海を見つめる。

「あ、なんか大きな魚が通ったよ。向こうでもボイルしてる」


「うん。してるね。今日は大物が釣れるかもね」


「釣れたらいいね。だけどこのロットじゃ大きいの釣れても厳しそう」


「まあ、メバル用の竿とワームだし、大きすぎるのは釣れないよ」


 波がゆっくりと変化を見せる。穏やかだった海は次第に動きをみせていた。まるでさっきいたあの魚が海を操っているかのようだった。


「ゆっくり、ゆっくり……」

 ゆんは竿先を見つめながら、ゆっくりと巻いていく。次第にビクビクと反応がしたらしい。

「由紀ちゃん、手に振動が流れたよ。もしかしてアタリかも」


「キタね。それじゃ、そのまましゃくる(上に)といいよ」


 ゆんはゆっくりと巻きながら、思いっきり竿を上にあげた。しゃくった。すると竿先が曲がり、海からは糸を引っ張る仕草が見えた。

「由紀ちゃ、ちょっと重い。これ来たかも」


「ちょっと待って、今、網出すから。しっかり竿を立てておくんだよ」


「うん。わかったよ。あ、あわわ」

 ゆんは初めての感覚、竿を立てながら、「次どうするの」と慌てながら由紀に言った。

 由紀は自分が持って来ていた網を取り出し、ゆんの状況を確認する。

「竿を立てながら、糸が緩んで巻けると思ったら巻くといいよ。魚も疲れるだろうし」


「う、うん。わかったよ。由紀ちゃん。頑張ってこのチャンス掴むよ」


「頑張って、もうすぐだよ」

 ゆんが「うんん」と踏ん張りながら、リールを巻く。すると次第に尾びれが海から出てきた。

「これはカサゴ(ガシラ)だね。あと少し頑張ってね。今、網ですくうから」


「うん、早く、早めでお願い……」


「これは大物だよ」

 由紀は網でゆんが釣ったカサゴをすくって、地上へあげた。

 ゆんが安心感からか、ぺたんとその場に座り込んだ。

 由紀はポケットからメジャーを取り出すと、釣り上げたガシラのサイズを測る。

「ゆん、凄いよ28センチあるよ。あともう少しで尺(しゃく)サイズだったけど、これは大物だよ」


「やった。やったよ由紀ちゃん。今日来て本当に良かったよ」

 由紀からの激励に、ゆんは座りながら両手を上げて「キャッキャ」と喜んでいる。

 久々の笑顔が見れた気がした。由紀はゆんのそんな笑みを見ながら、ゆんと目が合い、お互いに微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る