第15話「その店員は友人の父親だったようです(優しい人でした)」

 すると、入り口の自動ドアが開いた。姿勢正しく歩く女の子の姿だった。見慣れた由紀と同じ制服。頭の上にはアホ毛。サラサラとした髪がふわりと舞う。

 その子は店員に気づいたのか、手を振りながら、こっちに向かってくる。店員はウキウキとしながら話しかける。

「おう、悠。帰ってきたか。おかえり」


「あ、パパなにし……、」

 悠は由紀を見つけるやいなや、顔が赤くなる。

 由紀は口を手で隠しながら、

「私は何にも聞いてないし、見てないよ。だけど良い家族関係ね」


「あー。由紀に恥ずかしいモノ見られた。もうパ、お父さんのせいだからね」

 悠はプイと顔を背ける。店員いわく、悠の父さんは悠の姿を見て、掌を悠に向けながら、わたわたとしている。

「ゆ、悠……」


「お父さんはレジでおとなしくしてれば良いから、早く行って、早く」


 悠の父さんは肩を落としながら、レジに向かっていく。悠の父さんは娘には弱いようだ。


「悠、良かったの?悠のお父さんレジに行っちゃったよ」


 悠が頬をぽりぽりと掻いた。「うーん」と嘆きながら、由紀を見る。


「恥ずかしいもの見せてしまったしね。ははは」

 心なしか、悠の目が黒く濁っている風にも感じるが、思春期特有なものだろう。ほっておくことにした。


「あ、そうそう、今日ね。エメラルダスの竿見せてもらったの。あのダイワの竿良いわね」

 由紀は頷きながら、悠にも、さっき受けた感動を共感して欲しいのか、気分高めで話しかける。


「あ、見たんだ。あの竿、感度も良いし、おススメだよ。少し高いけど」


「そうなんだよね。一万代を超えるのは高校生には高いよね。バイトしてるんだったら別だけど」

 由紀はため息を吐いた。目の前に心から欲しいと思える竿があるのに、買えない悔しさは、歯をくいしばる他ならない。


「それじゃ、ここでアルバイトしたらどうかな?」

 悠は由紀を上目遣いで見ながら言った。


「え?えーーーーーー、……良いの?」

 由紀は手を上にあげて、慌てるかのようにばたつかせた。冷静になるために、一呼吸を入れて聞いた。


「うん。ちょうど、短期バイト探してたんだ。私もちょくちょく入るんだけど、最近委員長の仕事で忙しくって」


「そうなんだ。え、そんな簡単に決めても良いの?」

由紀は目を見開きながら、悠に聞く。


「まあ、パパ……ゴホン、お父さんに聞いてみてだけど、人が欲しいからすぐ採用ってなると思うよ」


 悠はニヤリと笑みを浮かべ、続けて喋る。

「由紀、あなたにやる気があるなら、私の権限(娘の力)で採用に導いてあげるわよ」


 由紀は拳を握りしめて、悠を見る。

「よろしくお願いします!」

 悠に向かって思いっきり頭を下げた。


「それからなんだけどさ……」

 由紀は頭をあげて、悠を上目遣いで見ながら、話しかけた。

 悠は頭にハテナマークをつけ、首を傾げながら、由紀を見つめる。

「あと、もう一人誘っていいかな?アルバイトに」


 悠は由紀に事情を話して、「なるほどね〜」と顎に手を置いた。

 意外にもすぐに返事が返って来た。


「いいわよ。それじゃお父さんの言っておくわ」

 首を縦に振りながら、手を口に軽く押さえながら言った。


「それにしても痴情のもつれね。あなたたちは」

 悠はニヤニヤと笑みを浮かべてた。由紀は耳がほんのり赤くなっていた。

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