第9話竿先が引いているみたいです。

「うーん。磯香りがする。よし、由紀ちゃんの分まで頑張って釣るぞ」

 外灯が赤色の船を照らしている。その船の影なっているところに、ピンクのワームがポチャンと落ちる。


「ゆっくり、ゆっくりと……んん?? 」


 ゆんの竿先がピクピク反応した。

「由紀ちゃん! なんか、グググって手に振動が……」


「ゆん! 引いてるんだよ。魚が、早くシャクって」


 ゆんは竿を上に上げる。すると竿先がしなり、糸が引っ張られていく。


「え、え?どうしよう。由紀ちゃん、どうしたらいい? 」


「ゆん、リールを巻くんだよ。あと、竿を上に立てたままで。じゃないと魚が逃げちゃうから」


 ゆんはリールを巻くと、次第に見覚えのある尾びれが見えてきた。

「メバルだね。網用意するからちょっと待ってて」

 由紀は近くにあった、持って来ていた網を取り出す。


「由紀ちゃん、早く、逃げちゃう!」

 ゆんは目をうっすらと開けながら、由紀に言った。

 由紀は「はいはい」と手に持っている網で、ゆんが釣ったメバルをすくい上げた。


「やったよ! 初メバルだよ!何して食べようかな?お刺身かな?天ぷらかな?煮付けかな?」


 ゆんは竿を右手で持ちながら、ぴょんぴょんとジャンプして跳ねている。

 由紀は口に刺さっている針を抜くと、メバルをゆんの近くまで持ってくる。


「初のメバルおめでとう。どうする?ゆん、持って帰る? 」


「うん。持って帰る! コンビニの袋に入れて」

 ファミチキを買った際、一緒にもらってきた袋を、ゆんはズボンのポケットから取り出す。

 由紀は、手に持っているメバルを袋に入れる。


「由紀ちゃん、メバルがぴちぴちと跳ねているね。調理する時が楽しみだよ」

 ゆんは袋に入ってあるメバルを見つめながら、よだれを垂らしている。


「けど、1匹だけじゃ寂しいし、もっと釣る?もう下げ潮だけど」


「釣る! 私は大量に釣って、煮付け、刺身、味噌汁を作るんだ」

 ゆんのお腹がぐーっと鳴る。よだれが地面に落ちると、服の袖で口を拭く。


「さっきファミチキ食べたばかりじゃん。まあ良いよ。あと1時間だけやろうか。明日も学校だし、早く1匹釣って、早く帰らないとね」

 由紀はゆんを見つめながら、腰に手を当てて言った。

 ゆんは竿に刺さってあるワームを新品のと付け替える。


「善は急げだよ。由紀ちゃん。早く釣ろうよ」


「はいはい」


 ゆんはさっき釣れたポイントにキャストする。ふわりと上に上がりながら、ポチャンと海に落ちる。


 由紀は竿先にある針にワームをつけた。

 ゆんの付近に立ち、竿先についてあるワームを海にキャストした。


 ただ、流れる波の音ともに、時間だけが過ぎていった。

 竿を片付けながら、2人にため息が吹き荒れる。

「今日はもうダメみたいだね。由紀ちゃん。全くあたりがないよ……」


「うーん。満潮の時だけだったみたいだね。私もあたりなんてなかったわ」


 由紀とゆんは、片付けた竿をケースに入れて、肩にかけた。


「さあ、明日も学校だし帰ろっか」


「うん。由紀ちゃん、帰ろう。釣ったメバルは調理して、LINEで送るね」


「……、どうしてだろう。これには既視感(きしかん)が感じるんだけど」


「大丈夫、大丈夫だから、由紀ちゃん。今回は食べる前に写メを撮って送るから。とびきり美味しそうな料理作って送るんだから〜〜」


 ゆんは両手を由紀に向けて、額に薄っすらと汗が出ている。


「まあ期待しない程度で楽しみにしてるよ」

 由紀は「ふふっ」と小さく笑いながら、ニコリと優しい笑みをゆんに見せた。


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