第7話何かが釣れたみたいです。
「うーん。やっぱり人が多いね。由紀ちゃん」
ゆんは赤灯台に着くと、近くの地面に荷物を降ろした。
由紀もすべての荷物を降ろすと、周りをきょろきょろと見渡してから、自分の竿に掛けてあったワームのついた針を外した。
「私は向こう側、赤灯台の周辺投げてみるよ。ゆんも頑張ってね」
由紀は親指を上げて、グットラックのポーズをゆんに見せつけた。
ゆんも同じように、親指を上げて、由紀と同じようなポーズを取る。
「由紀ちゃんも頑張ってね。あ、私もこっち側行くよ。心細いし……」
もたついているゆんをよそに、由紀はサイド方向から竿をキャストした。黄色のワームが海にポチャンと沈む。
ゆっくりとリールを巻きながら、ちょんちょんと竿先を揺らす。
「うーん。あたりが無いね……」
由紀はそそくさとリールの糸を巻き終わると、ゆんを見た。
ゆんはようやく準備が出来たようだった。由紀の近くに来るや、上にめがけて竿をキャストする。
ふんわりと上がってから、ピンク色のワームが海にポチャンと落ちた。
「ゆっくり、ゆっくりと巻く……巻く……」
ゆんはリールを見つめながら、ゆっくりとリールを巻く。
竿先が次第に、しなってくる。ゆんはグッと上にしゃくる。
「これは、由紀ちゃん……来たか……」
「ゆん、この近くは石が多いから、気をつけて……、あ、遅かったか」
「由紀ちゃん、地球釣っちゃったよ。これ以上巻けないよ〜」
ゆんは涙目になりながら、由紀を見た。
由紀は息を吐くと、ゆんに近づいてくる。
「ゆん、ちょっと私の竿持ってて、ゆんの竿こっちに貸して」
「うん、わかった」
由紀はゆんに持っていた竿を手渡した。そしてゆんの竿を手に持った。
「うーん。リールの糸を緩めて……」
由紀は上、右、左へとピョンピョンと竿を傾ける。
「これで……、よし取れた。ゆん、はい、取れたよ」
由紀はゆんに、ゆんの竿を渡す。それと同時にゆんは由紀の竿を返した。
「由紀ちゃん……、ありがとう。嬉しい」
「だけど、針が痛んでる場合もあるから、ちゃんと変えた方がいいよ」
笑顔を見せながらコクリと、ゆんは「うん」と頷いた。
「わかったよ。由紀ちゃん、今から直してくる。その間に釣ったら教えてね」
「はいはい、釣れたらね」
由紀は再び、海にキャストする。ゆっくりと巻きながら、満月を見渡した。
「ふぅー」と息を吐きながら、いつかの引きを思い出す。
「ああ、少し肌寒いぐらいがちょうどいいんだよな」
人にとって涼しいぐらいの温度。水温が16度ぐらいだろう。
竿先がピクリと沈む。由紀は少しばかり、竿先をちょんちょんと動かす。
由紀の手の感覚にはグググと振動が伝わった。何かがワームを喰ったようだ。それに合わせて、上にフックする。
「来たよ。ゆん、これは大物だ」
竿先が大きくしなる。由紀は負けじと、リールを巻く。だけど、リールから「ギギギ」と音を立てて、糸だけが出てくる。
「由紀ちゃん頑張って! 」
ゆんの応援してくれている。周りにいた数人の人もざわざわと由紀に注目している。
「ん、ん、キツイかも。ゆん、網(タモ)準備してて」
「任せて、由紀ちゃん。もうすでに持ってるよ」
「早いね……。っく、なかなか、リールが巻けない」
ギギギというリールに鞭を打ちながら、必死で巻く。次第に、竿先も「ミシミシ」と音が聞こえてくる。
由紀は、竿を上に立てたまま、リールを巻いた瞬間、「プチン」と音が聞こえた。同時に竿から感じていた重さがなくなり、糸もすぐにリールに戻っていった。
「針を持ってかれたみたい。外れてしまった……」
由紀はため息混じりの息を一息吐くと、周辺のざわめきと目線が一瞬にして消えていった。
儚いものだ。これだけ注目されていながらも釣れなかったら何も無いのと同じ。
針まで持ってかれては、マイナスだろう。ゆんも周りと同じく、興味は失せているだろう……。
由紀はゆんを恐る恐る見る。ゆんは目を輝かしながら、こっちを見ていた。
「由紀ちゃん……、凄かったよ。凄いファイトだったよ。この海に大物は確かに居るんだね。それだけでも収穫だよ」
ゆんは、ギュッと拳を両手で作りながら、由紀を見る。
由紀は、涙目になりながら、腰が砕けるように地面にペタンと崩れ落ちた。
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