妹.四

「雷華か」

 目の前に現れた小さな体を認め、立ち止まり、そして呼吸を整えながら近づく。 

「ヒナちゃん……ですよね……」

 何も言わずとも、雷華にはわたしがこうして駆け回っている理由がわかったらしい。

「いつもみたいに連れ戻そうとしても無駄だぞ。悪いが今日のわたしには行かなければならない理由がある。手伝ってくれるというなら歓迎するぞ。お前の目は少しだがヒナを見ることができるのだろう?」

「あの……その……」

 雷華はいつもみたいにわたしを連れ戻す時と違って、煮え切らない態度を見せる。

「なんだ、言いたいことがあるならはっきりと言ってくれ。何か手掛かりでも見つけたのか?」

「手掛かりと言いますか……その……、ごめんなさい!!」

 突然雷華が腰を折り、深々と頭を下げた。

「これを言えばミさんを危険に晒してしまうと思って言えないでいました。だって今のミさんにはジュソと戦うすべが無いから……」

「雷華、どういうことだ」

「ぼく、ヒナちゃんの居場所がわかるんです!」

「本当か!」

「はい。召鬼という術を使えば、ぼく達は地獄にいる鬼をこの世に呼び出すことができるんです。そしてその鬼の力を使えば……恐らく」

「鬼を……だと?」

「はい。鬼と言っても、通常その一部だけを呼び出しているんです。思い出して下さい。紗千が何も無いところから鎌を出してみせたあの技を。あれは鬼の持つ武器だけを呼び出しているんです。普通の人間では無理ですが、鬼の血が混じったぼく達なら呼び出したものを使いこなすことができます」

「なるほど。それで一体どうするのだ?」

 雷華の言うことはわかったが、それでヒナの居場所を突き止める方法が浮かぶかと言えば、それはまた別の話だ。

「ミさん。千里眼という言葉をご存じですか?」

「ああ」

「では千里眼という言葉が元来は鬼の名だということは知っていましたか? 千里眼という鬼が存在するんです。そしてその鬼の目を召鬼すれば恐らく、ヒナちゃんの居場所はわかります。でも……」

 虎の件でキョウの言っていた妙な術とはこのことだろうか。

「頼む! 雷華。ヒナの居場所を探ってくれ。この通りだ」

 今度はわたしが雷華に向かって頭を下げた。

「そんな! 止めてください。方法があるのに黙っていたのはわたしの方なんですから…………。でも……思ったんです。ミさんのことですからこのままでは島中を駆けずり回ってでも探し出すだろうなと。そしてそんな疲れ切った体でジュソに会うくらいならば最初からこうした方が幾分かましだろうと、そう思ったんです」

「そうか」

「確認しても無駄だと思いますが、やっぱり一人で行くんですよね」

「当然だ」

「酷なことを言いますが、ヒナちゃんはジュソです。ミさんが今まで切ってきたのと同じ、ジュソです」

「ああ、わかっている」

「無事に帰ってくると……約束してください」

「ああ……、約束する」

 何の根拠も無い約束だった。

 雷華は札を両手で包み込み、祈るようにすると、静かに呟くように、噛み締めるように言葉を発した。

「召鬼二式……、千里眼」



   *  *  *



 せっかく探してくれた雷華には悪いが、実の所薄々わかっていた。ここではなかろうか、と。

 わかっていてあえて避けていたのだ。こんな所でヒナと会いたくはなかった。短い間だが、ヒナと二人きりで過ごしたあの場所。こうして探し回っていればここ以外の場所で会えるかと俄かに期待もした。だが、そこにいるとわかってしまった以上、行くしかない。行かなければならない。

 突然、眼前に光るものが入り、足を止められる。

「キョウか?」

 キョウの姿を認めて、その光るものが鞘から抜かれた刀だと分かった。

「何故わかった」

「別にわかったわけじゃない。しいて言うなら勘の良さだ。こいつさえあればあのガキ共の妙な術なんて必要ない」

「頼む、キョウ。一人で行かせてくれ」

「俺はな、とことんまで打算的なんだ。お前が勝手に死に急ぐってなら止める理由はない。だがな、お前に何かあるとレンさん達がうるせぇんだ。今晩、レンさんが気持ちよく俺に飯を振る舞う為には仕方のないことだ」

「キョウ……頼む」

「うるせぇ!」

 澄ましていた顔を急に歪め、睨みつけながらキョウは言った。それが怒った顔だということはすぐにわかった。普段から不機嫌に怒っているような顔をしているのだが、本当に怒る時はこんな顔をするらしい。なるほど……怖い。

「こんな島まで来て、そんな馬鹿馬鹿しい醜態を見せられるこっちの身にもなれ!」

「キョウ、何を言ってる。意味がわからないぞ」

「ああわからなくていい。ただこの先に進むってなら俺が今度こそお前を真っ二つにしてやる。お前がジュソにやられる前にな」

「キョウ、言ってることがめちゃくちゃだ。そんなことしたらレンさんに怒られるぞ? ご飯が食べられなくなるぞ?」

「知るか。気が変わった。俺はもう、お前のその醜態を前にして、いくらレンさんの飯でももう治りそうもないないくらいに気分を悪くしてるんだからな。手遅れってやつだ」

「キョウ、わからないよ。全然わからない」

「ならば教えてやる。俺が殺した母親のことをな」

「!?」

 母親を殺した? 今、俺がと言ったか?

 キョウが母親を殺した。


 人殺し……。


 罪人……。


 佐久間さんとの会話が頭をよぎる。

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