妹.一
おねえさま。
と、呼ぶ声が聞こえた気がした。
儚く虚ろで、けれども優しい声。
心地良く、染みわたっていくような柔らかい声。
ヒナもわたしのことを姉と呼ぶ。でも、どこか違う気がした。
頭の中を穏やかに響き渡る懐かしい声。そんな気がした。
もう聞くことはかなわない愛おしい声。
気が付くとわたしは目を覚ましていた。
微かに香るは畳と樟脳の匂い。
隣で寝ている雷華に布団を掛け直してやると、わたしは辺りを見回す。
当然ヒナの姿は無い。
となると改めて、やはり夢であったのだとわかる。
気まぐれに立ち上がると、虫籠窓の隙間の一つから外の様子を窺う。
幼い時分のわたしはとんだ勘違いをしていたことがある。
自分が夢を見ている時、夢の中に出てきたものと同じ夢を見ていると思っていたのだ。
つまり、手毬で遊んでいる夢ならば手毬の見る夢、蜻蛉を追いかけ回している夢ならば蜻蛉の見る夢、といった具合にである。
今思えば、蜻蛉ならまだしも、手毬が夢を見るものかと馬鹿馬鹿しく思うが、幼さゆえに仕方のないことだ。大目に見よう。
だから、もし、夢の中に人が出てくれば、きっとその人も同じ夢を見ているのだろう、と疑いもしなかった。
そんな淡い期待にも似た、けれども時折縋りたくなる妄想も、「おねえさま」という声を聞く度に、その絶望的な優しい声を耳にする度に、そして朝布団の中で孤独に目覚める度に、薄れてしまった。
他愛の無い無邪気な子供心を、こんな悲しみで失ってしまったことが悲しかった。
微かに青藍の空、正面に月が見えた。
闇に慣れた目に月明かりが眩しい。
やはり不安があるのだろうか。本来であるならば風情あるその様も、今はただただ、不気味でしかなかった。
可愛い妹がジュソに殺されて、あの日からわたしの復讐は始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます