隠れ鬼.四

「どどど、どーすんのよ!! 出られないじゃないの!!!」

「仕方ないだろう。誰かが気付いてくれるのを待つしかない」

「冗談じゃないわ。あんたなんかといつまでもこんな所………誰かー! ねぇ! いないのー!」

 土蔵には僅かな格子窓が開けられている。紗千は近くにあった長持を足場にすると、それでも窓には全く届いてはいなかったが、大声で叫んだ。

 紗千が反応を確かめるように黙ると土蔵の中は再び雨音という名の静寂に包まれる。そういえばこの土蔵に人がやって来たのは最初のあの一度きりであった。この雨では無理もない。子供の遊びではそう必死になれない。そう考えるとやはりここは隠れ場所としては最適であったということだ。

「あんた! なにぼーっとしてるのよ!」

「お前こそあまり大声出すな。五月蠅いんだよ」

「なによ! 誰の所為でこうなったと思ってるの!」

「俺は出て行けと言ったのにお前が勝手に残ったのだろう」

「あんたが勝手に鍵を掛けたんでしょう!」

 紗千はとん、と長持から降りると、懐に手を伸ばした。

「もういいわ、こんな所でいつまでもあんたと二人きりなんて御免よ」

 そして懐から取り出したのはあの時、ジュソを祓った時に使った札であった。そしてそれが意味することもすぐにわかった。

「召鬼いちし――きゃぁ!」

 俺は体の反動のみで素早く立ち上がると、紗千の後ろから札を持った手を掴み、空いた手で口を塞ぎ、足を払い、その場に捩じ伏せた。そのまま手から札を取り上げる。

「むむーむむー、ぷはぁ! なにすんのよ! 触らないでって言ったでしょう!」

「お前こそ何をするつもりだ。鍵を壊そうってんなら許さんぞ」

「何でよ! もうそれしかないじゃない!」

「そんなことをしてみろ、俺がレンさんに怒られる。それも遊びの最中でとなれば大目玉だ」

 閉ざされたこの島では、金属加工業を生業としている者も必然と多くなく、金属加工製品は割と稀少で高価なのだ。

「馬鹿ぁー! あんたってほんと馬鹿ぁー! 子供はどっちよ!」

 紗千は俺の腕を逃れようと暴れ出した。

「絶っ対嫌。鍵を壊してでもここから出てやる」

「させるか」

 俺は残りの札をすべて奪ってしまおうと紗千の懐に無理矢理手を入れる。

「いやぁ! 破廉恥! やめてぇ!」

 紗千も子供といえ女。傍から見れば存分に背徳的な光景であろうが、そんなことは関係なかった。レンさんに怒られたくない。その一心で俺は小娘の白衣の中を弄る。

「いやぁー!!」

 たとえ相手が子供であったとしても、全身全霊で暴れる一人の人間を押さえつけるのにはそれなりの体力を要するらしく、いつしか両者の呼吸は荒く、夏の暑さ、雨による湿気も相まってか、汗に塗れていた。紗千の抵抗する手が偶然俺の着物に引っ掛かり、肩が肌ける。着衣は乱れ、互いの汗に肌を滑らせながらも、しばし格闘は続いた。

「いやぁぁぁぁぁー!!」


「そろそろと思ったが、お邪魔だったようだな」


 頭上から声が聞こえた。

 手を止め、見上げると格子窓越しにミの顔が見えた。

いつに増して驚くくらい無表情だ。

 何故あんな高い所に…………格子に掴まってぶら下がっているのか。

 こんな雨の中、あんな所にぶら下がってまで中を覗きに来るとは、俺に負けず劣らず熱心なことだ。

 何はともあれ、これでこの下らない遊びは終わりだ。

「おい、家のどこかに鍵がある筈だ。探して来てくれ」

「鍵とはこれのことか?」

 ミが目を泳がせた先を良く見れば、格子に掴まる右手の指に鍵が引っ掛けられていた。

「おお、多分それだ。よく見つけたな。阿呆の割にはたまには役に立つ」

「この蔵のすぐ外に落ちていたよ」

 気の所為だろうか、いつにも増して淡々とものを言う。普段からあまり感情を表に出さないで、それでいてなお、冷たさを感じさせることのない妙な雰囲気の持ち主であったことは確かなのだが、今回のそれは若干、いや、大分違った感じだ。視線が雨の中を靡く風のように肌に刺さる。

「それで、続きはしないのか?」

「続き? 止めだ。こんな勝ち目の無い勝負。それどころか、今お前に見つかっただろう」

「人に見つかってはできないことなのか?」

 ん? 何を言ってるんだ、こいつは。話がいまいち噛み合わない。

「御託はいいからさっさと鍵をよこせ。この阿呆が」

「えいっ!」

 そんなふざけた掛け声と共に、ミが鍵を格子の隙間から勢い良く投げ入れた。そしてそれは不意打ちを食らった俺の額にぶつかった。

「おいっ! そんな乱暴に投げる奴があるか!」

「ふんっ」



「よく俺がここだとわかったな」

「蔵に内側から鍵が掛かっていたからな。外側ならともかく、内側に鍵を掛けるとなると中に誰かがいなければならない」

 土蔵を出て居間に戻ると既に遊びを終えた奴らがくつろいでいた。

「ほう、阿呆のお前にしてはよくそこまで考えが回ったな」

 正直、俺もそこは危惧するところではあったのだが、相手がミを除いては全員が子供、加えてミの鈍さを勘案すれば、そこまで意に介することではないと判断したのだ。

「実はな、ヒナが教えてくれたのだ。鍵が掛かっているのに外側に鍵が無いのはおかしいって」

 となると、あの最初の時点で俺が中にいることに気が付いていたのか。

「ふん、お前なんかよりもそのジュソのガキの方がよっぽど頭が良いらしいな」

 決してヒナを褒める為ではなく、ミのことを馬鹿にする目的で言ったのだが、俺の言葉を聞いたヒナは、恥ずかしそうに顔を赤くしながら身を捩った。

「ちょっと待て」

 そこであることに気が付く。

「最初にあの土蔵に来たのはお前なんだよな?」

「ああそうだぞ」

「お前、見つかるの早過ぎだろうが!」

 あの土蔵に何者かがやってきたのはこの遊びが始まってすぐのことであった。つまりは、それより早く、こいつはヒノト達に見つかってしまったということだ。遊びとはいえ子供相手に情けない。

「お前……一体どこに隠れてたんだ?」

「どこだっていいだろう」

「…………、お前、何を怒っている」

 俺とは違って、こんな勝負にむきになるような奴には見えない。しかし、ミの無表情はあの土蔵で見た時から、どこかいつもの無表情とは違った気がしてならない。はっきりと違いを挙げろと言われれば、それは困ってしまうのだが、しいて言うならば感情が無かった。変な表現かもしれないが、いつもなら感情がある無表情なのに、今はそれが見えなかった。あえて例えるならば、まるで拗ねた子供が駄々を捏ねて閉ざしてしまっているようだ、と感じた。

「怒ってる? わたしがか?」

 そこで初めていつもの間の抜けた無表情に戻った。きょとんとした顔でこちらを見ている。腹が立つ。

「何故だ?」

「知るか」

 それはこっちが訊きたい。

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