無鉄砲なプラン!?

 ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一五年七月一〇日 午後六時三〇分

 形式的な話が終わったところで、ハリソン夫妻の自宅でパーティーのやり直しを行う香澄たち。今度こそ事件は本当に解決したので、これでやっと香澄たちも一息入れることが出来る。

「あの……ダグラス、レベッカ。今だからする質問なんですけど……」

「ん? 何だい、カスミ?」

どうやら質問しづらい内容のようで、少し苦笑いを浮かべながら二人に問いかける香澄の姿があった。

「もし仮に私の推理が間違っていたら、その時はどうするつもりだったんですか? こういうことを言うと最悪の結果を想像してしまいそうなので、あまり言いたくはないのですが――」


 表向きは香澄の本音という形で語られるが、それは彼女と同じ立場で協力したジェニファーも同じ気持ち。

「――心配しないで、かすみ。仮にあの時かすみの推理が間違っていたとしても、あなたを逮捕するといったことはしないわ」

「それを聞いて安心しました。……ちなみになんですけど、お二人はどんな処分を受ける可能性があったんですか? やっぱり減給とか、ボーナスカットですか?」


 他に手段がなかったとは言え、自分勝手な行動をしたと香澄自身後悔しているようだ。

「う~ん、それで済めばラッキーだったかもしれないわね。下手をしたら停職や懲戒免職という可能性もあったもの」

「――僕は事件が解決しないということよりも、そっちの方がある意味怖かったんだよ。家のローンもまだ残っているしね」

ダグラスとレベッカの意外な一面を知った香澄たち。そこでエリノアが、

「天下のFBI捜査官でさえも恐れる香澄の存在って……興味深いわね」

香澄の親友 マーガレット・ローズのようなセリフを吐く。

「ちょ、ちょっとエリー!? 今の発言は聞き捨てならないわね。あなたは私が“傍若無人な女性”、とでも言いたげね?」

「……さぁて、それはどうでしょう?」


 だがこのような冗談を言うエリノアの姿も、ワシントン大学では決して見せることはない。表向きは何も語らないエリノアだが、彼女自身いじめ問題を解決してくれた香澄たちには、感謝してもしきれない気持ちなのだろう。

「ふふ。ねぇ、香澄……こうしてお話していると、何だかマギーのこと思い出しませんか?」

息のあった香澄とエリノアのコンビを見ながら、楽しそうに笑みを浮かべているジェニファー。

「そう言われてみると、ジェニーの言う通りね。……今頃メグは、何をしているのかしら?」


 完全に和やかな雰囲気に包まれたパーティー会場。香澄たちが楽しそうに話をしている中で、ハリソン夫妻とダグラス・レベッカたちはワインを堪能している。

「この『日本酒』というお酒――ビールやワインとはまた違う味がして、とても美味しいね。これはケビンが現地で購入したお酒なんですか?」

「はい。先日仕事の都合で、出張がありまして。そこでこの日本酒を買いました」

「本当ね。お寿司は昔食べたことがあるけど、私も日本酒は初めてよ」

 

 ケビンが思っていた以上に、彼が購入してきた日本酒の評判は良いようだ。日本酒の味を堪能し続けるダグラとレベッカへ、フローラがケビンの日本好きを説明する。

「主人は何度も旅行に行くほど、日本が好きなんですよ。だから主人は英語だけでなく、日本語も上手なんです。現に大学では、生徒向けに日本語講師として教えているぐらいですから」

「……ということはケビン。もしかしてかすみや彼女のご両親とも、旅行中に知り合ったんですか?」

自分も日本語を話すことが出来るためか、ケビンの親日家ぶりに興味を持った様子のレベッカ。

「えぇ。あれはカスミが小学校高学年の時だったから、今から一〇~一五年くらい前かな? 妻のフローラと日本へ旅行に行った時、そこで偶然カスミのご両親と出会いまして。日本人でありながら二人とも英語が上手だったので、私たちはすぐに彼らと意気投合したんですよ」

「ほぅ、それはある意味運命的な出会いですね。……レベッカ、僕らも今度日本へ旅行に行くか?」


 話を聞いていたレベッカは、“それは構わないけど……”と言いながらも、

「でもダグ、あなた日本語話せないでしょう? ……片言でもいいから、まずは日本語を覚えることね」

日本語を少しは勉強するようにと指摘する。

「参ったな、言うんじゃなかったよ……」


 数ヶ月前までは、日本の自宅でマーガレットと一緒に静かに暮らしていた香澄。だがその時の香澄はひどく落ち込んでおり、自分の心の傷に押しつぶされそうな雰囲気だった。

 しかし今目の前にいる香澄の姿からは、とてもそんな様子があったとは思えない。親友のマーガレット・ジェニファー・恩師で良き知人のハリソン夫妻をはじめ、新しく出来た親友のエリノア・そしてFBI捜査官のダグラスとレベッカたちとの出会い。


 約一年ぶりにワシントン大学へ戻ってきた香澄は、人間として新たな成長を遂げたのだ。そして多くの友人や知人らに支えられながらも、最終的にハリソン夫妻の依頼を見事こなした香澄。そのことが香澄にとって、物事を達成させることへの自信へと変わっていく。

『あれからまだ数ヶ月しか経っていないのね……何だか数年前の出来事だったみたい。でも私にはたくさんのお友達や支えてくれる知人たちがいる、この先どんな困難が待っていようと、きっと乗り越えられると私は信じているわ!』


 二〇一五年七月一〇日……この日を持って、一度止まってしまった香澄の時計の針が再び動き出す。そして香澄は今度こそ、かつて自分が目指していた臨床心理士への夢に向かって歩み続けることを再度誓う。

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