対決! 香澄vsルティアNO.Ⅳ(四)

     フロリダ州 フローラの別荘 二〇一五年七月七日 午前〇時五〇分

 これまで穏やかだった雰囲気も、再度緊張感漂うムードへと変わってしまう。そしてダグラスだけでなく、隣に座っている香澄とジェニファーの視線もアルバートに向けられる。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!? 何で三人とも俺の方を見るんですか。……ま、まさか俺がエドを殺したとでも言うんですか!?」

「いえ、私たちもそこまでは思っていないわ。ただあなたが何度も“シャンパン”と言うので、それが少し気になっただけよ……」

「確かにエドガーは亡くなる前にシャンパンを飲んでいた――それはアルバートとエリノアの証言から、しっかりと裏が取れている。だけどエドガーはシャンパンを飲んだ後に、んだよ!? それなのにどうして君は、“シャンパンに毒が入っている”と思うんだい?」

 ダグラスの言う通り、エドガーは亡くなる直前にシャンパンではなくビーフシチューを食べていた。その証拠として、エドガーが亡くなる直前まで食べていたと思われる、ビーフシチューとスプーンが周りに落ちていたことを、現場検証時にダグラスは確認している。

「そ、それはその……この間エドと一緒に見たサスペンスドラマで、偶然シャンパンに毒を入れるというシーンがあったんですよ! その時の場面が俺の中で強く印象に残ったので、思わず“シャンパンに毒が入っている”って思いこんでしまったんです。ほ、ほら……そういう先入観ってよくあるでしょう?」

 

 だがここにきて、完全に流れが変わってしまう。とっさにドラマの影響だとその場をごまかすアルバートだが、これまでの様子とは異なり若干動揺しているようにも見える。今までエリノアが犯人だと思っていた香澄たちだが、アルバートが余計なことを口走ったため、その疑惑は彼自身に向けられてしまう。

 その瞬間をダグラスや香澄が見逃すことなく、攻撃の手を緩めない。そんな疑惑を晴らすためにと、アルバートはさらに言い返す。

「……仮にシャンパンではなく、ビーフシチューに毒が入っていたと仮定しますよ。隙を見て毒を入れられるのは、俺だけじゃない。……あんたたちも同じだろう!?」

「えぇ、そのとおりよ。その仮説通りということなら、あなただけじゃない……ここにいる私たち全員が容疑者よ!」

「そのとおりだよ! 悪いのは俺だけじゃないのに、何でみんなして俺のことそんな目で見るんだよ。ふざけんなよ!」


 これまで穏やかな口調だったアルバートだが、逆上したためかその言葉遣いも次第に荒くなる。

「だったらあなたが犯人でないと自信を持って言い切れるような証拠を……私たちに見せて。そしてあなた以外の人が犯人だという証拠になるようなものを、この場で教えて!」

 ここで一歩も引くわけにもいかないという信念からか、強気な姿勢を見せるアルバートにひるまず真っ向から反論する香澄。そんな香澄に続いて、ダグラスもアルバートに論議をしかける。

「君は飲み物、いや……ここはあえてシャンパンにしようか。君は何らかの方法でシャンパンに毒を仕込み、それでエドガーを殺害もしくは彼以外の人物を狙っていた――違うかい?」

「その方法で毒を入れた場合だと、俺以外の奴らにも犯行は可能だ! ……大体あんたら俺ばかり疑って、どうしてこの女たちは疑わないんだよ!? 本当はあんたたちが全員グルで、俺に罪をなすりつけようとしているんじゃないのか!?」


 一向に収まる気配のない香澄・ダグラスのコンビと、嫌疑をかけられたアルバートによる論議。しかしこれは逆に、アルバートが動揺していることを示す証拠でもある。一方のジェニファーはどちらの味方をすることもなく、ただ彼らの話を聞いているだけ。

「どうしても俺を犯人にしたいのなら、証拠を持ってこいよ! ……ったく、こんな不十分な証拠で人を犯人呼ばわりするとは、天下のFBIも地に落ちたもんだな!」

「過度にシャンパンへこだわる言動・毒を入れた方法・急な態度の一変……これだけの証拠が揃っているのに、あなたはまだ不足だというの!?」

「全然駄目だな。どれも決定的な物証にはならない。俺が毒を仕込んだと決めつけるには、どれも不十分だ!」

「……だったらどういう証拠が発見されれば、君は罪を認めるんだい?」

「何度も言わせんなよ、馬鹿かお前は!? 俺がシャンパンにを入れた証拠を持ってこい、って言っているんだよ!!」


 怒りに任せて口走ったアルバートの一言が、これまで騒がしかったリビングの雰囲気を沈黙へと変える。アルバートの言葉を聞いたダグラスは、満面の笑みを浮かべている。……まさに自分の勝利を確信した瞬間だ。

「……もしかして今の言葉は、私の聞き間違いかな? どうして君が今回の事件で使用されたと思われる、毒の種類について知っているんだい? これまで僕らは何度も“毒”とは言ったけど、一言もとは言っていないはずなんだが。しかもただの大学生に過ぎない君が、どうして“ダチュラ”という聞き慣れない毒薬の名前を知っているのかな?」

とっさに自分の口を塞ぐが時すでに遅しという状況。アルバートの顔は真っ青だ。

 

 そんなアルバートに追い打ちをかけるかのように、香澄がとどめの一言を投げる。

「頭の良いあなたと違って私って馬鹿だから……教えて、アルバート。ダグラスやレベッカしか知らないはずの捜査情報を、どうしてあなたが知っているの?」

今まで何も語らなかったジェニファーまでも、逃げ場を失ったアルバートへ追い打ちをかける。

「私、趣味でミステリーを読むんですけど……こういう情報って確か、FBI捜査官と犯人しか知らない内容ですよね? もしかしてアルバートもFBIだったんですか!?」


 二〇一五年七月七日 午前〇時五〇分……【ルティア計画】で生まれた天才児のアルバート・レイブンこと『ルティアNO.Ⅳ』が、心理戦で香澄たちへ負けた瞬間でもあった。

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