『香澄のカウンセリング(調査)レポート(三)』

        『香澄のカウンセリング(調査)レポート(三)』


 [二〇一五年六月八日……ワシントン大学で発生した二つの事件を解決してから、今日で一週間後が経つ。いつものように業務に勤める私のもとへ、謎の人物からの無言電話がかかってきた。そしてタイミングを見計らったかのように、謎の人物が何かの資料を教員室前へと置いて去っていく。

 資料を確認すると、一九九五年(いまから二〇年近く前)四月五日にアメリカ国内で行われていた、ある計画に関する内容。そこには『不妊治療と遺伝子操作に関する資料』と書かれており、題名に興味持った私は、内容に目を通す。

 以前にも似たような脅迫状を受け取っていたこともあり、今回もその類かと私は思っていた。だが実際に中身を確認してみると、脅迫状などではなかった。まさかこれがさらなる事件の幕明けだとは、この時私は知る由もなかった……


 そこにはある若き天才医師、(一)アーサー・ルティア精神科医(当時三一歳) (二) リサ・ルティア産婦人科医(当時二九歳)が研究した、【不妊治療】に関する記述が書き記されている。事のはじまりは、リサがマスコミやメディアにという病気を発表したことだ。

 研究結果を発表した当時は、“妊娠出来ないと悩む夫婦や女性の力になりた”と告げていたリサだが、実態は全く異なっていた。


 しばらくしてフローラとジェニーの両名が私の教員室へ戻ってきたので、私は事の詳細を二人に語る。二人は資料の内容を知ると同時に言葉を失い、私と同じような困惑した顔をしていた。だが資料のすべてを読み切れないと判断した私は、内容を一部保留する。


 二〇一五年六月九日……【不妊治療】に関する謎の資料を受け取った翌日、私は改めてその内容を確認する。さらなる研究結果が記録されており、資料の中には【不妊治療】の成功を称える写真も同封されていた。そこには満面の笑みを浮かべている、アーサーとリサの両名が写っている。

 若き天才医師の出現により、当時における彼らの勤務先でもあった『ジョージタウン大学病院』も、全面的にバックアップする。医学界やマスコミなども彼らの研究を高く評価し、アメリカ史に名を残す――はずだった。

 より詳しく資料を読みこんでいくと、そこにはアーサーとリサが行っていた研究の裏事情が残されていた。表向きは安全性が高く低コストで実現可能な【不妊治療】として、彼らは発表している。しかしその実態については、ある恐ろしい真実が隠されていたのだ。


 最初は無事出産出来たとしても、その後子どもが死亡してしまうケースが後を絶たない。多くの妊娠に悩む夫婦からの応募に対し、無事出産に成功したのはわずか一〇名ほど。

 この事実を受けて、被験者やマスコミなどからバッシングを受けるルティア夫妻。これらの被害が拡大することを恐れたのか、病院側が正式に処分を通達する前に彼らは煙のように姿をくらませてしまう。


 なお私が資料を読み進めている間に、エリーから何度も電話があった。話題はどれも他愛のないものだが、話を聞く限りではエリーの容体は安定しているようだ。そのことに胸をなでおろししつつも、引き続きエリーの心身をしっかりと見守っていく予定。


 一部内容が脱線してしまったが、ここで再び話を戻そう。アーサーとリサが残したこれらの研究を、マスコミやメディアは【ルティア計画】と名付けた。この【ルティア計画】の全容を知れば知るほど恐ろしい計画だ。

 無事不妊治療が成功する確率は高くないものの、子どもが誕生する可能性がゼロというわけでもない。そのことを逆手に取ったのか、当時の医学界や病院側ではこれ以上彼らを追及することはなかった……


 資料に目を通し終えた私は、改めてフローラとジェニーへ話を聞いてもらう機会を設ける。新たな事実が判明したということを受け、私はフローラにある個人的な依頼をする。

 アメリカ国内で優秀な臨床心理士として実績を残すフローラは、AMISAアミッサと呼ばれる連邦医療組織に属している。詳細はこの場では割愛かつあいするが、アメリカ国内におけるすべての医学界の情報を記録したデータベースに、フローラはアクセスすることが出来る権限を持っている。


 その事実を知った私はフローラへ、“彼らがかつて勤務していた『ジョージタウン大学病院』へ連絡をして、詳しい話を聞くための予約を入れて欲しい”と依頼する。突然の私の申し出だったのだが、フローラは嫌な顔を見せることなく承諾してくれた。しかしこの時の私はまだ、【ルティア計画】の隠された闇を知るとは思いもしなかった。

 今回私たちが調べた事実内容については、詳細が明らかになるまで他言しないと誓う。先日までいじめを受けていたエリーに対して、“彼女には詳細は伏せましょう”というフローラの言葉に私とジェニーは納得する。


 二〇一五年六月一一日……AMISAに属するフローラのおかげで、後日私は彼女の助手という形で『ジョージタウン大学病院』があるバージニア州へ向かった。そこで私たちは、当時彼らと一緒に仕事をしていたロバート・パウエル医師と面会する。パウエル医師から用意された資料に私たちは目を通すが、そこには一同を驚愕させる事実が書き記されていた。

 詳細はレポートの最後にまとめて記すため、具体的な会話内容については省略する。


 驚くべき真相を知った私とフローラは、この【ルティア計画】の恐ろしさを改めて実感した。さっそくフローラはAMISAへ連絡し、今後の調査の流れの判断を本部へ確認する。一方私はジェニーへ連絡を試みると、彼女から意外な真相が語られる。


 コロラド州の社会福祉医療センター『HOPE』に身柄を移されたシンシアとモニカの両名が、この日の夜にいなくなったというのだ。だが犯人の目星はすでについているため、私はジェニーへ簡潔に事情説明した。

 さらにエリーとも連絡が取れないということで、ジェニーの不安はさらに高まっている模様。ジェニーからの電話を切った後、私はエリーのスマホへ連絡を試みた。するとエリーは数コールもしない間に電話に出てくれた――彼女から詳しい事情を聞くと、ジェニーが電話している間 エリーはお風呂に入っていたとのこと。真相を知って安心した私は、そのことをジェニーへ伝える。


 今後どうやって調査するのか頭を悩ませているのもつかの間、私はフローラから耳を疑うような言葉を聞く。フローラからの報告を受けたAMISAがFBIへ協力要請を行い、非公式で合同捜査を行うことになったのだ。

 その時私はフローラの口から、“二人のFBI特別捜査官が、明日の午前八時〇〇分ごろに自宅に来る”との知らせを受けた。また緊急命令として、フローラに対しAMISAが一時的な捜査権を付与する。それだけ今回の事件の首謀者であるルティア夫妻たちを捕まえなければならない、という緊張感が伝わってくるようだ。

 

 また今回の一件によって、私の中のフローラという一人の女性に対する印象も大きく変わる。実際にフローラと一緒に行動を共にして、AMISAという組織の大きさについて改めて私は実感した。

 本来は患者の個人情報について、病院側やその関係者にはがある。通常なら守秘義務を理由に情報の開示を拒絶しても、病院側にはなんの問題もない。


 しかし情報の開示を求めたのが他でもない、AMISA職員のフローラによる申請となれば話は別だ。医療関係者にとってAMISAは憧れの組織でもあり、逆に情報開示を拒絶すると、組織からよからぬ疑いをかけられる可能性もある。また捜査を担当しているフローラについても、医学界ではとても有名な女性なのだ。

 そんな二つの事実が組み合わさった結果、今回のような急な申請に対し、ジョージタウン大学病院は迅速な対応を取ってくれたのかもしれない。……実際にフローラが病院でAMISAの身分証を提示した瞬間、職員や医師たちの反応も様々だったことが、私の中で強く印象に残っている。


二〇一五年六月一二日……バージニア州からワシントン州へと戻った私とFは、すぐに自宅へ帰宅する。その後まもなく、FBIのダグラス・デイルならびにレベッカ・クレット両捜査官から、“私たちの到着が少し遅れ、おそらく午後になる”との連絡が入る。そのことを知った私は急遽時間が出来たため、今こうしてレポート作成に励んでいる。


 レポート作成に入る前に、またもやエリーから私のスマホへ連絡が入る。彼女から話を聞くと、“無料招待券が数枚分あり、それを使って親友の私とジェニーの三人で一緒に旅行へ行きたい”という内容だった。だが今から数時間後に調査を控えていたので、私はエリーの心証を害さないよう丁重に断る。

 シンシアとモニカによるいじめ事件が解決してからのエリーは、どことなく性格が積極的になったと思われる。当初は心の病を発症するのではと懸念していたが、どうやらその心配はないようだ。私はエリーの親友として、引き続き彼女の様子を見守っていきたい……


 なおアーサーとリサが行ったとされる【ルティア計画】について、ここで一つ補足説明を加えておく。

 この計画における最初の目的は、純粋に子宮内膜症などによる病気が原因で、妊娠出来ない女性や夫婦を救うための【不妊治療】だったと思われる。しかし何らかの理由で道を踏み外したのか、それがいつからかルティア夫妻が理想とする子どもを作り上げるという、実に身勝手で人権に反した研究へと変わってしまう。


 結婚しても病気が原因で子どもが産めないことへの絶望感については、一人の女性である私にも十分理解出来る。だが同じ悩みを持つ女性や夫婦の弱みにつけこんで研究や実験を繰り返す行為は、決して許されるものではない。一刻も早く彼らに目を覚ましてもらい、さらなる犠牲者が出ないことを切に願っている……]

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