バージニア州へと向かうための準備
ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一五年六月九日 午後一〇時〇〇分
久々にエリノアを夕食へ招待したフローラは、同居している香澄・ジェニファーらと一緒に食事を楽しむ。四人で一緒に食事をするのはサークル旅行以来で、香澄たちはフローラの手料理を堪能しつつ、会話に花を咲かせていた。
そんな食事会も午後九時〇〇分ごろに終了となり、エリノアは満面の笑みを浮かべながら自宅へと戻る。実はこの食事会もエリノアのために主催したもので、彼女の嬉しそうな表情を見た香澄たちも満足げ。
楽しかった食事会を終えた香澄とジェニファーは、それぞれバスタブで体を綺麗する。何かと忙しかったということもあり、軽い睡魔が二人を襲う。
だが食事会が終わった直後に、“例の件について伝えたいことがあるから、一息入れたら二人一緒にリビングに来て”という意味ありげな言葉を残したフローラ。例の件とは、おそらく香澄が調べて欲しいといった案件についてだろう。
軽い眠気をこらえながら、香澄とジェニファーはフローラが待つリビングへと向かった。案の定フローラは先にリビングのソファーに座っており、香澄とジェニファーを見るや否や満面の笑みを浮かべる。
「……ごめんなさいね、二人とも。食事会で色々と疲れていると思うけど、今晩はもう少し私に付き合ってね」
ねぎらいと気遣いの言葉をかけるフローラに対し、“いえ、大丈夫です”と言葉を返す香澄とジェニファー。
時折ジェニファーが小さなあくびをしている姿を確認しつつも、フローラは自分が今日調べていた件について二人へ報告する。
「今日一日を通して、色々と調べた結果についてだけど……二日後に『ジョージタウン大学病院』へ行くことになったの。急な話でごめんなさいね」
「ジョージタウン大学病院というと、以前ルティア夫妻が勤務していた病院ですね?」
ジェニファーに問いかけに対し、首を縦にふるフローラ。
フローラが午前中から独自に調査を開始したとはいえ、わずか2日後にアポイントメントが取れたのは、おそらく彼女がAMISAの職員だからであろう。アメリカ国内において、AMISAという組織の影響力は強い。
「この後バージニア州行きのチケットを予約するんだけど……香澄とジェニーはどうする? もしよかったらあなたたちのチケットも一緒に申し込むけど……」
てっきりジョージタウン大学病院へ行くのはフローラだけと思っていただけに、彼女の言葉を聞いた香澄とジェニファーは驚きを隠せなかった。数分ほど考え込んだ後、最初に口を開いたのはジェニファー。
「……私は大学に残ります。誰かがこちらへ残っていた方が良い気がします。難しい調査や調べ物は、フローラと香澄にお任せします。……それにエリーのことも放っておけないので」
事件が解決していない可能性を考慮した上での、ジェニファーなりの決断だ。
「分かったわ、ジェニー。……あなたはどうする、香澄?」
「私も行きます。この事件の裏にはきっと、【ルティア計画】が絡んでいるはず!」
いつもの冷静な香澄にしては珍しく、少し興奮気味な回答だ。今の香澄にとって、【ルティア計画】の謎を解き明かすことが、何よりの重要課題なのだろう。そんな彼女の言葉を聞いたフローラは、
「これで決まりね。それじゃこの後チケットを二枚予約しておくわ。……それから、香澄。あなたの探究心や使命感の強さは知っているけど、病院へ着いても今みたいにあまり興奮してはだめよ。遊園地の予約はしていないのよ?」
いつになく興奮気味の香澄に声をかける。だが子どもをあやすようなフローラの口調がジェニファーのツボにはまり、笑いをこらえるのに必死。
「わ、分かっていますよ……ご心配なく!」
自分はしっかり者という自覚があってこその反応なのか、フローラの問いかけに真面目に答えてしまう香澄はどこか不機嫌そうだ……
香澄が一緒に行くことを確認したフローラは、自宅のパソコンを使ってバージニア州行きのチケットを二枚予約した。
ハリソン夫妻の自宅があるワシントン州シアトルから、ジョージタウン大学病院があるバージニア州まで、約七時間ほどかかる。フローラの話によると、二日後の午後五時〇〇分に当時の状況を詳しく知る精神科医との面会がある。だが交通機関の遅れを考慮した香澄とフローラは、少し早目の前日の夜に家を出ることにした。
香澄とフローラが数日ほどバージニア州へ行くこともあり、一時的だが教員室が空になる。そこでフローラは急遽、事前に用意していた教員室のスペアキーをジェニファーに預ける。ジェニファーにも教員室のパソコンを使用して、何らかの調べ物をしてもらう可能性がある。……前もって準備していたことから、フローラは後日このスペアキーをジェニファーに渡す予定だったのかもしれない。
「確かに受け取りました。香澄……行ってらっしゃい。そしてフローラ……香澄のこと、よろしくお願いします!」
「えぇ、任せて。それと至急伝えたいことがあったら、電話する前に一言メールをして、ジェニー。……それでいいですよね、フローラ?」
「そうね、香澄。ただ飛行機の中や忙しい時だと電話に出られないから、私、もしくは香澄のスマホへメールしてね」
「はい、分かりました!」
なおエリノアに心配をかけさせたくないと思ったのか、
「エリーに私たちの行き先について聞かれたら、“突然の出張が入って、行き先は聞いていない”と言って。本当はエリーをだますようなことは、あまりしたくないのだけど……」
自分たちの行き先について他言しないように、ジェニファーへ念を押す。フローラと香澄の真意をすぐに悟ったジェニファーは、無言で静かにうなずく。
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