訣別の痕
紙野 七
prologue
昔々、私たちの国はずっと戦争をしていました。長きに渡って続いた隣国との戦争は、いつの間にか始まりも忘れられ、手綱を失った暴走する馬車のように、目的を失くし、ただその火だけが燃え続けていました。
戦い疲れた両者は、しかし今更戦争をやめることはできません。先に講和を提案した方が、敗北とみなされる恐れがあったためです。また、鉄や食料、衣類などを生産する人たちにとっては、戦争による大量の需要はもはや必要不可欠なものになっていました。他にも、兵士は一つの重要な職業として、雇用の受け皿の役割を担っていましたし、隣国という明確な敵を設定することで、内部の暴動は激減していました。
とにかく、戦争はいつの間にか生活に根差し、人々と切り離せないものになってしまっていたのです。皮肉にも、平和な日々を支えるものこそ、その戦争なのでした。
こうした事情があり、頭を悩ませた両国のトップたちは、戦争を続けつつも無意味な被害を避けるため、秘密裏にある盟約を結びました。
一.戦争は国境付近の特定範囲でのみ行うこと。
二.他国の協力を仰がないこと。
三.民間人を殺さないこと。
こんな無茶な盟約を、両国は忠実に守りました。その結果、戦争はずるずると泥沼化し、それから何百年も続きました。そうして戦争はその形だけを残して完全に中身を失い、人々はその戦争を、どこか遠くの国のことのように忘れかけていました。
これはそんな昔々のお話です。忘れられた戦争を、忘れないためのお話です。
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