黄金少女

 夏の終わりの最終列車に乗り込むと、少女がひとりいた。こんな時間に危ないよと思うが、私は黙って、関わり合いを避けるように対角線に座った。

 少女は口を開けて寝ている。

 列車が揺れるたびに照明が、強くなったり弱くなったりした。

 霜木山行きの最終列車というアナウンスを聞いて飛び乗った列車だが、これが正しいのか不安になってきた。

 果たしてこの列車はどこへ行くのか。真っ暗闇の中を爆走している。


 少女が金魚すくいの袋を持っていることに気がついた。無防備な顔に対して、こちらはしっかりと掴んでいる。金魚は燃えるような赤色で、ひらひらと踊るように、動いている。その色は少女の服の色とそっくりであった。

 そうして金魚は小さく、ぽっかりと会いた少女の口にちょうど入りそうであった。

 列車は止まる気配がなかった。次の駅のアナウンスも聞こえない。車掌に聞こうかと思ったがワンマンであることを思い出した。運転手はキッと前を見つめている。


 車窓から見える景色はなにもない。ただ私の間抜けた顔が映るだけであった。

 私は少女の顔をジッとみた。

 開いている口の中が真っ暗で、吸い込まれるように思われた。私はそれが嫌に恐ろしく思えた。いくら揺れても少女は目を覚ましそうにない。


 私は立ち上がって、少女の手から金魚袋を取った。そうして何も考えずに、金魚を取り出すと少女の口に入れた。金魚は驚いて跳ねた。そう煩くされては困ると思って、水も口に入れた。すると金魚は満足したようにすいすいとと泳いでいる。

 金魚が入っていた袋は窓を開けて放り投げた。そうして、私は少女の目の前に座った。

 真っ暗な口の中で、金魚がちかちかと輝いている。もう先ほどまであった、吸い込まれるような恐怖はどこにもない。安心して私は、少女の口で舞う金魚を見続けた。


「ーー次は原田居間。原田居間」

 アナウンスが流れると、少女はハッとしたように目が覚めた。そうしてその拍子に金魚を水ともども飲み込んでしまったようであった。少女は一瞬苦しそうな顔をして、首を掻きむしったが、それ以降はけろりと、むしろ晴れ晴れしい顔をしている。

 列車はゆっくりと速度を落としてひっそりと止まった。

 扉が開いて何人かの連れが、がやがやと乗り込んできた。

 やあやあと言いながら乗ってきた乗客たちは、あらっと素っ頓狂な声をあげて、少女を見た。

「こんな時間にどうしたのかしら」

「お母さんはどうしたの?」

「危ない危ない」

 ぴーちくぱーちく雛鳥のように言う。

 少女はあれっと立ち上がって、

「金魚がいない」と叫んだ。

 列車はまだ止まったままであった。

「降りる人はいませんか」

 運転手が大きな声で言った。しかしこちらを振り向かない。少女は金魚を探して、きょろきょろしている。この駅から乗り込もうとした乗客たちは少女の心配を、その裏側を勝手に想像して話している。

「かわいそうねえ」

 誰かが言った。

 何人かがそれに続いた。

「金魚がっ」

 少女はそう言って電車を飛び降りた。

「あらっ」

 乗り込もうとした客たちはあっけにとられて、そうして少女を追うように走っていった。


 扉が閉まった。

 列車はまたゆっくりと走り始めた。

 私には飛び降りる少女が、ひらひらと舞う金魚のように見えた。

 列車は次どこに止まるのか、私には全くわからない。

 運転手さんはキッと前を見つめている。

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