第9話 カーミラとダリオ

 それはもう雲を掴むような話、狐につままれたような話、そして眉唾物の話であった。

「それでその、探してほしい人というのはいったい?」

「彼女だ。カーミラを探してほしい」

「はい?」

「だから、行方不明になったカーミラを探してほしいと言っている」

 それはもう雲を掴むような話、狐につままれたような話、そして眉唾物の話であった。

「それでその、探してほしい人というのはいったい?」

「彼女だ。カーミラを探してほしい」

「はい?」

「だから、行方不明になったカーミラを探して欲しいと言っている」


 しばし考える――これは何の冗談だ。それとも僕が鈍いのか。


「何故俺がお前を眷属にし、そしてあったこともないカーミラを探せと言っているのか。その説明はしてやる。時間がない。そしてこれは俺の気まぐれだ。気が変わらないうちに実行に移すべきなのだ。お前は俺の頼みを聞くべきだと言っている」


 ダリオは僕に手を差し伸べ、僕はその手を握り立ち上がった。

「つまりだ――」

 ダリオの手も僕の手も、すっかり冷たくなっていた。


 雪は屋上を白く染めて行った。


「吸血鬼は鏡に映らない。カーミラであるかどうかは、鏡やカメラに映るかどうかで判断できる。ここまではいいか」

 それは体験している。

「それを踏まえてもう一度カメラを覗いてみろ」

 僕は言われたままカメラのファインダーを覗く。そこにダリオの姿がある。

「あれ? なんで、映っている」

「シャッターを切れ」

 命令に従うまでもなく、僕はシャッターを押す。

「映っているか?」

 カメラのモニターには都会の屋上の風景が映っている。

「やっぱり写真には写らないのか」

「つまり望遠レンズで遠くの被写体を写し、写真に写らない存在というのは人間ではないものだということだ」


 なるほど、それはそうかもしれないが、もっと根本的な問題がある。

「たしかにそうかもしれないけど、そもそもカーミラがどんな人か顔も姿もわからないわけだし――」

「それはこの際問題がない」

「いや、だから」

「いいんだ。問題ないんだ。話しを聞け、国平成明」

 ダリオが僕の名を呼んだ。

「カーミラが現れる場所が特定されていて尚且つ、日本人ではない。それだけで十分だと言っている」

「それでその場所って」

「屋上だ。都内のビルの屋上だ」

「はぁ?」

「雪が降っている間、彼女は俺と同じように昼間に外に出る」

「ちょっと待て、それだってどれだけ東京にビルがあると思っている」

「だからだ。これはミッションじゃないと言っている。やってみて、できなければそれでいいといっている」


 僕はどうにも納得ができなかった。

「コウモリに変身できるなら、空を飛んで探せばいいじゃないか」

「それはダメだ。カーミラに気づかれる」

「どうして気づかれると駄目なんですか……ダリオ……さん」

「芝でいい」

「はぁ?」

「俺の名だ。芝大吾」

「芝……大吾……ダイゴ」

「それってもしかして……サッカー選手の名前じゃ」

「それ以上言ったら殺す」


 なんてことはない。

 【シバ ダイゴ】⇒【ダイゴ シバ】⇒【ダリオ・シルバ】⇒ダリオ

 確かスペインあたりで活躍した南米のサッカー選手の名前ではなかったか。


 ダリオ・シルバが活躍したのは、2000年代に入ってからではなかったか。僕はサッカーを観るのは好きで多少そのあたりの知識はある。

 交通事故で片足を失くし、義足でサッカーを続けたという話はファンの間では有名である。

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