第10話 雪とヴァンパイア

 なんだろう。

 だんだん目の前にいる吸血鬼がいい人に見えてきた。

 いや、そんなはずはない。

 化け物は、所詮化け物だ。

 そして僕はその化け物の傀儡にさせられたのだ。

 決して心を許してはいけない。


「芝さん、つまり僕のカメラを使って片っ端からビルの屋上を覗いて、パツキンの美女を探せということですか」

「簡単な仕事だ。それで命が助かるんだ。しかも失敗しても何のお咎めもない」

「でも、僕は人間に戻れない」

「ああ、だから人間に戻りたければ、頑張れと言っている」

「保証はあるんですか。確か吸血鬼の眷属になった人間を元に戻すには――」

 僕はそこから先の話を口に出せなかった。

「細かい事情は話せない。俺はカーミラを見つけ、ある決着をつけるつもりだ。それを為すことができれば、お前は人間に戻れると言っている」


 つまり僕は、芝を吸血鬼にした西洋の女吸血鬼を捜し出さない限り、芝の――ダリオの眷属のまま、一生過ごさなければならないということになる。

 なぜそんなことになったのか。


 僕はやっと理解をした。

 僕は見てしまったのだ。

 ダリオは何年も待っていたのだ。

 東京に雪が降るのを――前回は4年前だ。

 どういうわけか知らないが、姿を消したカーミラを探すために。

 これが僕の間の悪さということなのか。


 僕が彼女に思いを伝えられないで、もんもんとしていたところに雪が降って、気を紛らそうとしただけじゃないか。それの何が悪いというのだ。それもただの片恋だ。勝手に惚れて、勝手にフラれたと思っているだけじゃないか。


 こんなことなら、ちゃんと告白をしておくんだった――そうすれば。


 僕はそこで、ある可能性について気が付いた


 それはもう、僕が人間でなることを止めることで得られる可能性。

 彼女を自分のものにできるかもしれないという誘惑だった。


「もしカーミラを見つけたとして、どうやって知らせればいいですか」

「LINEでメッセージを」

 ダリオは胸のポケットからスマフォ2台を取り出した。

「変な顔をするなよ。これでもちゃんと表の顔は持っている。今は鈴木と名乗っている」

 そのスマフォはおそらく、かつて鈴木と言う人が使っていたのだろう。

「こいつは複数の名義でスマフォを契約していた。一つお前に貸してやる。間違っても自分のスマフォを使うなよ。足が着くぜ」


 やはりこいつは化け物だ。

 僕はその化け物の言いなりになって、そして同じ化け物になってしまうのだろうか。


「他に質問はあるか?」

「今は別に、あればLINEで聞いても……いいですか」

「かまわんが、俺はまどろっこしいのが嫌いだ。質問は簡潔に、一問一答だ」

「わかりました。じゃあ、僕はここからずっとビルの上を監視していればいいんですね」

「確率的には北側が高い。そしてカーミラはおそらく金色の髪は帽子やコートで隠し、肌の露出はほとんどしていないだろう。だが背格好や振る舞いで、日本人と違うとわかる。そういう女だ」


 ダリオは、まるで自分の女を自慢するかのように僕にそう言った。

 ダリオとカーミラの間に何があったのかはわからないが、少なくとも4年以上会ってはいないということになる。その前に東京に積るほどの雪が降ったのは、僕が小学校1年か2年の時だから10年以上前。


 雪とヴァンパイア


 そこにどんな因果があるというのだろうか

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