第6話 パツキン・ヴァンパイア

「多かれ少なかれだ! 古来、人の営みは大衆を食い物にする支配者の歴史さ。こんな俺にも少しばかり青いところがあってな。仕事の愚痴はこぼさないが、心のどこかでは反吐がでる、俺が憧れたいたのはこんな大人じゃない。俺が憧れた格好のいい大人たちはどこに行ってしまったのかと、嘆きながら……そう、あの日も雪が降っていた。俺は一人の女に出会った。お前、確か、彼女は居ないって言っていたか」


 いつのまにか馴れ馴れしくお前呼ばわりされていることに、僕は憤慨した。

「今いないだけです。前はいました」

「ほう、それは結構なことだ。それで、その女にはフラれたのか。ふったのか。自然消滅か?」


 僕はフラれたと言いかけて、あえてだんまりを決めた。

「なんだ。お前、まだ引きずっているな。男の子だな」


 気持ちとしては殴ってやりたかったが、図星なだけに、どうにも恰好がつかなかった。

「いいんだ。俺も経験がある。男同士、気が合うじゃないか。人生の先輩として忠告してやる。引きずっても何一つ得る物はない」


 大きなお世話だ。


「恋をしろ、女を抱け、泣かせろ。じゃないとお前が泣くことになるぞ。なまじ吸血鬼なんかになると、そういうこともできなくなるからな」

 何故だか少し男が恰好よく見えたが、たぶん気のせいだ。


 この男は自分ができなかったことをぼやいているに過ぎない。


「それで、その女の人とは、そういうことになったんですか?」

「ならない」

「言っていることとやっていることが違うじゃないですか」

「いや、違わない。なぜならその女はパツキンだったからだ」

「はい?」

「だから、その女は日本人ではなかったと言っている」

 何をどう突っ込もうかと思ったが、その前に男がつぶやいた。

「いや、日本人でないというか、人間ではなかったという話だ」

「女の……それもパツキン外国人のヴァンパイアってこと……」



「その女ヴァンパイアに俺は心を奪われた。昭和が終わった1989年、東西冷戦が終わり、ベルリンの壁が崩れた。そして彼女はやってきた。この極東の島国に」


 僕にはまるで分らなかった。

 東西冷戦、ベルリンの壁、確かに歴史の授業で習ったが、それとパツキンバンパイアがどういう関係があるのか。

「覚えておけ。歴史には常に表と裏がある。俺のようなヴァンパイアは現代でもあちこちに潜伏している。東西冷戦時は特に東側の国々に潜伏をしていた。西側にはヴァンパイアを狩ることを生業としている連中がうようよいる。東西冷戦下では、劣勢だった東側諸国と、我々ヴァンパイアは持ちつ持たれつの関係だったそうだ。もちろん、俺はそんなことは知らなかった。そういう話は、あの女の傀儡になってから聞かされた話だ。あの女、伝説の吸血鬼カーミラの血を継ぐ者」


 男は僕の顔を覗き込み、そしてがっかりとした表情で吐き捨てる。


「なんだよ。お前、カーミラを知らないのか!」


 誰だよ、それ


「まったく、最近のガキときたら……まぁ、いい。つまりだ。東側に潜伏していたヴァンパイアたちは隠れ家を追われたわけだ。西側の取引の材料としてな。それで遠くこの地まで逃れてきたってわけさ。本来俺が出会うはずもない高貴な吸血鬼が俺に命乞いをしたのさ。こんな愉快なことはあるか。俺は喜んで人間を止めた。俺は彼女のために尽した。この日本と言う国でもな、人知れず人が消えていなくなるということは、それなりにあるんだぜ」

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