第5話 システマティック・ヴァンプ
「初めに言っておくが、俺はこう見えて50歳だ。ヴァンパイアだからって、なんでもかんでも何百年も生きて――他の生物の"生きる"とそれは多少違うのかもしれないが、まぁ1年1年年月を重ねてこの年齢になったわけだ」
いちいち面倒な物言いをする奴だ。
「もちろん生まれたときから吸血鬼だったわけじゃない。おぎゃあと生まれたときは普通の赤ん坊で、たぶんお前さんと変わらないような普通の家庭に生まれ育った。つまり俺にとって昭和は人間の時代だ」
男はコートのポケットから煙草とライターを取り出し、煙草に火をつける。嫌なにおいがした。
普通の煙草とは違うようだ。
男は僕に煙草を吸うかと差し出した。あまり見たことのない銘柄だった。
「ガラムだ。ちょっと癖があるが、吸うならくれてやる」
僕は喫煙者ではなかった。
それにこの甘ったるい香りは好きではなかった。
「いえ、僕はやらないんで。煙草」
男はまたつまらなそうな顔をしたが、そのまま話を続けた。
「で、平成になって、俺は社会に出た。世の中はバブル景気、みんな狂っていた。金を稼ぐことが至極の価値を持っていた。俺はまぁ、こんな性格だ。ユーロビートに浮かれて踊り出すようなキャラじゃなかったからな」
確かにこのオッサンが踊っているところは想像できなかった。
「自分が好きなSFやホラーの映画を観たり、グッズを集めたり、オーディオや映像機器に金を使っていた。バブルがはじけると、俺の仕事はろくでもないものに変わった。さんざん良い事を言って金を貸し付けて、いざ、こちらの都合で返せて言って、貸した金を無理やりはぎ取った。それはもう酷い物だった。同期の連中はそれが嫌でやめていくか、そんな下衆な仕事をしないで済むようなポジションに着いて、俺の前からみんな消えて行った。」
大きなため息をつくのは、この男の癖なのだろうか。
「俺はこう見えて優秀な男だ。非常な時には非情な手段を取ることができた。どんなにせがまれようが、どんなに泣かれようが、俺は自分の仕事を淡々とこなし、返済が危ういとされるところをとことんまで追い込んで、できる限り回収した。それでどうなると思う?」
僕にはまるで分らない、そして遠い昔の話に聞こえた。
「半分くらいは、回収できたんですか?」
「いや、いいところ、四分の一ってところさ」
「それじゃあ、まずいんじゃないですか」
「いや、むしろおいしい。なぜなら損失補てんがされるからさ」
「それなら、無理やり貸しはがす必要はないんじゃ」
「それはダメだ。回収が不可能になった分しか認められない」
僕はどうにも胸糞が悪くなった。
それは社会のシステムに対してではない。
僕が知らなくてもいいような社会の暗部や醜悪さを愉しげに唱えるこの男のやりように対してである。
「元来社会システムそのものが吸血鬼的な存在なのさ。一番てっぺんにいる吸血鬼は血液の回収役になる下級の傀儡ヴァンパイアに人間の血を吸わせ、自分は危険を冒さない。国民の血税が、つまり金が血であり、不死身の魔神は神を恐れることもなくのうのうと暮らしているってわけさ」
「だとしても、それは一部の人間の話じゃないんですか」
おかしな話だ。
僕は"昭和は良い時代だった"というような大人が一番苦手なのに、どうにかそれを弁明しようとしている。
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