第4話 中年ヴァンパイア
目の前にいる男は吸血鬼には違いないのだろうが、性根はおっさんだ。それも僕の嫌いな面倒なタイプにちがいない。
「父は昭和51年、母は昭和54年生まれで、平成になったのはだから……小学生の頃だから昭和の人って感じでは、無いと思います」
男は大きなため息をつき、それからおもむろにコートのポケットから何かを取り出した。
「吸血鬼にとって太陽の光は天敵だ。こんな曇った日でも、容赦なく肌を照りつける」
それは"UVカット"と大きく書いてある日焼け止めクリームだった。男は左手にクリームを山盛り取り出すと、顔や首、両手にクリームを熱く塗りつけた。
「吸血鬼になる前は、日焼け止めクリームにはまるで縁がなかったんだがな。こんな日でなけりゃ、明るい時間に外にはでられないし、不死と言っても万能ではないってわけだ。人生ままならない。人であれ、化け物であれだ」
目の前にいる伝説の吸血鬼のはずだ。
だけど、たとえば伝説のスーパースターが実際に生であってみると特別ではない普通の人に見えてしまうのと同じように――
ただのオッサンに見えてきた。
「それで。君は定点観測だとか言っていたか。つまりこれから降る東京の雪景色をカメラに収めようといのうだな」
クリームを塗り終わったおっさん吸血鬼は、なぜだか湯上りのさっぱりした中年オヤジのように見えた。
もう、どこから突っ込んでいいかわからないが、ここは相手のペースに乗ることが懸命だと判断し、僕はしばし、カメラのことや定点観測のポイントについてあれこれと説明した。
「なるほど、四年前の大雪の時、君は受験生か。そういえば俺のときも雪が降っていたっけなぁ。うん、そうだ。高校受験も大学受験も雪に降られたんだった。思えば人生の節目に雪が降っている。そうではないのかもしれないが、今日みたいな日は、そんな気分になる。いいだろう。いろいろと教えてくれた君に、俺がどうしてこのような存在になったのか話してやろう。どうせ今日あったことは誰にも話さないと約束したのだ。話せない内容が多少増えたとしてもかまわないだろう?」
まったく納得はしていなかった。
だいたい雪の日に『誰かに話したら殺す』と言っていいのは雪女の特権ではないのか。
なんで聴きたくもない中年オヤジの昔話や秘密を冬の寒空の下で聞かなければならないのか。
これだから――昭和臭い奴は嫌いなんだ。
「わかりました。でもその前にこいつをセッティングしたいんですが、その後でもいいですか?」
僕は男の許可を得て定点観測用に防雨対策が施してある自動撮影カメラを設置した。
「ほう、なるほど、これなら雨雪でも撮影できるわけか」
僕は二つカメラを持ってきていた。
ひとつはいつも使っている一眼の望遠レンズをつけたデジタルカメラ。
もうひとつは野生動物などを撮影するための自動撮影カメラだ。
これを屋上の鉄柵に固定し、雪が降る様子を定点撮影するつもりでここにきたのだった。今となっては
"どうしてもその目的だけは果たしたかった"
「おわりました」
これで思い残すことはない。
いや、まったくそんなことはないはずだが、兎に角今、僕がやりたいこと、やりたかったことは成し遂げられそうなのだから、あとはこの中年ヴァンパイアに身を任せるしかなかった。
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