第3話 伝説の吸血鬼

「僕は、国平成明(くにひらなりあき)、今年二十歳になる19歳、学生です。趣味はカメラ……」


 なぜこんな自己紹介をしているのか。


 まるで分らないが言わずにはいられない。

 自分がなんであるのか、今までどう生きてきたのかを、声を上げて言わなければならない。


 今やらないと、二度とその機会は訪れない。


 そんな絶望的予想をするのに十分な暗闇が、目の前に立っていた。


「ほう、それで?」

 まだ、許されるのか。

 僕は呼吸をすることも

 声を上げることも


 許されるのか


 ならばここは何に差し置いても言わなければならないことばがあるだろう。


「彼女はいません。口では悪態をつきますが、両親には感謝しています。だから僕は……」

「だから僕は……なんだって?」


 男の顔は笑っているが目はそうではない。怒っているのでもない。ただただ冷たい。


「生きたいです。死にたくないです。助けて……」


 男の口が吊り上り、目が大きく見開く。いよいよ僕は諦めそうになる。

「初対面でいきなりお願いごとかい。しかも生きたいだって?」

「はい、生きたいです」

「それは俺の問題ではない」

「助けてください」

「そんな筋合いはないな」

「死にたくないです」

「それなら、叶えられなくもないぞ。小僧」


 男は大きな声で笑った。


 いや哂ったのか。

 その大きく開いた口の中に、僕が確認したかったものを見ることができた。


 人にあるべきではないそれは、牙と呼ばれるもの――そうだ、この男はヴァンパイア


 伝説の吸血鬼。


「小僧、ここで俺にあったことを誰にも言うな。その限りにおいて命の保証はしようじゃないか。しかし、それではまだ十分ではない。俺は察しの通り……なんだっけか」

 吸血鬼は何かを思い出そうと天を仰ぎ、大きくとがった顎に右手を当てて考え込む。


「そう、かりそめの客だ。なんだか意味はよくわからんが、かっこいいだろう。一度使ってみたかったんだが……」

 僕はもう何がなんだかわからず、ただ茫然と吸血鬼の姿を眺めていた。

「なんだ。貴様、知らんのか。詰まらん奴だ。もっと本を読め。十九、二十歳なら、まだ行けると思うがなぁ。エロスとバイオレンス、魔界に新宿、ヴァンパイア―ハンターにダンピールだ」


 なんのことだかまるでわからないが、どうやら昔の小説の話をしているらしかった。


「しかしまぁ、これも時代かぁ。お前、まさかライトノベルとか読んだりしているのか? 異世界とかチートとかハーレムで喜んじまっているのか? はぁ?」


 なんだろう。


 急に目の前の吸血鬼がバイト先の店長とかぶって見えてきた。

 店長は親父よりも少し年上で、オタクの走りのような人だ。

 なんでも昔は数千人を集める大きなSFイベントを地元の浜松で開催したメンバーの一人だったらしいが、僕にはまるで興味のない話だった。


 特撮もアニメもマンガもSFもホラーも、僕にとってはどうでもいいことだった。


「いえ、本を読むのはカメラの雑誌くらいで、小説とかはあまり読んだことないです。読書感想文の宿題で読んだくらいです」


 吸血鬼は首を大きく横に振り、軽蔑のまなざしで僕を見る。


「嗚呼、面白みのない奴だなぁ。父親の影響とか、母親の影響とかで、昭和の文化に触れたりしていないわけ……うん、そうか、19歳ってことは、お前さんの両親は40代?」


 妙な展開になってきた。

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