第34話 火事場の馬鹿力

 一歩一歩が重い。

 雪国だけあって、雪が降っている。

 そのために、敵の姿が近くにならないと分からない。ここではあらゆる敵がデスエンカになるにもかかわらずだ。


 なんとしてでも、祠にはたどり着く。


 どうせ どういつもこいつも確率で死ぬようにできてるんだ。逃げも確率なら、戦おうが逃げようがあまり変わりはない。


 数を減らす方向で考えた方がよほど建設的だ。


「七海、ここからは突撃。力の限り進む」

「進めば進むほど、対策が出来なくなっていくからね。仕方ないかな」

「そうだ。とにかく七海は大爆発魔法を全力でぶっ放す。大爆発魔法も確実に効く敵は少ないみたいだが、確率で通るし、単なる攻撃はほとんど効かないからな。俺はとにかく攻撃あるのみ、防御を無視して突っ込む。アベルも攻撃のみ。ここまで来たら、魔法よりも攻撃の方がまだましだから、全力で打ち込む」


 とにかく急いで進む。

 レベリングはまた今度でいい。この調子じゃレベリングも苦労しそうだ。なんせ、俺が確実に一撃で倒せる敵がいない。デビル・エンペラーの自爆魔法も怖いが、どうせ即死魔法もある。

 それでも突撃あるのみ。


 腹はくくった。

 

 雪原を進む。


 相変わらずの敵の多さだったが、それでも今までのダンジョン扱いであろう山道よりはましだ。とにかく、進むんだ。


 俺の道を阻むやつはどんな奴でもぶっ飛ばす。


 どけっ!!!!


 モンスターが出たら、山道で手に入れた『らいげきの剣』で斬りかかる。

 モンスターが出たら、というよりはモンスターがいたら斬りかかる。どう考えても、無差別通り魔の所業だ。

 

 モンスター達もなんか驚いていて、攻撃の前に硬直していたけど、関係ない。

 今の俺の目の前に現れた時点で、そいつはもう殲滅せんめつ対象だ。


 見敵必殺サーチ・アンド・デストロイ


「うおおぉぉぉぉぉぉ!!!」


 このテンションで放つ攻撃が会心にならないわけがない。

 狂戦士そのものだ。


 このゲーム、相当偏りがあるが、こっち側に偏ることもあるのか。それとも、俺の気合が偏りを生んだのかは分からないが、とにかく、戸惑い硬直するモンスターに必殺の一撃を叩き込む!


 七海曰く

「あの時の奏はすごかったね。鬼気迫っていた。人間の可能性ってやつを見た気がしたよ」


 モンスターは倒せば消えるから、雪原が紅に染まることはなかったが、もし、モンスターの血が残るのなら、間違いなく紅の跡が残っていただろう。


「……祠だ」


 小さくつぶやく。ようやく、祠が見えてきたが、祠が見えても、油断できない。

 なんせ、出てくる奴らがどいつもこいつも一つ間違えば、死ぬ危険性がある。とにかくあの祠までは耐えないといけない。

 

 ほっとした時が一番危ない。

 このゲームの底意地の悪さは、あらゆるところに潜んでいる。祠の一歩手前で、敵がいきなり襲いかかってきて即死なんてことも十分にありうる。 

 それに、敵の出現率が変わってもおかしくない。

 急に、フェンリルばっかり出るようになるとかそういった危険が潜んでいることだってある


 もはや、実際に体験した俺はゲームをマスターしつつあると言っていいと思う。

 実に嫌な方向に進化したものだ。


 慢心することなく、進んでいく。

 ここに来て、レベルが上がり、体のキレが増した感じがした。


 祠の周りは小川が流れていて、小さな島のようになっている。

 その島に渡るために、小さな橋を渡る。

 そして、最後の門番のようにバロールがいた。


 3体か。


 何回対峙しても、その巨体には圧倒される。

 優に3mはあるだろうか。

 気分的にはマンションの2階ぐらいの高さのやつと対峙しているようなもので、姿は見やすいが、右手に持っている自分の身長ほどもありそうなこん棒で殴られたくはない。


 不意打ちして、先手必勝と行きたいところだが、こんなところでは相手もこちらに気づく。


 真正面からの対決。

 

 バロールが腕を大きく振りかぶり、こん棒を振り下ろす。ただの、何の工夫もない殴打が必殺の攻撃に変わる。

 

 盾を構え、全身で受け止める。

 ギシッと骨がきしむ。腕の筋肉、太ももの筋肉、ふくらはぎの筋肉、体全体の筋肉で衝撃を吸収する。それでも踏ん張った足元の雪が大きく舞い、敵の姿がわずかにかすむ。

 こん棒を盾ではねのけ、攻撃してきたバロールの足元まで詰め寄り、巨人の太ももを蹴って、胸の辺りまで駆け上がる。らいげきの剣を下手に構えて、斬り上げる態勢に入る。バロールの巨大な一つ目がこちらを見る。

 

 狙うのは首だ。


 ……ただ、横のヤツのだけどな。

 

 攻撃してきたやつよりも攻撃をしてないやつが優先なのは鉄則だ。胸のあたりから横にずれ、振り下ろされた腕を蹴って、さらに跳ぶ。

 肩口から首にかけて、剣をなぐ。

 

 会心の手ごたえ。

 地面に着地して、すぐさま振り返る。これで1体。直後、敵の巨体が炎に包まれ、爆ぜる。七海の大爆発魔法だ。

 

 しかし、攻撃をしていない巨人が1体。こん棒が振りかぶられ、アベルにたたきつけられる。雪が舞い、その衝撃がこちらにまで届く。アベルの全快にしていた体力が半分以上もっていかれた。


 アベルも剣を持ち、攻撃するが巨人に与える打撃はわずか。

 ……アベルに魔法ではなく、攻撃させているのは、万が一の会心を期待してのことだ。上級火炎魔法も火力不足。どちらにせよ倒せないなら、アベルの会心の一撃に期待した方がいい。


 いきなり、こん棒が雪ごとアベルをなぎ払う。アベルのいた場所が扇状に削り取られている。……間違いなくやられた。敵側のクリティカル。これがあるから、油断できない。ターンでは2ターン目に入っている。

 どこまでいってもこのゲームは戦闘が開始したら、後はヤルかヤラレルか。

 

 七海も分かっているはずだ。

 もう一体の攻撃してきていない方向に向かって走り出す。

 後、5m程まで来た時、巨人の目玉付近で爆発が起こる。七海の大爆発魔法が炸裂した。すかさず、大地を蹴り、剣を巨人の頭の上に振り下ろす。

 手に肉を切る感覚が残り、すっと消える。

 二回連続の会心だ。


 後、1体。

 

 敵の先制がないことを祈って、走り出す。

 もともと疲れることなんてない体になっているが、もう一歩前へ進む。

 先制できる!


 巨人ののど笛を突き刺す。今回は会心とはならなかったが、十分な打撃だ。そして、ひるんだところに、七海が大爆発魔法を唱える。

 

 最後の巨人も霧になって消える。


「た、たどり着いた」

 祠に入った途端に、全身の力が抜けていく。祠は狭く、半地下になっていて、入り口からすぐに階段になっていたので、ここからでも祭壇の前の神父が見える。


「ようやくたどり着いたね」

「ああ、しかし、ほんとにきつかった」

「二度とあの山道は通らないっていう気迫が伝わってきたよ。もちろん、ボクも同じ気持ちだったけどね」

「これで道具でも魔法でも、そして、万が一全滅しても帰ってくることができる」

 目的は達成できたのだ。

「今回は、これまでにないくらいの力を出し切ったよ」

「火事の時は、人間の潜在能力が出るっていうけど、本当にそんな感じだったよ」

「全く、ボクもそう思うよ。火事場の馬鹿力ってやつだね。あれは脳内のリミッターが外れて出るというが、ゲームでそんなことはあるのかな」


 俺たちは、祠に着いた安堵感でいっぱいだった。

 だから、これからの問題に気がついていなかったのだ。

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