第33話 シバミアクという名の地獄

「一回言ってみたかったんだよ」


 七海はたいそうご満悦だ。

 

『ここからが本当の地獄だ』


 ある国民的漫画で使われて以来、今までの苦戦が生ぬるいと思える戦いあるいは苦難が待ち受けていることに対して使われるスラングのような言葉だ。


 今までの苦戦が生ぬるい?

 

 さすがにそれはありえないだろう。

 今までも相当ひどかった。それを越えるのは少し想像できない。


 シバミアクを歩く、道はあまり広がっていなくて、迷うことはないようだ。


「途中に約束の言葉を聞けるはあるよな?」

「ああ、小さな祠だが、ちゃんと移動魔法で戻れるようになる場所がある。町がなくて、宿屋がない代わりに神父が回復してくれる」

 ちゃんとしてるな。

 

「ところで、どんな敵が……」

 言いかけたところで、モンスターが現れた。

 ゴールドデビルと……フェンリル(名前だけはすぐ分かるのは相変わらず不思議だ)……初めて見る敵だな、銀の体毛を持つ大型の狼が2体。


 モンスターがこちらが行動しようとする前に動き出す。

 ゴールドデビルの特性、先制攻撃か。


「あ」

 七海が小さな声を出した。

 おい、その『あ』ってなんだ、そんなにまずいのか?


 フェンリルは低い姿勢から体を伸ばすように口を大きく開き、そのままこちらを威嚇するかのように高く吠えた。俺たちの周りを音圧とともに黒い霧が包む。


 これは……まさか、即死魔法?


 え? はぁぁぁぁぁああああ?????

 ちょい待った。

 それはおかしい。即死魔法はグループ魔法ってことは全員に効くってことで…… 次の瞬間、目の前が赤くなる。

 これ、ダメなやつだ


 七海が死んでいる。

 どうやら、俺とアベルには効かなかったようだが、七海に効いてしまったようだ。


 しかも、もう一体残ってる。

 姿勢は低く、鋭い牙が口からのぞいている。

 準備万端、もう一体のフェンリルから音の塊が発せられる。今度は俺に効いた。ゴールドデビルがアベルを殴る。

 アベルのHPが削られるが、正直、この敵の場合、残りHPはあまり関係がないように思える。


 敵の先制攻撃で、俺と七海が死んだ。生き残ったのはアベルだけ。

 ありえない理不尽。

 どんな対策しても、このコンビの急襲は避けられない、デスコンボそのものだ。


(アベル、逃げてくれ、逃げてくれ……死んでも逃げてくれ……)


 祈ってる内容が支離滅裂だが、もうそんな気分。

 やり直しは勘弁してもらいたい。


 祈りが通じたようで、アベルは何とか一発で逃げを決めてくれた。


 しかし、ないわ。これ。

 

 アベルの蘇生魔法で生きかえる。


「七海、『あ』っていうのはこういうことか?」

「ああ、そういうことだ」

「ありえないコンボだろ」

「言っただろ? ここからが本当の地獄だって」

「それにしてもひどい」

「確かに、あのデスコンボは低く見積もっても相撲でいう三役クラスのひどさではあるが、『間違いなく横綱』ではないよ。それに、祠までたどり着けば、ゴールドデビルは出てこない」

「それはなにか? もっとひどいやつもあるということか?」

「ひどいの種別が違うので、一番ひどいやつを決めることができないってことだよ」


 ……頭が痛くなってきた。

 参考までに聞いたのだが、確かにひどかった。


 デビルエンペラー。

 ゴールドデビル系の最上級。見た目はやはり単なる手と尻尾の長い猿で、ゴールドデビルと同じく普通の攻撃は大したことない。

 ただ、自爆魔法を使う。使われた瞬間に全滅確定。一定のHP以下になってないと使ってこないことだけが救い。

 悪魔。


 バロール。

 巨人系の敵。他にギガースという下位の敵がいるが、ギガースは大したことない。問題はこちら、破壊的な攻撃力。クリティカル持ち。

 8分の1の確率でミスり。8分の5の確率で普通の攻撃。8分の2、つまり25%の確率で防御力無視の攻撃が飛んできて、最低100ダメが約束される。乱数によっては150ダメまでぶれる。

 鬼。


 アスタロト。

 巨大悪魔系でシバミアクで初めて出てくる姿の敵。

 高耐久力・大爆発魔法とこれだけでも強いが、確率2分の1の昏睡攻撃。眠りの可能性が高い。

 魔王。


 フェンリル。

 即死魔法。基本的に群れで行動する。他のモンスターと一緒に出てくることも多い。

 死神。


 そして、全モンスター、幻惑魔法、催眠魔法、封魔魔法、即死魔法などのダメージ系以外の魔法に対して完全耐性持ち。終盤に入り、もともと脳筋仕様だったゲームは、いよいよ全力脳筋へと加速していく。

 対策? おいしいの?


 ここで全滅したら、またシバミアクへの山道からやり直しだ。それだけは避けたい。一度抜けて道はある程度把握しているとはいえ、敵の組み合わせによっては抜けることができない可能性も十分にある。


 一度、抜けることができたからと言って、もう一度抜けることができるとは限らない点にあのダンジョンの恐ろしさがある。なんとかして、祠につかなきゃいけない。約束の言葉をなんとしてでも聞かないといけない。

 ちなみに、下界に降りるための女神の泉があり、そこから町に戻ることができる。ただ、完全な一方通行で、戻ってくるには移動魔法しかない。

 

「地獄か? ここは」

 思わず、漏らす。

「だから、言っただろう? 地獄だって」

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