第16話 この世界は確率によって支配されている
半ばあきらめをともなって、出港し、大陸から離れて大海原を進む。
「海に出たのはいいが、どちらの方向から向かう?」
「順当に考えれば、北だろうね。西は今港を出たばかりだ。僕らは南の方に広がる砂漠を越えてきた。そうすると、北か東だが、東はダイータの町のある方角だ。海岸線を沿ってきて、円を描くように一回南に下り、東から西に向かい、さらに北に向かって、港町であるラカタージについた。そうすると、そのまま北に向かうというのが、いいんじゃないか?」
「七海がそういうんだったら、そうしよう。他にあてもないし。」
見渡す限りの水平線。この水平線の先に何が待っているのか今から楽しみで仕方がない。……というのは、物語の中の話であることがよく分かった。
何が待っているか、何も待っていないかも分からない、そして、何の変化もない海を旅するのは精神的に相当辛い。
本来なら、肉体的にも辛いはずだが、こっちはあまり関係がない。ゲームには空腹や乾きと言ったステータスはない。だから、そういうことを感じることもない。この辺は昔の大航海時代と比べてずっとましなところだ。
それに、病気の心配もない。
体調関係で心配なのは、シースネークによる毒ぐらいだ。それにしても、やはり敵は多い。
本当は全ての敵に対処しなければならないわけではないし、逃げるコマンドもあるが、まだこちらが弱いのか確実に逃げることができない。そうなったら、悲惨な目にあうので、戦っているだけだ。
それに電気クラゲ、シースネークの両方とも意外と経験値が多い。
チタエイプと同じぐらいの経験値がもらえる。
おかげで、レベルは上がっている。
俺は力が上がって、HPは100を超えた。
アベルは移転魔法の他にダンジョンから抜け出すことのできる脱出魔法、それから中級回復魔法を覚えた。
七海は、幻惑魔法、睡眠魔法、退魔魔法、弱体化魔法を覚えた。
しかし、正直、退魔魔法や弱体化魔法は使えない。
七海によれば、退魔魔法はパーティ全体のLVの合計値が一定の水準に達すると、敵を封じることができるようになっているらしいが、少なくとも今は海の敵を封じることができないので無意味だ。
後、ダンジョンに入っても効果がないらしい。
弱体化魔法は、対象の防御力を10分の1程度減じる魔法。10分の1に減じるのではなく、10分の1だけ減る。ほとんど変わらないってこと。
幻惑魔法と睡眠魔法は効く敵には効くらしいが、睡眠魔法はともかく、幻惑魔法の効果は微妙である。幻惑魔法という名前の通り、幻を見せて、惑わす魔法で打撃による攻撃のミスを誘う魔法で、シリーズでも登場し続けている。
シリーズによってある程度の差はあるが、打撃攻撃主体のモンスターそれなりに効果があり、一方、こちらも幻惑魔法にかけられるとかなりの確率でミスするようになる。しかし、このゲームでは確かに全然ミスしていなかったモンスターが多少ミスするようになるのだが、結構あたる。
「なぁ、七海。幻惑魔法ってどのくらいの効果があるんだ? あまり効果を実感できないのだけど」
「打撃攻撃の当たる確率を4分の3にする。それが幻惑魔法の効果だったはずだよ。確率系は何かと頭に入れてきたからね。『4分の3』とは逆に言えば、幻惑魔法にかかったとして敵の攻撃は25%しか外れない。期待値から言えば、逃げる確率より低いのだから、幻惑魔法に必ず効く敵にあったとしても、幻惑魔法に頼るのはオススメできないな」
まぁ、そんなもんだろうな。
打撃で20ぐらい受ける敵がいたとする。幻惑魔法が効いても4分の3はあたるので、期待値というのが正しいのかはともかくとして、15のダメージを受けるというような計算になる。
ん? なんかおかしい単語を聞いた気がする。逃げる確率?
「逃げる確率って?」
「ん? 逃げる確率といえば、そのままの意味だよ?」
「それってどのくらいの確率なんだ? 例えば1回目が4分の2、2回目が4分の3、3回目が4分の4とかそういう感じなのか?」
普通、逃げる確率は最初は低く設定されていて、3回目になると確実に逃げられるとか、他にもレベル差で絶対に逃げられるように設定されているとか、そういう感じになる。
「もしかして、奏は気づいていなかったのかい? そう言われると、奏はほとんど逃げていなかったから無理もないかもしれない。このゲームの逃げる確率は3分の2で固定だ。どんなに弱い敵でもどんなに強い敵でもこの数字は変わらない。つまり、3分の1の確率で失敗する。解析の結果、そうなっているのだから、仕方がない」
おい。なんだ、そりゃ。どんなに強くなっても確逃げできない。この先、どんな敵が出てくるかは分からないが、そいつが昏睡系の攻撃を持っていたら、結構な確率できつくなるぞ。
今、戦っているのだって、昏睡攻撃がうっとうしいからだぞ。
ん? 解析?
「七海、今、解析って言ってたけど、それはどういうことだ?」
「ああ、このゲームは大体のものが固定の確率になっていて、さっきも言ったが、逃げる確率は3分の2で固定。他にも、シースネークの攻撃で毒になる確率5分の1。でんきクラゲには普通攻撃、普通攻撃、昏睡攻撃があって、一応、昏睡攻撃が選ばれる確率は3分の1で、昏睡になる確率は2分の1。という感じだ。もっとも、全てデータ上は、の話だけど」
そんな重要なことはもう少し早く言って欲しかった。
「本当は奏の言う通り、弱い敵からは確実に逃げられる方が現実に近いと思うし、実際にこのゲームの後に出たゲームなんかだと素早さやレベルによって、100%逃げられるように仕様が変更されているようだし、あるいは逃げた回数によっても確率が変わるってのもあるみたいだね。しかし、おそらく、当時の技術では素早さやレベルに依存した逃げる確率の設定ができなかったんだろうね」
「でも、それって仕方ないのかもしれないけど、こっちにとっては悲しいお知らせでしかないぞ。確実に逃げることができないのなら、最悪、逃げられないことを前提に戦略を立てるしかないぞ」
そうなのだ。逃げることができないって言うのは、最悪を想定した場合、逃げられず、敵から一方的な攻撃を受けることを前提にしなければならないことになる。逃げるのであれば、余裕をもってすることになるが、そのぐらいの強さになれば、もはや戦った方が早いぐらいだろう。
「確かに、今も敵はどんどん甲板に上がってくるが、蹴散らした方が早い。一度逃げたけど、回り込まれて、結局戦うことになったし。というか、僕にはこの甲板の上にまで上がってきた敵から逃げることができるのかも疑問だけれども」
そうなんだよな。
海の敵って海から一気に船の上まで飛んできて、戦闘になる。お前らはトビウオか何かか? クラゲのくせに生意気な。モンスターが甲板にいる=船の中にいるなわけで、ここから逃げ出すことができるかも分からないし、甲板の上で逃げたら、敵も甲板の上から海に戻ってくれるのかな。
不思議で仕方ないが、逃げた方が被害が大きくなりそうなので、戦っている。
残念ながら、これからも戦うことになりそうだ。本当に残念としか言いようがない。大事なことなので(以下……)
レゲー特有の理不尽その7「固定の確率がほとんど。逃げるも固定の確率」
そうして、北へ北へと向かっていると、なにやら湖の真ん中に町がある陸が見えた。新しい町だ。
北に向かった判断は間違っていなかったはずだ。
陸の上を見慣れないモンスター達がうごめいているのを除けば、の話だけど。
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