第14話 大海原へ
俺は瀕死だし、アベル・七海は死亡扱いだ。早く教会に行って、生きかえらせた上で、宿屋に泊まらないと。
最近のRPGだと、生きかえらせると、HPもMPも回復している場合もあるが、このゲームではHPは1で生きかえり、MPも回復しない。だから、生きかえらせた後で、宿屋に泊まる必要がある。
それでもヤマは越えた。ふーっ、と息を吐いていると、半裸男が近づいてきて
「いやー、あんた、すごいな。助かったよ」
お前は助かったかもしれないが、俺たちはボロボロだ。お前の話は後回しにしてもらいたい。
「海の男にゃ二言はねぇ。船があっても、出港できないんじゃ意味がねぇ。最後に残ったこの船をあんたに預けるよ。あんたは邪教大司教リフーガを倒すために世界を旅してるんだろ? だったら、船がないと世界は旅できねぇ。あいつも喜んでくれると思うぜ」
そういって、半裸男は俺と棺桶2つを連れて、船のところまで行く。
ちょっと待って欲しい。今は船なんかよりもずっと大事なことがある。そう思っても、勝手に船に乗せられる。
「さぁ、久々の出港だ!」
そんなに威勢よく言われても、こっちにはこっちの都合があるんだよ! お前には棺桶が見えないのか? 早く教会に行かせてくれ。
そんな思いとは別に船は港を出て行く。
えっと、最初の城ジーノを出た時と同じ衝撃の光景が海には広がっていた。海もモンスターだらけ。
この状態だと……やっぱ、0歩エンカだよ!
回復スライムと同じ形状のモンスター、ただし、色は何か紫っぽい、そんな『でんきクラゲ』が2匹。
大ミミズと同じ形状のモンスター、『シースネーク』が1匹。
どれだけダメージを食らうか分からないので、即、逃げる!
こっちはボロボロなんだよ。ボス戦の後の強制連戦なんてこなせるか!!
で、こんな時に逃げることができれば、どれだけ楽か。しっかり回り込まれた。
うわぁ。ちょっとひどい。
敵の攻撃を一方的に受けることになった。しかも、今のゲームみたいに一部の敵だけが攻撃してくるとか生ぬるいことは起きない。逃げるというのは、1ターン丸々消費するということ。
つまり、3匹分の攻撃を一方的に受けることになる。俺はこの攻撃に耐えられるのか。
シースネークの攻撃で、足を噛まれる。ダメージはそんなに大きくない。10ぐらい。
毒になった。あ、こいつ、毒蛇。でも、これは関係ないな、町はすぐそこだし、教会では回復できるし、不思議なことに、街中では毒でもダメージ受けないし。
でんきクラゲの触手で、はたかれる。これもダメージはそんなに大きくない。5ぐらい。シシザルやチタエイプに比べれば、すごく軽いダメージだ。
そんなに強くないのか。もう1ターンチャンスがあることになる。
もう1匹の攻撃を受ける。ビリッときて、昏睡状態に陥った。マヒではない。おそらく、このゲームは眠りとマヒとを区別がないみたいだ。このシリーズでは、でんきクラゲはよく出てくるが、追加の状態効果はマヒだったから、このゲームはマヒという概念自体がないんだろう。
しかし、つまり、昏睡状態ということで、ノーチャンス! ノーチャンス!!
これが現実です。
嘘だと言ってよ!!
もはや、乾いた笑いしか出てこない。ありえない理不尽。回復の機会もなく、放り出されたと思ったら、敵にエンカウント。そして、状態異常。えげつないコンボだな。
そして、俺は死んだ。
「おお、奏よ。死んでしまうとは情けない。お前にもう一度機会を与えよう……」
見慣れたジジイ。見慣れた光景。見慣れた復活場所。
ダイータの町だ。
今回のは俺は悪くないよね? 悪いのは棺桶2つがついているような状態で、しかも、半死半生の状況で、町の外へ放り出す半裸男だよ。
今回の全滅で、せっかく貯まっていたお金も半分になってしまった。起こってしまったことは仕方がない。早く協会に行って、まずはアベル、七海を生きかえらせる。
「生きかえった。正直、あまり気持ちのいいものではないな。死ぬというのは。しかし、さすがだな。奏。しっかりとイカは倒したんだから」
七海がいう。
? イカを倒したのはその通りだが、その時、七海は棺桶の中なわけで、イカを倒したかどうかは分からないはずだぞ。
「ん? 君はもしかして、アベルよりも先に死んだことはないのかな?」
そうだな。アベルが先に死ぬ。というか、HPと守備力の差から考えれば、どう考えても俺が生き残る。
「まぁ、HP差と守備力差を考えれば無理もないが、仲間を残して死んでしまった場合、意識はそのままで棺桶を眺めてるって状態になる。実になんとも不思議な体験だったね」
なるほどな。状態異常の内容としては、睡眠とあまり変わらない感じだな。見ているものが自分の体か棺桶かの違いか。
そこで、七海がニヤリと笑う。
「しかし、僕が倒された瞬間の君の顔は正直、ちょっと嬉しいと思ってしまったよ。君もゲームの中だからとは頭で分かっていたとは思うが、それに感情がついてこなかった。そんな感じの表情だったよ」
……七海の言うとおりなわけで。
「少なくとも君にとって僕はそれなりに大切な存在のようなのでね」
ふふっと笑う。
これで、さっきの悪魔的なニヤリとした半笑いがなければ、かわいいのだが。なんかこのゲームに入ってから、七海にはやられっぱなしな気がする。
なんとか、ちょっとだけでも仕返ししたい。
「そうか。俺なんかでも気にかけられると嬉しいものなのか? 七海は地味にモテるのに、いつも興味なさそうにしてるから、そういうことは気にしないかと思っていたが」
いつもは言わないが、このくらいの反撃は許されるべきだろう。
「? モテる? よく分からないけど、君だからね。そりゃ、気にかけられると嬉しいよ」
と言った瞬間、七海がくちびるをぐっと噛み、すぐに表情を直した。
七海にはモテると言う自覚はないらしい。そうなると、七海の認識としてはボッチなわけか。そういや、女子同士で話すところを見たこともあるけど、付き合い程度だし、男子と話していることなんて全くなかったな。俺に嫌われたら、遊び相手がないってことなのか?
「そうか。お前には俺しかいないってわけか」
「い、いや、だから、そういう意味ではなくて、その、えっと」
七海が顔を赤くする。
ボッチってことを指摘されたら、恥ずかしいよな。このゲームに入ってから初めて七海よりも優位になった気がする。
でも、ホントは、七海は気だるそうにしてても、勉強ができるし、女友達に質問されたら、先生よりも要点をつかんで教えてやってるし、それでいてそれを鼻にかけることもないから、話すことは少ないけど、意外と人望はある。
だから、ちょっと声をかければ、すぐに周りに人が集まると思うんだけどな。
「俺でよければいつでも遊んでやるから」
「……え、うん。そうしてもらいたい」
七海がつぶやくように、うつむき加減で答える。七海、お前が思っているほど、お前はボッチじゃないぞ。……たぶん。
「そういえば、奏。僕は一言君に謝らなくてはいけない。イカに攻撃を食らった時、本当に痛かった。君はここに来るまで相当全滅したと聞いた。あまりにリアルを追及してしまったようだ。痛みに関する調節はもっとしておくべきだったし、ゲームは楽しむものだから、痛みすぎるものではあってはならなかったはずだ。そういう意味では、余計な痛みが君に加わっていると思う。すまない」
七海にしては気持ち悪いほど殊勝なセリフだ。
確かに、痛いんだが、敵から攻撃を食らっているのに何もない。数字だけだとそれはそれで、何かおかしい気もする。痛みもあるから、真剣に戦っている。それに七海も痛かったはずだ。わざとじゃない。
「……気にするなよ。リアル志向は嫌いじゃない。俺の方こそ、ごめんな。七海をあんな目にあわせて」
そう言っておく。
七海はもう一言何か言いたそうだったが、言いかけて止めた感じだった。この話を続けても、あまり進まない話だと思ったのだろう。
「とりあえず、もう一回あの町からか。砂漠越えは面倒だなぁ」
そう言いながら、町を出ると、船があった。
「奏、船がある」
「ああ」
これは嬉しい誤算だ。
「で、なんで、ここに来ているんだ?」
もっともな疑問だ。
「七海、このゲームのシリーズでは船を入手して……、正確には入手フラグを立てて、移動魔法や全滅したりすると町の外まで船がついてくることになっている。そうか、よかった」
よし、これで大海原を駆け巡ることができる。
「いくぞ、七海」
船のある方に歩き出す。
もちろん、モンスターを蹴散らしながらだけど。
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