第13話 イカ退治

 とりあえず、することは決まっている。

 俺は打撃、アベルは防御、七海は氷結魔法。

 アベルが防御なのは、相手の攻撃でどの程度食らうか分からないからだ。一方で俺と七海が攻撃なのは、もし俺が防御しないと耐えることができないような攻撃が来るなら、戦えるレベルではなく、どちらにせよ全滅が確定するからで、七海が攻撃を受ける確率はかなり低く設定されているようで、七海が攻撃を受けるようだと運が悪かったと思って諦めるしかない。

 

 イカの触手が振り上げられ、鞭のようにしなりつつ、振り落とされる。盾を構え、ぐっと腹に力を入れる。ガツンとした衝撃。関節という関節がきしむ。

 一応、前の町じゃ一番いい装備をそろえたんだが、今の一撃で30弱のダメージ。チタエイプよりもやや強めってところか。だが、しょせんは一体。

 このくらいの攻撃なら十分に耐えることができる。

 攻撃を受けた後、七海が氷結魔法を唱え、こぶし大のつぶてが、イカに命中する。イカがつぶてに反応してのけぞる。どうも、イカは氷結魔法には耐性を持っていないようだ。今度は俺の番だ。鋼の剣を振りかぶって、イカの触手に斬りつける。

 モンスターがその痛みで触手を大きくふる。こちらの攻撃もどうやら十分に通用しているようだ。

 巨体がよじれると、桟橋がつぶれるのではないかと思うが、その心配はないようで、イカは触手を桟橋に打ちつけて、こちらの様子をうかがっている。


 1ターン様子を見たが、これだったら大丈夫だろう。

 次のターンは、俺が攻撃。アベルは俺に初級回復魔法。七海は氷結魔法。

 俺が触手をかいくぐって、胴体部分に肉薄し、鋼の剣を横になぐ。手応えは十分。モンスターに攻撃の傷跡が残らないのは若干不満だが、敵を倒すまで敵の力は変わらないし、ゲームでは敵の絵に変化がないのでこれは仕方がないところだろう。

 振り上げられた触手が左から迫ってくる。盾を構え、受け止める。だが、攻撃したすぐ後だったのが悪かったのか、踏ん張りが効かず、大きくはじき飛ばされ、右半身が石畳に叩きつけられる。

「いってぇ」

 ダメージを受けたからといって、動けなくなるわけではないし、骨を折るわけでもない。しかし、なんとなく痛みが残っているようなそんな感じがして右半身を左手でさすりながら起き上がる。

 近づきすぎたか。

 しかし、二ターン連続で俺に攻撃が来ることは悪くない。アベルや七海が攻撃を受けるよりずっといい。アベルが俺に近寄り、回復する。俺の近くに来ると言うことはそれなりにモンスターの近くに来ることになって、普段なら、不用意な行動かもしれないが、すでにモンスターは攻撃済みだ。

 アベルには次のターンも回復してもらわないといけないから、俺の近くに来ることも間違っていない。俺はアベルにありがとうと手をあげる。

 

 ところが、次の瞬間、触手が俺の目の前をなぎ払った。

 アベルが視界から消えて、物体が石畳を転がった音がする。

 !! まだ、七海は攻撃していない。ターンの途中のはずだ。それともはじき飛ばされた後、俺がわずかにモンスターから目をきったその瞬間に七海の魔法がモンスターを襲っていたのか。

「七海!」

 七海の方を見る。ちょうど詠唱を終えて、氷のつぶてが1ターン目と同じように命中し、モンスターが怯む。

 となると、もしかして。


 二回行動のモンスター。1ターン目には一回しか行動しなかったから、おそらくランダムで二回行動するタイプだろう。

 

 今のHPで2回とも攻撃を食らった場合、防御をしていない場合、アベル、七海は死ぬだろう。現にアベルのHPは半分以下になっている。


 ここで一回落ち着こう。ゲームはターン制でこちらが攻撃を開始するまでは相手も攻撃を開始しない。

 考える時間はある。

 俺はおそらく後二回分の攻撃は耐えることができる。

 アベルは回復か防御をすれば、一回だけは耐えられる。

 七海は防御すれば、一回は大丈夫だろうが、防御なしだと一回でも危うい。乱数次第では即死。


 一方、攻撃は俺の攻撃が30ぐらい。

 アベルは魔法を使った方がダメージが大きいと思うので15~20。

七海の魔法攻撃は20~30ぐらい。


 うん。回復が間に合わない可能性の方が高い。アベルは俺の回復のみ。七海は攻撃魔法。俺は攻撃。


 アベルの回復はしない。

 

 アベルが攻撃されたら、俺への攻撃が一回なくなる分として前向きに捕らえる。アベルへの攻撃ダメージはアベルの回復魔法による回復量を上回る。

 図式にすると

 俺が受けるダメージ=アベルの魔法の回復量>アベルが受けるダメージ

 こんな感じで、アベルの1ターンの価値って、敵からの攻撃1ターンと大体同じ。で、アベルの攻撃よりも俺の攻撃の方が大きい。

 アベル。ごめんな。


 さぁ、運ゲーの始まりだ。


「奏も意外と攻撃的なのだな。まぁ、このゲームの性質からすれば、仕方ないのかもしれないし、僕もおそらくは攻撃を受ければ瀕死か即死の状態で攻撃を続けなければならない状態だということは分かるが」

 七海の声が聞こえるが、俺はどうしてもこの戦いに勝ちたいのだ。


 イカに近づき、触手の根元に斬りつける。今度はこちらが先制できた。幸先がいい。直撃を受けないように、距離をとる。

 が、次の瞬間、イカの体が赤くなった。これはおそらく正確ではなく、赤くなったように見えるだけだろう。触手が猛烈な勢いで地面に叩きつけられる。その風圧に思わず、盾を構えて、目をつぶる。

 俺のすぐ横に触手の根元がある。

 目の前が赤くなるのは、誰かが死んだということだ。触手がどけられ、出てきたのは、今まで見たことのない棺桶。このゲームでは死ぬと死体ではなく、棺桶になる。シュールな光景だが、悠長なことは言ってられない。しかも、これは……

 アベルが回復魔法を俺に唱える。

 やはり、死んだのは、七海。


「くそっ!!」

 ゲームの中の出来事であることは分かっているし、生きかえらせることも頭では分かっている。だから、七海を攻撃されることも分かっていたし、結果も受け入れている。

 だけど、それでも……頭に血がのぼるのを抑えられない。今回の旅で七海が死ぬのは、これが初めてだ。一撃でHPが0になる打撃というのは本当に痛かったと思う。七海をそんな目にあわせてしまったのだ。

 

 イカに向き直り、対峙する。俺の腕がまだ動かない。

 こんな時に……っ! 二回攻撃! 再度イカが触手を振り回し、アベルが触手に吹っ飛ばされ、壁に激突する。もう一つ棺桶ができる。

 体を動かしたいのに体がついてこない。こんな時、ターン制はほとんど呪いだ。


 二つの棺桶と残りHP95。これが全て。

 もう後はない。

 俺にできることは突撃・特攻あるのみだ。どうせ、避けられない。大きく飛び、イカの胴体に上がる。剣を振りかぶり、相手の眉間に剣を叩きつける。イカが痛みのためか、俺から離れる。俺は地上に落ち、間髪入れずに触手が俺を襲い、右に吹っ飛ばされる。吹っ飛ばされた先で、さらに、触手に叩きつけられる。

 衝撃に声が漏れる。連続2回攻撃。2回攻撃が飛んでくるのが何パーセントか知らないが、厳しい。

 今ので、残りHPは33。後、一撃耐えられるかどうか。微妙なところ。

 すぐに体勢を立て直して、今度は剣を下に持ち、大きく飛び、途中で剣を引っかける。そのまま、胴体を駆け上がり、一直線に頭の上まで走る。ゲームの中以外では考えられないような行動だって、このゲームの中では、できる。

 正直、今の攻撃は相当の手応えがあった。

 会心の一撃。イカに92のダメージが通った。これでダメなら……

 イカが後ろに倒れ、チリとなって消えていく。


 ……経験値を手に入れ、それなりの金を手に入れる。


 イカを倒したのはいいが、代償も大きかった。本当に悪かったな。七海。

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