第10話 オアシスの町はどこだ

 川を越えると、砂漠だった。

 新天地に着いた時に、今までとは違う場所だぞと視覚的にも分かるように、マップの配置を変えることはよくあることだ。


 今まで草原だったのが、急に砂漠になった。

 気象条件的にどのようになれば、このようになるのかは分からないが、そういうものだ。

 しかし、暑い。自分の表情は見ることはできないが、傍から見ているだけで暑くなりそうな、そんな表情になっていると思う。

 アベルは涼しげな表情というか、無表情そのもの。感覚機能が麻痺してんじゃないかな。


 七海は暑いんだろうが、それを表情に出さない。小学生の頃から多少の気候の変動では表情は崩さなかった。暑い、寒いというのに興味がないと言っていた。

 台風や雷ならすっごい興奮状態になるんだけど。ほとんど小学生だ。


 砂漠に入ってから、猿型のモンスターが出てくるようになった。こいつらが強い。猿と言えば、ジャングルだろう、と思うがそんなことはない。モンスター配置も適当なところがある。


 その砂漠には場違いな猿型モンスター、シシザル。シシの名前の通り、鋭い牙と爪で、攻撃してくる。高火力で高HP、高守備力。素早く、物理攻撃の回避率が高い。特殊な能力はなく、仲間を呼ぶこともないが、基本的な性能が高い。

 

 明らかに魔法で倒すことを前提にしている。もし、七海が戦力にならない段階でここに来ていたら、ほぼアベルの初級火炎魔法だけで対処することになっていた。

 簡単に言えば、猿たちに『話にならんな。出直してこい』と追い返されていたことだろう。

 

 これだけとっても、パーティーが力を合わせてモンスターに立ち向かうというパーティープレイの醍醐味が体感できるようになっている。もっとも、七海が戦力になっていることは、ここに来ても戦えるというだけで、きついことに変わりはない。

 やっかいなのが高HP。七海の氷結魔法だけではやっつけられない。

 後一撃が必要なんだが、アベルでは物理攻撃ではほとんどダメージは与えられず、俺の攻撃が多少とおるぐらい。七海の氷結魔法+俺の攻撃、もしくは七海の氷結魔法+アベルの初級火炎魔法が必要となる。

 もはや猿というより重装歩兵。

 こいつら、つえーよ。


 こんな感じで、シシザル相手には魔法攻撃が絶対に必要なので、他の敵が出てきた時には、できるだけ節約して打撃で倒している。

 砂漠に入ってから、少しではあるが、モンスターの数は減った気がする。さすがにここで多数のモンスターを相手にするのは辛い。


 確かに砂漠は生物自体が少ないので、モンスターが少ないのも当然か。

 おかげで、今までよりは多少進みやすいが、魔法で倒すことを前提としたやつがいるので、MPが減るのがすごく早い。


 次の町まではどのくらいあるのだろうか? と思っていたら、遠くに木が見えた。おそらくオアシスだろう。

 ゲームでオアシスと言えば、町。どうしたわけか、ゲームでは他の町に比べても栄えている印象が強い。交易の中心となっていて、バザーがあって、露天商がいて……というような感じだ。後は、砂漠だけあって、ちょっとエキゾチックな踊り子がいたり、いろいろと誘惑の多い町。

 それが、砂漠の町というものだ。

 

 期待に胸を膨らませながら、オアシスを目指して歩く。特にエキゾチックな踊り子には大いに期待したい。

 足取りも軽くなるというものだ。


「奏、さっきからちょっと早いんじゃないか。なにかあったのか」

 七海がいぶかしげに聞く。


「ああ、七海は気づいていないのか? あそこにオアシスがあるだろう? きっとあそこには町があるはずだ。MPも減ってきたし、休憩できるからな。早く行きたいと思うのは当然だろう?」

 七海は最後尾なので、見えなかったのかもしれない。


「ああ、オアシスだろう? 残念ながら、あそこに町はないよ」

「えっ?」

 思わず変な声が出た。

「あそこに町はない。期待して着いたらなかったというのは悲しいだろうから、今のうちに言っておいた」

 七海が絶望的なことを言う。

 前の町からここのオアシスまでかなりの距離を歩いている。対処したモンスターの数もそれなりにいる。それでいてオアシスに町がないというのはどういうことだ。


「開発段階では町は存在していたらしいんだけど、容量の問題で削ったと開発秘話で明かされていた。当時はゲーム開発は容量との戦いだったということだ。この話には実にロマンを感じるね。そうは思わないかい? 奏」


 思わん。容量の関係で削るなんて考えもしなかった。


「奏、よく考えてごらんよ。科学者というものは何かしらの制約をかかえつつも、その制約の範囲内で自らの正しさを立証しようとするものだ。今回、ゲームという舞台ではあるが、開発者は容量という制約の中で自分の表現したいものを表現しようとしている。僕も科学者の端くれとして、ちょっとしたシンパシーを感じざるをえないのだよ」


 そういや、こいつはこういうやつだった。

 なにが作られたかよりも、どうやって作ったかが重要なのだ。

それはそれでいい。開発の秘話、裏話といったコンテンツが世の中にあふれているのは、一定の需要があるってことだから、七海みたいな考えもあるだろう。


 しかし、今はそんなことはどうでもいい。

 大事なのは町がない、回復手段がないことだ。次の町までどのくらいあるかは分からないが、元々町があった場所からはあるていどある程度は離れているだろう。


 すでに限界に近いMP。

 とりあえず、前の町に戻るしかない。このまま進んでも、次の町につける保証はない。というか、間違いなく、MPが枯渇して戦えなくなる。


 町ごと消すとか、大魔王かよ。


 やむなく、アベルの移動魔法で前の町に戻る。白の羽もあるが、使うのはもったいない。


「あそこに町がないとなると、道中が厳しいな。何かいい方法はあるか?」

 七海に聞く。

「僕は正攻法しかないと思うな。つまり、できるだけ回復は道具で済ませて、魔法はできるだけ節約。モンスターとの戦いは逃走も選択すべきだろう。」

 七海らしい、実に合理的な回答だった。他の方法も考えつかない。


 薬草を持てるだけ持って、出発する。

 次は、砂漠を越える! 


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