第9話 川を越えて

 マヤイラスに戻ると、王様が歓待してくれた。


「七海よ。よくぞ無事で……奏王子よ。よく七海を救ってくれた。約束通り、この城の秘宝『氷の杖』を授けようぞ。『氷の杖』は川ぐらいの幅であれば、水を凍らせて対岸に渡ることができるようになる杖じゃ。この先の冒険で役に立つことだろう。ではな、奏王子よ。七海を頼んだぞ。」


 王様が親切にも『氷の杖』の使い方を教えてくれる。

 それはいいのだが、何気に爆弾発言をしていないか? 王様が王女を王子に頼むというのは、それはつまり、冒険とは違うなにかを頼むような感じにならないか?


「ほら、奏。王女を『頼んだぞ』だってさ。さすが王子様だ」

 そんな俺の心を見透かすかのように七海が後ろからククッと笑う。

 

 ……決めた! このマヤイラスにはもう金輪際近寄らない。同じようなことを言われたら、また、七海は俺にこんな風に笑いかけるに違いない。その度に、俺のHPは削られることになるだろう。


「よし、この城を出て、次の町に行くぞ。次の町は西の方面だな」

 俺は高らかに宣言する。


「それはいいのだが、奏。次の町への用意はできているのか? 僕のレベルはまだ低いし、用意はしていった方がよいと思うが?」


 ところが、決意した俺に七海が水を差す。俺はこの城が嫌なのだ。できれば、通りすがりでも見たくない。……とはいえ、確かに新しい仲間が入ってすぐに新しい場所に行くのは危険だ。この大陸に入った時もモンスターの強さに驚いた。


「七海、ここから先に行くにあたり、どの位の強さになったら、進むべきと思う?」


 俺とは違って、七海は多少調べたとのことだった。だったら、その意見は聞くべきだろう。


「何レベルになったら進むというのは分からないが、僕はすぐにグループ攻撃呪文を覚えるらしい。それを覚えてからがいいと思う。むしろ、そのぐらいしか僕には攻撃手段がないから、覚えるまでは戦力にならないと思う。僕が戦力になってから進むべきと考えるよ。それに僕は魔法使いタイプのようで、物理攻撃は苦手みたいだ」


 なるほどな。七海の現在のレベルは1。力が2。これでは普通の攻撃はダメージは期待できない。アベルの加入によって、アベルがいることを前提にした敵の強さになったことを考えると、七海が戦力にならないうちは進まない方がいいな。


 ……なんていうか、今ちょっと、楽しい。

 普通に旅の仲間と話して、これからのことを決めて、進む。

 これが冒険ってやつじゃないか? RPGの楽しさは一人でも楽しめるところだが、最近のRPGは仲間にも個性があって、いろいろな側面を見せてくれる。そういった個性豊かな仲間の存在も欠かせない要素だ。

 七海といえども、話せる仲間がいると楽しい。ちなみに、この間、アベルは一つも話さない。仕方ないとは言え、ハブっているようで少し悪い気がする。


 七海の意見に賛成し、城から少し戻って町の周辺でレベリングをする。

 その間、ある程度たまったお金で武器、防具と購入する。少しはましになった。


 七海が言っていたように意外と早く七海はグループを攻撃できる氷結魔法を覚えた。氷のつぶてを敵にぶつけることができる呪文で、1グループに対して大体30前後のダメージを与えることができる。ほぼ、上級火炎魔法と変わらない威力だ。

 MPを4消費するが、七海の最大MPはすでに40を超えていて、10発撃てる計算だ。これがあるとないとでは、今後の難易度は大きく違ってくるだろう。

 

 ちなみに七海は他にも中級回復魔法、睡眠魔法と覚えていて、補助的にもかなり役に立つはずだ。

 アベルはというと、やや能力が伸びたものの、物理攻撃は弱く、攻撃呪文も初級火炎魔法以外に覚えない。目立ったことと言えば、「白の羽」と同じ効果の移動魔法を覚えたぐらいだ。今のところ、道具の代替としては優秀で、アイテムに余裕がないので、確かに役に立つ。


 でも、いまいち中途半端感が否めない。アベルがいなかったら、封魔魔法もなく、困ることは確かなんだけど。

 と言ってもはじまらない。アベルが頼もしくなることを願って、次の町に進むことにする。

 マヤイラスの城の西に行くと、確かに川があった。

 橋は架けられておらず、流れも速い。この川を泳いで渡ることは無理だろう。それに装備もある。現在の装備は俺の場合、鋼の剣や鉄の盾といった金属の装備なので、かなり重いはずだ。

 実際、アベルには装備できない。ちなみに、アベルは城でモブ兵士が持っていた槍を持っている。この槍も銅の剣よりは強い。やっぱり、思った通り、ジーノで渡された銅の剣はモブ兵士の槍よりも弱かった。


 俺は氷の杖を取り出し、川に向かってかざした。すると、氷の杖が光り、川の一部がみるみるうちに凍った。凍った部分以外は流れているようにも見えるのに、本当にその一部だけが凍ってしまうのだ。

 おそらく、ゲームの場合は今から進む1マス分だけが凍っていることになっているのだろう。


「はぁー。ゲームではありがちなことかもしれないが、あらためて目の前で見るとすごいな」

 思わず感心してしまう。


「実に興味深い現象だね。川の流れは氷でせき止められているにもかかわらず、なぜか川の流れはそのままのように見える」

 七海が外れた感想を述べる。


「おそらく、これからはそんなことばかりだろうよ。よし、先に進むぞ」

「確かにその通りだ」

 七海が笑う。

 3人そろって、まさに冒険はこれからと言ったところだろう。仲間が増えると戦略の幅も広がる。もしかしたら、このゲームの最初の理不尽さは一人がどれだけ辛いかを体験させるものだったのかもしれないな。


 川を渡り、いざ、新天地へ。

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