第8話 俺の苦労を返して欲しい

 期待に胸を膨らませ、牢屋に入る。

 やや暗く、王女の顔は見えない。


 「遅かったね」


 そう振り向き、王女は徐々に近づく。白いローブを着ているが、体型はスラッとしていて、高貴そうな雰囲気が感じられた。

 期待が否が応でも高まる。


 そして、王女の顔があらわになる。

 きれいな黒髪のショートヘア。白い肌。筋の通った鼻。何より魅力的なキリっとしつつも、愛らしい瞳。少し長めのまつげが、さらに瞳を飾っている。それでいて、全体のバランスが崩れることもない。

 町に出れば、大半の人が振り向くであろう容姿だ。


 ……俺はがっくりと肩を落とし、膝をついた。ああ、確かに美少女だよ。俺だって認める。美しいと言っていいよ。でも、顔で判断してはいけない。

 俺は、そう学んでいるんだ。


 このゲームを始めて以来、最大級の理不尽が俺を襲っていた。

 

 「何をしているんだい? ここに来たということは僕を助けに来たのだろう? あいつを論破するのにも飽きたところだ。一緒にこのゲームを楽しもうじゃないか」


 そいつはスタスタと歩いて俺のところまで来た。


七海ななみ。お前か。お前かよ。お前が王女かよ。どうして、お前がここにいるんだ」


 王女の名前を聞いた時に、嫌な予感はしたんだ。美しいと評判の王女に会うことを楽しみにここまでの理不尽に耐えてきたのに、あえて、さらなる理不尽を用意されているとは、恨むなら目の前の女しかいない。


「うん。確かにこのゲームに限らず、RPGは本来、一人用だ。だが、ちょっといじらせてもらって、僕も参加できるように変えていたのだ。このゲームに僕がいると、二人プレイになってしまって、ゲームの完全再現とは違うのではないかとの懸念だろうけど、それは心配無用だ」

 

 やはり、質問と答えがかみ合っていない。俺はお前が参加した理由とわざわざ王女を選択した理由を聞きたいのだ。


「いずれにせよ、僕は仲間になるよ。ゲームシステム的にも仲間になるし、さっきも

言ったようにあいつの話には飽き飽きしてたんだ。ゲームシステム上のフラグの管理がどうなっているか分からないから、このまま城に戻れば、また、同じ司祭にさらわれないとも限らないからね」


『ナナミが仲間になった。』

 普通ならここで仲間になった時のファンファーレがなるところだが、全然嬉しくない……


「ところで、わずかだが、このゲームについて調べてきた。君が選ぶだけあって、なかなか歯ごたえのあるゲームのようだね」


 歯ごたえがあるどころか、理不尽が詰まってるよ。その中で美しいと評判の王女と会うっていうのが、希望の光だったわけだが、その光も打ち砕かれた。

 もう、今からは少しでも早くクリアするに方向転換する。


 ちなみに、俺は最初以外七海相手に全く話していない。気持ちを落ち着かせるのに精一杯で、答える余裕がなかったからだ。


「そうと決まれば、さっそく、僕の城マヤイラスに戻ろう」


 七海が俺の手を引く。その時点で、やっと俺は正気を取り戻し、もう一度、同じ質問をする。


「俺が聞いているのは、システムのことじゃない。どうして、王女がお前なのかということだ。俺だって、少しは王女ってやつに夢を持っていたんだぞ」


 七海は不思議そうな顔を浮かべて、小首をかしげ、少し考え、その後、あっ、という顔をし、ニヤッとして、笑い出した。


「君にもそういった面があったのか。奏。これは新しい発見だ。そうか。そうだね。男性、特に思春期の男子というものは、お姫様というものには何故かあこがれるものみたいだからね。確かに僕では役者としても不適当だろう。僕にも多少顔の造形は整っているとの自負ぐらいはあるが、立振舞いについては、どうやってもお姫様にはなれないからね」


 七海が饒舌じょうぜつになる時は、新しい発明の説明をする時か、もしくは興味をそそられる新しい発見をした時かのどちらかだが、今回はもちろん後者で、しかも、これは新しいおもちゃを与えられた時の七海だ。


 今もすごくニヤニヤしている。くそっ。ああ、余計なことを言ってしまった。どこが正気に戻っただ。全然正気になっていなかった。


「血迷った。俺が悪かった。今のは忘れてくれ……」

 そう絞り出すのが、俺の精一杯だった。だが、一度火のついた七海は止まらない。


「君との今までの関係性からしても、僕をお姫様扱いしろというのは、無理というものだろう。それについては素直に謝ろう。ただ、言い訳をさせてもらうと、ゲーム上、このキャラ以外には僕がなりきってもかまわないというキャラがいなかったのだよ。まぁ、そこは諦めてくれ。その代わりにゲームについて、わずかながらも調べてきたと言っただろう。聞かれれば、ある程度のことは答えよう」


 いまだに七海はクックックッと笑っている。七海、その悪役的な笑い方、とても似合ってるよ。王女というよりも悪役令嬢だよ。


 王女の正体にはすごく納得いかないが、王様の依頼は果たしたんだ。マヤイラスに戻って、氷の杖をもらうとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る