第2話 マッドボマー

「ついに、できたんだ」

 下校中に八雲七海やくもななみがこんなことを言い出した。

 正直『またか』である。


 八雲七海。俺の幼なじみ。家は隣。帰宅部。自称天才科学者だが、どう考えても天才というよりも天災だし、爆発物しか作ったことがない科学者というのは科学者というよりも爆弾魔ボマーという方がふさわしい。


 ちなみに、一応、女である。黙っていれば美少女に入るのだろう。学校では基本つまらないという理由で寝ている。つまりは黙っているので、それなりに人気もある。

 しかも、属性持ち。

「きっと君にも喜んでもらえると思う。僕の研究テーマの一つ。仮想現実のかつてない精度での実現だ」


 そうボクっ娘属性だ。時たま、学校で話すときもある。そんなときでも、七海は『僕』と言う。レア度の高さも相まって、なかなか破壊力があるらしく、七海が『僕』という言葉を発する度に身もだえている男を複数みたことがある。

 これがまた、『僕』というのが似合う、まあ、よく言えばスレンダーな少年のような体型をしているのだ。……悪く言えば、単なる貧乳である。


「……それで、今度はどんな爆発をするんだ?」

「失敬な。ちょっと加熱が大きいだけで爆発なんてしたことはないよ。もちろん、今度はそうしたミスもない」 

 悪びれないやつだ。

 加熱が大きいだけで、ベタに頭がアフロになったり、パソコンが炎上したりするものか。


「お前、この間、ドローンの進化系だとか言って、俺に空を飛ばせようとしたな」


「ああ、人間を単体で運ぶことのできる航空装置があれば、様々な応用が可能だからな。残念ながら、君が装置をつけてくれないために、人間での実験はできず、ダミー人形での実験になかったが」


「お前が安全性を十分に確認したとは思えなかったからだ。結果どうなったか……忘れたわけじゃないだろう?」


「ああ、飛べたが、持続時間は想定よりも短かった。ただ、改善の余地があるということは僕にとってはこの上ない楽しみの1つが増えたということだよ」


「重要なところが抜けてる。ダミー人形がどうなったか。持続時間が短かった結果、ダミー人形は地上10メートル、大体ビルの3、4階から落下。大破した。しかも肝心のドローンは落下の衝撃で、火花が散ったかと思ったら、即爆発して、ダミー人形も炎上。人形が俺だったらと思うと冷や汗が出る」


「そうだったね。ミスしたところの検証は必要なのに、ドローンもなくなってしまい検証ができなくなって非常に残念だよ。もちろん、ダミー人形に問題があった可能性も否定できない。重心の位置、体格など、検証すべき点は多かった。確かにそれも重要な点だ。さすがは、奏。目のつけどころがしっかりしている」


「違うっ!」

論点がずれてる。俺は思いきり叫んだ。


「君のそういった忌憚なき意見が必要なんだ。とりあえず、付き合ってくれたまえ。」


 大体、この言葉で俺が七海の部屋(研究室ラボといった方がいいかもしれない。並の2LDKマンションぐらいの広さがある)に行くことが決まる。


 悪態をつきながらも、俺が七海の研究を断らないのは、半分ぐらいは興味があるというのがある。さっきみたいな失敗も多いが、成功もある。

 地中探索はすごかった。水道管や地下街といった重要な構造物を避けつつ、地中を探索する機械の開発で、七海が言うには、これを発達させることで新たな鉱脈の探索も可能なのだとか。それで、その時は最終的にはアクアマリンをサンプルとして採掘してきた。


 もちろん、そいつは二度目の探索の結果、断層のズレに突っ込んでいった挙げ句、震度3の地震を引き起こし、奈落に落ちていったが。

 

 まぁ、残り半分は断ったら黙って実験台にされる可能性が0ではないという恐怖感や俺が断って他のやつが協力してもなぁ……というような妙な義務感だったりする。


「よく来てくれた」

 七海が部屋の隅の方で作業をしながら答えた。先ほどの会話から30分後。俺は七海の部屋を訪れた。


「入るぞ」

 間仕切りが全くなく、下足のためのマット以外は平坦になっている大きな部屋には配線が張り巡らされていて、中央には実に簡素なパイプテーブルと椅子。これはいつもと同じだ。


 いつもと違うのはテーブルの上に、見慣れない差し込み口のある機械、さらに、おそらくはその差し込み口に入れるのであろうカセットが数本あった。


「これは? ……一番古い家庭用ゲーム機として発売されたホムコン?」

「そう、今回のキーとなるホムコンだ」

 ホムコンとは、正式名称をホームコンピューターといい、最近ではWuuEなどを発売している関天院が出した家庭用ゲーム専門の初代機だ。

 初代だけあって、今も続くシリーズものRPGの初代がこのホムコンで出されている。

 

「完成したのはホムコンの完全な仮想現実。このインターフェース・ヘッドセットをつけて、好きなソフトをセットすれば、主人公となってその世界を冒険できるというわけだ。」

 七海はそう言いながら部屋の隅からテーブルのところに来た。で、頭には得意気に猫耳を装着し、その耳が微妙にピコピコ動いている。

 ……不覚にも、ぐっと来てしまった。俺はケモナーでもなんでもないが、ギャップ萌えというやつだろうか。くそっ、可愛い。七海ごときにえもいわれぬ感情をもってしまうとは。


「その頭のやつが装置か?」

 感情を隠しながら聞く。

「その通り。それが今回の発明だ。このインターフェースによって脳に情報を送りこみ、あたかも自分が体験しているような感覚を得ることができる。誤解をおそれずに簡略化して言えば、リアルな夢を見ることができるのだ」

「そりゃ、すごい装置だな。でも、どうして、ホムコンなんだ? 最新のゲーム機でよかったんじゃないか?」

「いい質問だ。奏。容量の問題で、今はホムコンの容量しかできなかったのだよ。これがうまくいけば、次は次世代のスーパーホムコン……というようにグレードを上げていくつもりだよ。早速、ソフトを選んでくれないか。」


 なるほど、面白そうだ。しかし、頭につけるものだからな。

「安全なのか?」

 これは聞いておかないといけない。

「もちろん、今までテニスやサッカーといった単純なものをしてみたが、なかなかのものだった。そのゲームのプログラムのいきをでないため、サッカーなんかは僕が走り出したらその方向に全員が走り出す、キーパーも含めて6人しかいないというトンデモ設定ではあるが、特に問題はなかった。最初のタイトル画面に戻る瞬間に目が覚めた。一応、設定的には最初のタイトル画面に戻った時、ループした時、ゲームをクリアした時、目が覚めるようになっている。」


 なるほど、分かりやすい。

 ループというのは古いアクションゲームにあることらしいが、最終ステージをクリアしても終わりではなく、最初のステージに戻るというもので、そうした最初のステージに戻る時に目が覚めるということだな。


「さぁ、選んでくれ。君の好きなRPGも用意した。どれでも、好きなゲームを選んでくれ」


 そうしてソフトを選んだ俺は、七海に言われるがままにヘッドセットをつけて、椅子に座る。


 七海の肩が微妙に小刻みに震えていたのは気のせいだろうか。


「よし、いくよ」


 七海がそういった瞬間、世界が暗転し、モノローグが流れた。


『その日、一人の傷ついた兵士が王の元にたどついた』


 俺は2つ並んだ玉座の1つに座っていた。横には豪華な服を来て、頭には王冠。どこからどうみても王様といった風情の人物が座っていた。

 俺が選んだのが、親父推奨鬼畜ゲー。


 ドラゴンファンタジー2であった。


 言わずと知れた、国民的RPG第2作。RPGの王道中の王道。

 基本的にはストーリーに従って、進んでいき、レベルを上げて、ラスボスを倒す。ザ・RPGである。

 親父の言う鬼畜ゲーがどんなもんか試してやるよ。どうせ大したことないんだろ。


 ……そう思った俺をぶん殴りたい。

 鬼畜ゲーなんて生ぬるいもんじゃない。

 前に話したように、俺は理不尽にうちひしがれることになったのだった。


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