一方通行

楠樹 暖

一方通行

「今度のお盆には帰ってくるよな。お前に見せたいものがあるからちゃんと帰ってくるんだぞ」

 一方的に用件を伝えられ、返事をする間もなく電話を切られた。

 親父はいつもそうである。

 実家にはこの十年帰っていない。

 人がせっかく決めた就職先をアレが悪い、コレが悪いと決めてかかり、挙句の果てに内定を辞退してこいとまで言われて腹が立って家を出て行ったからだ。

 お袋の顔も見たいし、話したいこともある。久しぶりに帰ってみるのもいいかとお盆休みに実家へ帰ることにした。

 中古で買った車にはナビが付いているが実家の場所を入力するまでもない。長く過ごした家なので目を瞑っていても帰れるはずだ。

 高速を走り、実家の近くのインターで降りる。やたらと看板が増えている。大きなスーパー銭湯も出来ている。

 インターからしばらくはスーパー銭湯の案内と同じ方向へ進んだ。途中から案内とは逆の道が細い方へと進む。この道沿いに行けば後は一か所曲がるだけで実家に着ける。

 山間の道をずんずんと進み、最後の交差点を曲がった瞬間――

「そこの車止まりなさい」

 拡声器の声で呼び止められた。パトカーである。

「そこの道は一方通行だよ」

 警官が指さす先には見覚えのない標識がある。生い茂る木の葉で見えにくくなっているのだ。

「あー、ちょっと分かりにくくなっているね。まあいいや、今回は大目に見るけど次からは気をつけてね」

 確かに道の角には進入禁止の標識がある。

 しばらく帰っていない間にこの道が一方通行になってしまったようだ。

 この先に他の道があるはず。ただし、その道はかなり細く、車で通ることは無理なはずだ。他に道があったっけ?

 車のナビを見ても実家の集落へ行く道はこの二本しか存在しない。

 一体どういうことだ?

 携帯電話から実家へ電話をかけても誰も出ない。どこかへ出かけているのだろうか?

 時間をおいてかけ直そうと思うが、どこかで時間が潰せるところがあったっけ? この辺には喫茶店もないし。

 そういえば、来る途中にスーパー銭湯の案内があったな。スーパー銭湯なら車も置いておけるだろうし、売店もあるだろう。

 分かれ道まで戻り、反対方向のスーパー銭湯の方へ行く。

 途中の道には見覚えがない。

 車のナビを見ても道なき道を進んでいる。

 一体どこへ出るのだろうか。

 道が開けると大きな施設が目に飛び込んで来た。目的のスーパー銭湯だ。

 まだ出来たばかりのようで、建物も新しい。

 駐車場へ車を停め、念のため実家へ電話をかけた。まだ誰も出ない。

 とりあえず、施設の中に入ってコーヒーでも飲むか。

 中へ入ると、ビールを飲んでくつろいでいる親父の姿。

「おー、遅かったな」

「あれ、なんで親父がここにいるの?」

「なんだ家の書き置きを見たんじゃないのか」

「家に行こうとしたら一方通行で通れなかったんだよ」

「あー、そういえばそうだったな。今は新しい道があるからな。新しい道で来たんだろ?」

「えっ?」

「家のそばまで新しい道が出来たし、スーパー銭湯もできたしな。どうだ? いいだろ? 見せたかったのはコレ」

 外へ出て、周りを見ると道は新しいが、確かに実家のある集落だ。すぐそこに実家も見える。

 親父のところへ行くと、大きな写真を用意していた。

「もうひとつの見せたいものはコレ。お前もそろそろいい歳だし、結婚したほうがいいと思ってな。見合いの相手を用意しておいたぞ」

 また人の話を聞かずに勝手に話を進めている。

「俺には付き合っている人がいるんだよ。結婚したいと考えている」

 ――実家からの帰り道は通いなれた古い道を使うことにした。道の入り口には一方通行の標識が見える。

 道すがらプロポーズの言葉を考えていた。

 もう後戻りはできない。

 今度実家に帰るときは二人で新しい道を行こう。

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一方通行 楠樹 暖 @kusunokidan

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