冬の別離れ
二月下旬ともなれば、
珍しく、GEORGE HAMPTONの若大将、正樹君から、数日前に直電が入り、平日の夕方の今日、私は仕事帰りの依津子さんと相前後して、店を訪れていた。由比ガ浜の絵里子さんも、来るとの事だった。その時の、受話器の向こうの彼の、いつにない、らしくない、どこかこう、口の中で堅焼きせんべいを持てあますような、そのまんまの顔が、あった。やはり依津子さんも、こうして今、自分の目でそれを確かめた次第の、何げない
「絵里子姫は、相変わらず御用繁多のようだな」
私達のテーブルに仲間入りして席を埋めるマスターが、窓の外を見やりながら、ディナータイムにもせよの、たまさかの閑に、合いの手を入れた。
「フフフッ……」
そばのバーチェアに腰を委ねる正樹君が牽引する、一同の小笑いは、干渉とは、違う。
「やっぱり、小田原の事が心配みたい」
依津子さんの言葉にも、友へのそれが窺える。
「何か、言ってた?」
父親が、父親のひとり言を、誰へとはなしに
「ぅ、うん。少し」
「ふうぅん」
マスターと娘のやり取りは分け入らない。そして、親の慈愛の
「陽彦君」
「はい」
「何か、言いたそうだな……」
「はああ」
「俺も、そんなふうに見えるよ。今日は、特に」
「正樹君こそ、今日は何かあるんじゃない? 直電くれたりして」
「ああ、まあ……」
「ハハハ」
マスターと依津子さんの、抜けるような笑いが、空気を逸らした。久々の全員集合は、遠慮がちな大人の、優しい物見のひと幕に、あった。他者の本気を
やはり……本気を学んでから、
ある
何の為に、愛はある? 涙は、ある?
分かち合ううちに、分かち合える本物は、育つ。
誤解して、分かち合わぬうちに、分かち合えぬ本物もまた、育つのだ。
時は、いつか必ず、真実を見せる。
プライドとエゴ、対して、恥。
双極を天秤にかけ、想い知らせる。
八十年を、一回切りの、そのうちに。
報われぬ想いが、感謝を越えた時に。
人を喜ばせるより、人に背を向けさせる
自分以外の、何かの
心に決めた道ゆきに、ただ
しあわせ創りの、細部に宿るものを。
自己不全と
素直さの原点、
ありがとう。ごめんなさい。
それは、恥を知る証しである。
自らを恥じるような言動を回避する、
真の、誇りである。
それを、畜生、この野郎、が、
守るべき何かを、守れる
たとえば……小さな日
感情よりも、停滞よりも、
思考、そして、創造。
先へゆくべくを選択する、
愛という理論を超える何かが、一体、
どこにあろうか?
人ひとりの能力など、
微々たるものであればこその、
リソースに不安だらけであればこその、
創意工夫、経験、熟練。
であるなら、人には……
一難去ってまた一難、故の、
真っすぐに立ち、ゆかんとする、
心が、あるじゃないか。
時に、置き忘れたかのようであっても、
探せば……
見つかるはずじゃないのか?
壁かけ時計の針が見下ろす壁面を、
……そんな中……エントランスのドアが、
街のざわめきを乗せた光が、
「ごめんなさぁい! 遅くなりました」
しばらくぶりの絵里子さんが、屈託のない笑顔で、こちらへ。ん?……もうひとり続く、同年代の女性に、依津子さんと私は、少々驚いていると、
「こ、こんにちは……」
と、その
「お久しぶりです……」
私達は、半ば慌てて、不揃いの返礼を執る。
「やあ、来たね!」
「は、はい」
埋め合わせるようなマスターと、一瞬にして、
「みなさん……ご無沙汰しております……」
私達のテーブルの前で、肩を
「今ね、店の前でばったりお逢いしたの」
絵里子さんの説明に、かの
「まあ、どうぞ」
マスターは同席を勧め、
「失礼致します」
の、かの
「何か……榎本さん
「ぅ、うん……」
絵里子さんの言葉に、オーナーたる大のふたりの男は、柄にもなく口籠もっている。連れの女性を、
「私、ホットで」
「私も……」
絵里子さんに釣られ、桜井さんも追いつかんとする。正樹君に返事はなく、無言で奥へ入っていった。私には、正面にいる彼女のプライベートが、まるでこれから初めて対峙しようと……いうふうに見えて来るのだ。マスターの「来たね!」が、そうさせて仕方がない。それは依津子さんとて同じ感じであった。一堂に会するそれぞれの、先ゆきを案じていよう目線の移ろいを、果たして、それぞれの気格に
桜井さんの溜めているものが、表面張力の限界に達しそうで、その境界にある窓辺は、踏み
……少し経って……若大将が、コーヒーをふたつ、運んで来た。黙って、置いた。
「ありがとう」
の絵里子さんと、
「ありがとうございます……」
の、注目を一身に浴びている
その、泳ぐ想いは、周囲を
……これから、もしかしたら……極楽寺の私達ふたりと同じく、サークル以上に通じ合う話が?……。まさか? 今、何とか見て見ぬふりをするかの、つまり……やはり……私と、その
その隣りにいる
黙っているのは、やはり……桜井さんの存在? 傷口を、展げたくないから?……。誰の?……自分の?……。
私は、そう探るほどに、水を打ったように静まり返る、着いて間もないふたり……。桜井さんの、出なければいけない、出たがっている想いと、そして、絵里子さんの、出てはいけない、出たがらない想いの、背を向け合うそれぞれの、目に見えないフレームなるものを、感じざるはなかった。であるならそれは無論、集いし他へ投げる何かと、喚ばれし他の受け取る器もまた、十二分に信用たらしめる地点を、既に確認済みの方向へと、揃って……。それも悪くはないので、あったろうか。
ん?……。
考えてみれば……桜井さんと、正樹君の、この、態度……。
まるで、同病相憐れむふたりが、何かの宣告を待つかの……ジャッジメントを目前にした者の、心を研ぎ澄ましているかの……いざ、
まさか?
私は、けたたましく想い出していた。
過日、この近所でも、そして……
依津子さん、ほら、あの、僕達ふたりして、初めて平塚へツーリングに行った時、信号待ちで、ほら、君も見たでしょう?!……そうだよね!……。あの時は、人気者の彼の事だから「忙しい人だなぁ」ぐらいにしか想っていなかったけれど……こうしてふたり揃って目の前にいると……このふたりは、きっと……。今日という日は、まさか? だらけの、何という日なんだ……お世話になった、桜井
みな違う、ひとつひとつの想いに、その人がざわめき、
そんな私の心の声が届いたかのように、依津子さんにしても、想い出す時に
……自分ばかりが一番か? 優先順位は、いつも。言葉で自由を主張するなら、それより先に、信を得る行動を示して置かねばならない、当たり前の前提がある。とはいえ、無言という、ややもすると態度の嘘で、それを満たせない場合だって、ある。その時、言い訳の言葉ほど、態度なる行動を越えとするに無力なものは、ないのだ。言葉は、行動を、超えられない。真ん中を
私は、依津子さんと出逢ってから、ようやく突き動かされる、圧倒的なものの存在意識に、敗れざるを得ないままでいる。最近になって想い知った昔の、その同量、それは言うまでもなく、過不足であった。であるなら、生まれ変わったように埋め戻している、この心持ちは、待ち望んでいた、自ら買って出た嬉しい敗北感に支配されていた。適材適所なるものの立候補に、初めてこの手を挙げた、感動という、愛と、感謝だった。正に、敗者復活戦で、あった。若き日の土台作り、先の為の、投機なる意味合いの籠もった、有形無形のものは、時の流れと共に、
それは、
悲しみに敗れ去る前に。
寂しさに敗れそうな、その
海が微笑むうちに。
あの日の海を、忘れてしまわぬように。
本気は、隠せない。目に映るものが、何の為のそれであるか? そこから考えれば、無言など、虚しい。誰にでも、見える。世に言う「顔に書いてある」の意味が、わかる。併せて、失われつつある、ナチュラリズム、そして、自由であれ、という事の説得力を、今更のように、知る。現実という存在は悉くを語るに、それだけで充分である。そんな空間識に包まれていた、久しぶりに全員揃ったサークルであった。それぞれが、それぞれを、わかって、いる。ただ、言わずにいるだけに、過ぎない。当たり前の優しさに、過ぎない。言う必要は、なかった。
学生の頃、あまりよくわからなかった事が、今、涙が出るほど、わかるような時間である。目的の、想いの違いという基本的な当然が、安易な非難の対象になり得るオートマチックに、我慢がならない。歯止めをかけるか? 相手にせぬか? どちらかで、ある。甘え甘やかす事では、ない。そのようなもの、優しさでは、ない。
私もかつてそうであった、隠さなければいけないのに、他を否定するばかりの……。創り方を知らなかった、守り方も知らなかった、壊し方だけを、知っていた……かの
但し、もちろんマスターひとり、そんな事は、
自分の中の、自分の為だけの最上級という、罠に
無言でいるのも、程がある。論点のすり替えと……言われちゃうよ……と。
わかっているくせに……
ネジは、
そして、私は、それが緩んだまま、一旦、諦めてしまった経験を持つ。全てが、いつの間に。……故に、で、あろうか?……
込み上げるものを認めざるを得ぬ、急遽一瞬を押し
「……人って、身勝手だ……」
「……」
衆目の一致する所の、言葉の無回答。しかし、私は、
「かつて、お世話になっていた、支えて貰っていた自分さえ、忘れてしまうんだから」
「ぅ、うん」
みんなの意見。続けたい私であった。
「そうしてくれていた大きな存在に対し、それは違うと想う。言葉は悪いけど、
「……」
当て
「その存在だって、頑張っていない訳なんか、ない。たとえ今、本気じゃないにせよ、それを、ああだの、こうだの、言ってしまえば……自分が虚しいものになってしまう。自分が
私は、長く息を
「上げ潮の時ほど……その汗の結晶を、大切に
「その為の
依津子という名の娘の、優しい条件反射。
「そうそう。自分のページをめくるようにね……。過去に、
この、父の
「あの……」
「ん?」
正樹君の始まりに、一同の期待し得るありっ丈が、方々から、それでも小さく射込まれた。やっとの想いが
創造性によらぬ、気づかいが過ぎる、悲しみに敗れそうなサインを置き去りにしようほどに、忘れようとするほどに、汗を、誰のものでも汗なるものを、見限り誤解してしまう。たとえ、自分自身の汗であろうと、まるで。普通という概念、むしろ不足していたという概念まで、その人の資質的なストレス反応は、人を拡大解釈したがるのだし。普通であると想っていたものが、その人にとっては過剰であったり、逆に過少であったり、真実は仮面を被る。
……私は、見る角度によっては、そんなふうにも見えていた。それぞれが
経験なるものは、誰にも嘘を
私は、ただ、失くしてしまった心が、あるいは、まだ見定めていない心が、こだわりを持たぬ事こそにこだわるかの姿勢を、他に押しつけるような、それを言ってはならない、本来、言えないはずの不自然さに、穏やかではいられないのだ。自他共に、
そして、その加害者から被害者へ、
……人だもの、愛してくれた人、お世話になった人へ、何ひとつ恩返しをしていない涙は、罪になる。隠れたい気持ちも、わかるのだが。なぜなら……あの岬も、あの海も……私にとり……それを埋める為に、つまり、隠す為に……あったのだ。そして、このままではいけない事が、今、私……だけではなく……。ずっとそうであった、本気になりたかったもので創れる事が、「自分が一番ではない」という、一番に来る。でなければ、あまりにも多くが、嘘に、なる。
いつの時代も、広範多岐に
みんな、強くそう想っているに違いなかった。私は、そう、想う。依津子さん、君も……。
争いの火種も、嘘も要らない、愛して欲しい。ただそれだけであるものまで、風に弱かった、弱いものだった。
人はいつか、生きてゆく事を終える。創りかけのそれなら、愛の現実に怯える。創り上げて来ても、消えゆく
無論、頭の中で考える理想は、そこから、心という名の下の、つまり、愛ある故の、嫉視の
人を恨むものではない。
……人を馬鹿にするセリフのない、寡黙なピエロ……ヒューマニズムまでをも引き出し、彼の笑い顔の端っこにぶら下がる、小さな涙が。全力疾走が短か過ぎたなら、核はあるにはあるものの、心
誰のものでも、悲しみや寂しさを想いやる前に、第三者のしあわせへ嫉妬を向けてしまえば、
教えられるを、教わる事を、学びを、学ぶ事を拒まず、そうさせて頂く、時に教えを乞う、謙虚たり得る姿勢が、永く語れる想い出の、寡量にあらぬ、誇りを支える。虚勢とは、害にこそなれ、益にはならない。余計なものも、考えなければならない事が多いのは、とかく、若さに限り許されがちである。『人は、ただ目的もなく歩いてゆけるほど、強くはない』。
失いし理由は、生まれ変わる為。
明日にこそ、輝くべく。
再び巡る、日
いざ、君。
「俺さ、実は……」
若大将は、自身の表面抗張力の限界を知り、
「ギタリストとしての武者修行をする為に……カリフォルニアへ渡る事を……決めたんだ」
「ええぇっ?!……」
私も依津子さんも絵里子さんも、絶句した。もちろん彼とて矢継ぎ
それはマスター以外、当然を
情熱波になり切れず焦がれるギター弾きの、遠く旅立たん宣言の一投に併せるかの、若い者どもの咄嗟の昂揚は隠せなかった。士気は極まるばかり、正に私達の賞嘆は、同時に賛辞さえ奪われていた。それぞれに、秘せる何ものかは時となく、風を噴く。故に形なきは言葉にするのが難しくなるのだ。それとなく見回すものの、
「この桜井さんは……」
息子はその女性を前にして、煮こぼれる
「……」
「……」
「俺の、別居中の女房なんだ」
「ぇっ、あっ?! あぁぁ……そう、ぅん……」
いきなり、本当は夫婦であったふたりとはちぐはぐの、あまりの現実を突きつけられ、幼なき翼の
であればこそ、それは押しては引くストロークの真ん中にあった。高く翔んでは遠く隔たり降り立った、その距離と時間の永さの真ん中であった。
今にしてマスターの態度物腰に、みなの納得が抜きん出ている。依津子さん絵里子さんの、目の輝きに宿るものに、もう疑う余地は、ない。流れる雲は、たとえ悲しくとも、信じるに足る心の余白へと、
……
「……ごめんなさい。桜井って言う私の姓も、実は……。色々な意味で、旧姓を使うより他に……。言ってはいけない、言えない事ばかりで、許して下さい……」
「……」
真っすぐなものを、早速、引き取ってくれたのは、妻たる「
「桜井さん……、僕は、あなたの真摯なカウンセリングに、心から感謝しています。遅くなってしまいましたが、厚く御礼申し上げます。本当に、きっかけになったんですよ……。筋書きばかりを追い駆けない事が、その人らしいドラマになると……。あなたは、鎌倉を、故郷を、深く愛しているんですね……。言わせて下さい。決して……悪い事をしている訳ではない。ごく自然な事です。とても真面目な方でらっしゃるから、それを失いそうな不安もまた、当たり前のように、よくご存知でしょうけれど、ご自身を責めてしまってはいませんか? もし、そうだとしたら、自分から罪を背負う事は、止めるべきです。人へ夢を与える事が
「陽彦君……」
正樹君の……私を見る目に抵抗の痕もない、涙膜耀耀は
「ありがとう……、いつもいつも、ありがとう……。今まで言えなくて、本当に、ごめん……みんな、ごめんね……。俺達、話し合って、夫婦ふたりで……向こうへ旅立つ事になりました……」
「おめでとう! おめでとうございます!」
だから花は、また咲く。であるから再び、あちこちで花は、咲く。
「みなさん……、ありがとう……どうも、ありがとうございます……」
妻、故の、時を得た為の、打ち寄す
確実に、桜井さんにしても我らと等しく、いや、違う、それより高く踏み超え、先刻から我が身を差し出した、この場この時に在るだけで、頑張りなるものであった。様子の作り物っぽいと、想われたくはない。ひたすら、収まったかの汗を失くさないように、怖れてはいけないように、そんな自分のバックグラウンドに馴染んでいった。故郷への誇りを
……依津子さん……。
君は、何を想う? 私は、君を、見ている。見ているんだ。心の出し入れは、コンパスがなぞり描く円弧は、行ったり来たりは許されよう、忙中に閑ありの、
生きてゆく意味は、益を
依津子さんは、形ある自立音の遮断の下で、
故郷の
生まれて来た事に、生きている事に感謝をする行動こそが、
彼女の根ッ子は、「大切なものを守る」「それを宝物にする」「頑張れば何でも出来るようになる」。この三つを持つと想像させるに、私との短かいプロセスさえ、疑うまでもない。もし、それを感謝出来ないなら……、もしかして、出来ないから、考えさせる事を見せている、教えている何ものとて、見せつける無理強いの犯人に仕立て上げる、構造的問題ありと、私も、誰でもいいから言いたくなって来る。しかし、去るものは追わずと言うように、逃げるものを追ってはいけないと、私の内省遡行世界へ
……風が、吹き去っていった。なぜ、去っていったの?……私は、なぜ、風を去らせたの?……。心って……誰かの目線に飛び込んで、その誰かの目線を飛び込ませたい、風に過ぎないの?……。
『さあ! 行こう!! 出来ると考える地点から、人の全ては歩き出す。人を変える。出来ないと想っていた事が始まる。しあわせか? 不幸か? 人はシンプルな場所に群れ集いたがる。人の里の大小、街か? 都市か? 理論は、ただの寂しがり屋……だから、矛盾もまた……。時に、善意に甘え過ぎる、壊すような風さえ、許してしまいがちの自分が、虚しくなる。風はわかっているのに、尚も畳みかけたがる。そして危うきの予感はズルい。心を預かるプリンシプルの、吹き流れて膨らんだ、
私は、考える。
故郷と、この街と、家族の存在が、私を、
男にするのだ、と。
心から笑えるけれど、心から泣ける。
だから、素晴らしい。
泣いたり笑ったりは、ごく普通。
威張らない。隠す必要もない。
答えられないという、答えがないという、グレーの境涯の夜更けへとゆく時間が、始まりつつあった。わからない何ものかに畳みかけられるように、記憶は消え入るも、さりとて暖かい風が吹いている。そして突然の一風、決まり事のいっそ、そしてせめての想いを見せていた。連絡を取れなかった心が、あった。それは私の方なのだった。冬の食卓越しに微笑む祖母が……もう……あまり、喋れないのに……一生懸命に、私へ、言う……喚ぶように、言う……。ただ黙り込むより、何でもいいから微笑ませてくれる方が、どれほど救いになるだろう、と……。
『
けれど祖母は、それさえ忘れてしまっただろう。私は、忘却が憎い。記憶を消すのが怖い。であるから、想い出を擁護する立場を崩したくない。そうして祖母の生き
風は、教えてあげようと吹く。ならば、教えてくれていると……応えたい。
そんな風が、一番近くで融け、どうしようもなく融けてしまう
本気の想い。誰かを代表するものである。最後にではなく始まりから、支えが絶大である。何ものとて
もし、悲しみに敗れそうでも、わかっている自家
「正樹……」
マスターが、永い沈黙を
「お前、歌えよ、あの曲をさ……」
そう言いながらバーチェアを引き寄せ、腰を預けた。私達は蛇口を
……西
されば涙は、
想い出す事も出来ない、ずっと昔から、君を、待っていたのだ。人知れず身を焼くほどに、愛するが故に。かつて尽くし切れず、今尚、
風の子供らは、何もかも
このままでは敗れるとわかっていた、時の永さに併せる、愛という名の下のしあわせを見つけたいだろう。大切だけれども、大変なものを望んではいない。が、たとえどんなに厳しく、辛くとも、その坂道を選んだのは君である。風に
君の使った本気が間違いではないなら、いつかきっと、しあわせの方から君の笑顔を創ってくれる。君が来た道ゆく道に、いつまでもどこへでも、正直者のしあわせはついて来る。涙が見えなくなるまで、クスッと笑ってくれるまで。それ以上の何を、しあわせは求めると言うのだろう? であるから、君の笑顔は自分が創ったのではないと、充分にしあわせだと、想えるだろう。そんなに頑張ったなら、その上、何を?
そして正樹君は、爪弾く用意で待ち合わせている父の、隣りを見つけて追った。稲村ヶ崎を背負い、風の子供らの海眺めのフレームに映り込み、立位礼拝を踏みしめ噛みしめる息づかいが、若きソリストの旅立ちを、真っすぐ静かに
If I……should stay……
I would only be in your way…….
歌い出した。その
So I’ll go but I know……
I’ll think of you every step of the way…….
マスターの右指はそっと、順に
And I will always love you.
I will always love you.
子供らが精一杯、背のびをしている学生時代、いや、もっと前に? 聞いた、名曲であった。
You my darling you hmmm……
Bittersweet memories,
That is all I’m taking with me.
So goodbye, please don’t cry.
We both know
I’m not what you, you need.
みな吸気が少し大きい。
And I will always love you.
I will always love you.
間奏は
I hope life treats you kind.
And I hope you have all you dreamed of
And I wish you joy and happiness.
But above all this, I wish you love.
順風満帆、胸を張る。海の背を登れば望むらくは
And I will always love you.
I will always love you.
I will always love you.
I will always love you.
I will always love you.
I, I will always love you…….
坂をなだらかに下れば、新しい待ち
You, darling I love you.
Ooh I’ll always, I’ll always love you……
小さなサークルの大きな拍手が見送る。風の歌への臨場は、
〝風〟と〝出逢い〟は、
見たくなかったものは、見なければならないものだった。人を傷つけるという行為が、自分に
光は夕暮れ前へ急ぎ、されど
何かを果たすべき目的を持ち、生まれて来る。生きてゆく。そこに光しかなく、雨さえ風を照らせば、
悲しみに敗れそうなサインを去らせた、やって来るであろう、期待からも引き剥がした、自分に負ければ、
気づきたい……。誰かの善意を待つだけで、真実がやって来るなら。そういう頑張りは、時に遊びも必要だが、そうする前に外せない事の、遊び半分では及ばない何かを、もっと早く、気づきたい。欲張る中途半端ではなく、
『自由と平和を守る為、愛を駆使してネガティヴと闘え! 隣人の、声にならない声を正直に聞くんだ。君が来た道の続きを、今そこにいる場所を、そして未来を描こう……。本気は、君の中にある。誰かを抑える為ではなく、自分に勝つ為に闘え! 自分を恨み切れない。自分の目を信じていたんだろう? 溢れるそれを、わかっていたんだろう?……』
……人はみな、風になりたい……風になれば……ゆきこそすれ……戻れなくは、ない。
旅立たん
そして私は、鎌倉へ転居する折、市川の家族に置いて来た自分の言葉に、音もなくざぶざぶと洗濯されていた。
『帰って来るよ……』
それは、向こうで落ち着いたら、という意味だった。若いうちに、どこまで自分を裏返れぬか?……。今だから教える涙で、あったろうか。
許しの足りない心にこそ、許しを。
特別ではない、自分自身へも。
今は亡きホイットニーが微笑む、風のように。
それから、そう日も経っていない、とある休日である。
私は普段通り、日当たりの良さと眺望が約束された、特等席たる自宅の窓辺のソファーにて、その恩恵に浴していた。無為徒食の
その時、突如、
「ピ……、ンポーン……」
抑え難き
誰だろう?
宅配さんの到着予定もない。玄関へ急ぎ、そして、
「どちら様でしょう?」
「……斎藤です」
「えっ? あぁ……」
私の
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