冬の翼
自宅にいる。北からの乾いた寒風が、岬へ流れていた。
かの姿は、窓辺の頭上を煽り、山の冬木のたじめく群像を尻目に、
それはともかく、私は、依津子さんの例の件について、まだ、返事をしてはいない。この上なく過分な話に、お世話になりたい心づもりではあり、自分の中では、既決事項であった。さりながら、善は急げというものの、ここでも怠け癖が顔を出したか、甘さを露呈して、年明けの応諾でよかろうと見通していた。サークルのメンバー達にも一切言わず、相談もせず、取りあえず
……私は、急坂に、最近よく見かけるようになった、黒革の上下に身を包んだ、崖下の風の化身が、
そうして思惑通り……タフな男装の麗人は現れた。黒のフルフェイスヘルメットを抱え、革製のブーツも同色、既に、一色の
私は想う。
たとえひとりぼっちになっても、
これなら人生を創ってゆけると、
見極めた時……
本当の旅が始まるのだと。
本物の自分に出逢えた、
晴朗な男の顔になるのだと。
目を閉じれば……
曖昧な旅立ちは、
極楽寺坂
寒雲砕け落ちる、
今日もライダーたる彼女を、見下ろしている私。すると、黒光りする四肢五体は、裏手に線路を控える、一軒の民家のガレージへ入っていった。ここが、買ったばかりの、新車400cc のバイク置き場であった。この急坂での入出庫は、車ならいざ知らず、男でも無理である。この傾斜に二輪車を停止させるのは、危険だ。私は当初から心配していたのだが、ライセンス取得の一報を受けた時、すぐ近所の同級生の家の車庫を、御厚意で間借り出来た事と併せて、ふたりして喜んでいた。依津子さんの計画は、周到な準備の上に、ひとつずつ目に見える形を成してゆく。目的意識の強さが、まだまだ途中経過ではあるものの、誰しもがうなずける成果を遺すのだ。
きっと、私達ふたりは、自分を見つめ直せるはずだ……そこに、新しい自分がいるはずだ……出逢える……繋げる……確かに、そこに、ある。
私の家の窓硝子や、谷合いごとノックするような、エンジン音が立ち上がり、街の気を
そして、よくは見えない車体の陰で支える右脚が……蹴って離れたと
ドドド……
や否や、向こうへ横倒れるに任せ、右の急旋回……半クラッチの開放、スロットルを繋いで瞬発、
ドドドドドド……
けたたましく立ち上がる鼓動が、
生まれたての生命体は、一定の韻律とシンプルな音階を昂揚させ、融合符を
趣きある住宅の、密集エネルギーを引き込んで置いて、自らの背中は寄せつけない力強さが、流速に乗っていた。併せる私の視野は、
疾走する依津子さんの、前のめる姿勢に、どうしたって、自分を重ねたくならざるを得ない、私であった。今日は、特に。冬の
それが、自分全部を賭けられるものではないなら、真に、そうではないと、わかっているのだから、本気が逃れてゆくのだろう。本気になれない頑張りを、天網
他を尊重する事……そこに、喜びがあるなら、笑顔があるなら……それは本気という事……本当の自分に、真っすぐであるという事……優しさという……心である。
几帳面な依津子さんは、私の予想に
……是非一緒に、行きたい場所がある。つき合って欲しい……との電話を受けていた私であった。何でも、平塚、大磯方面で、とにかく大切なものを見つけたと言う。ひとりでは心
『何も言わずに、一緒に来て……』
私の逞しい妄想は、勇ましい
年甲斐もなく浮つく私も、履き馴れた黒革のドライビングシューズで、家を出た。かなり頭を使うか、体を使うか、どちらかでなければ、しあわせにはなれない。
先んじる依津子さんの後を追い、ルーティーンの風景は冬の底を
冷気は私の顔中に針仕事をするも、ひとつ踏切を渡り、
……やらずの後悔と……やって失敗した後悔……。後者のそれに、真摯な想いを賭けて来たなら、いつの日か、必ず、笑顔が救うだろう。やらずの
道ゆけば、体に当たる寒さの
ゆっくり進んだ。地面が跳ね返すようだ。と、喃々と……黒尽くめの物柔らかな弾丸が、ヘルメットを脱いだ露わな朗笑で、私の瞳を見つけて飛び込んで来た。一気に
「お待ちしてました!」
「やあ、ごめんごめん。いやあ……カッコいいなあ!……頑張ったんだねぇ……おめでとう! 今日は誘ってくれてありがとう!」
「いえいえ、こちらこそありがとう。私……やりました!」
「うんうん、やったね! 立派! 言う事なし!」
「えぇ?……それほどでも……」
「本当本当。凄いよ君は」
「フフ、照れちゃう」
「ハハハ」
彼女の視線が、真っすぐな細い針故に、私の体内奥深く突っ込んで来るような心地に、目覚めていった。忽ち塞がってしまう、その近道に、一瞬で薄ら風は雪崩れ、見逃さない。崖上の人影は、移ろうのであった。
見つけた大切なものって、何だろう?……。私は、この手をのばせば、すぐにでも届く彼女を、見つけたと想いき、まだ、見つけられずにいた。彼女だって、まだ、この手にした訳ではないだろう。その存在を見つけたというだけで、
「さぁて、行こうか! ねえ、
「うん」
「そんなにスピード出さないから、ついて来てね!」
「オゥ!」
弾丸はヘルメットを装着、
愛する事が
過去を、冷たく悲しい火で燃やしては、いけないのだ。自らの真実に、目を
「ハハハ、僕達、弾丸だな!」
「フフッ、ハハハハ、そうだね!」
私は、賭けられる人を、間違いなく選択している。すぐにでも訪れる、先々という現実を、創らせたがるに充分な、合理、そして決断を、自らにフィットさせようとしている。トータルのしあわせなる、最終的なゴールを、強く意識していた。自由の空気が、動いている。移ろい、私達ふたりを
私が車へ戻ると、彼女はセンタースタンドを外し、颯爽と翻す右脚も高々と、
キュルル……ド、ド、ド、ド……ドドドドドドオオォォンン!……点火を忽ちスロットルは反応して、依津子さんのマシーンは駅前に
続いてアクセルを踏む私に、失われし砂の如き、火成岩塊を砕いた
大きな翼になれ……
依津子さんの背中越しに、海は、歌う。
その、温かな雫が、ふと、私の目に、灯った。
彼女の体が揺れているのは、同じ歌を、聞いているのだろう。
海が微笑むうちに、今日のこの海を、忘れてしまわぬうちに、
そう、想った。
合理を揺らし、決断を促した彼女がいる。
そこに集中を捧げる私がいる。
そうさせてくれた光が、風のように流れゆくなら、導くなら、
私だけの海は
時に、凪ぐ。
貝になると決めた、マジョリティーという現実の海へ、想いを馳せる。
拒絶の毒を吐かない、優しい貝は守られていた。
私は、いつもそう願っている。
夢見ている……。
そして、信号が青に変わりつつあった。
目を
まだ、翼とは呼べない、小さな羽根を畳んで、待っていた。
もうじき、
走ってゆけるだろう。
私達の海は、彼女の風が吹けば、いつか、いつかきっと……。
……1……2……3……青を告げた。無言のカウントは……
ド、ド、ドドドドドド!……
と、二輪車の衝動を
駆けゆく
フロントガラスの中から見切れない、先導の疾走を、彼女が自らのバックミラーで確かめる、その眼差しは、私からは、見えない。ただ、車間距離の均衡が、ふたりだけのサイン交換も密となるほどに、道は煮こぼれ、辺りを
打つ波は
坂ノ下の丁字交差点の青を過ぎ、次の星の井通りとの合流信号も青のまま、東行きの車両の通行を許している。されど、この V字路は左折出来ず、極楽寺坂
街の中心部へと進む彼女は、前傾を深めるように、鎌倉の
『私、風になるんだ……』
予言は、本物になった。その頑張りを、私は、察するにあまりあるのだ。そして、由比ガ浜四丁目信号が……赤に、変わりつつあった。
……先行車両の減速に合わせ、私達
『私、知ってるよ……わかっている……』
冬の
……正直さに価値を持たせる、彼女なる風が……1……2……3……青の点灯と共に……前を
依津子さんは、許してくれたんだ……。
目的地に辿り着く前に、自分にかけた縄手を、出来るだけ緩めたかった。自分で、そうするべきである。さっぱりとした顔を、まだ見ぬ
駆ける。
駆ける。
追う。
追う。
逃されつ
先ゆく風にシェープされて、シンプルという強さを意識し始めたのだろうか。かくありたい自分が見えている。そうなりたいと願うなら、そうなればいい。たとえば……そうして欲しいと、他に投げかける前に、ましてや他の
そしてその、わかっているサイン、行動すべしのサインが、ある。言わずと知れた、
このままでは……。
それを、見逃してはいけないのだ。……依津子さんが速度を落としている。前も詰まりつつある。と、彼女は左のウインカーを焚いた。ブレーキランプも灯り、
若宮大路、県道二十一号を北上する私達ふたりであった。車の流れが上下共に、やや混み合って来た。メインストリートを、早くも海岸橋まで至り、一の鳥居が見える。鎌倉警察署も見える。偲ぶようにそばを抜けて、歩道橋も
スクランブルの横断歩道が、待った! の手を挙げる最前列で、
「ねえねえ!」
依津子さんが突然……交差点を越えてすぐの、反対側の角に建つビルの方を指差した。
「あっ、正樹君……」
「あの女性……アァ、顔見えないなぁ……」
私は
「奥様かなぁ……私、お逢いした事ないの。お顔もわからない。あの方も、初めて? 見る……」
「写真とかも?」
「うん、ない」
「ふうん……」
一階の、とあるカフェから出て来たふたり連れは、知り合いが見れば、やはり、夫婦と言う他にないだろう。色こそ違えど、共にキャップを被り、女性は
信号が変わり、中心街を意識した、柔らかな左折を供して立ち上がった、バイクの後を、私もなぞった。由比ヶ浜大通り、県道三百十一号、緩やかな、左から右のカーブを描いて、
この街の歴史、ともすれば、永き無念を乗り越え、熟知するもの共の寂しさを
私にとり、行動の概念は、受信するもの、されるもの、眺めるもの……ひとり部屋に籠もるを、善しとして偏り、それをわかっているサイン……このままでは……さえ、軽んじていたのだ。サインを……挫折と勘違いした。そうではなかった。怠惰に過ぎなかったのだ。募る寂しさ、報われぬ頑張り、そんな不成功体験は、為せども成らぬ感覚を、私の心底に象嵌して、悔しさをバネにした頑張りの針を、マイナス方向へ傾けてしまったのだった。
為せは成る成功体験は、そこに行動を発信するもの、与えるもの……。そして、一も二もなく動くもの。よって、針はポジティヴへとふれよう。言われなければいい……されなければいい……受け身の自分を、眺めなければいい……
ベテランらしく、築き紡いで来た心で、彼女を、説得出来そうな気がしている。たとえ……この恋が叶わなかったとしても、
彼女にしても、誰にしても、幻の合格点なる模擬体験を、本物にしたいのだ。
引き算こそが、大切なものを守る。暮らしを守ると、言わんばかりに……そして、自分ではなく、他を愛する事が、
……私は、マスターと正樹君の店の壁にかかる、由比ヶ浜から稲村ヶ崎を望む、大判の写真が浮かんで来た。油彩の、個性的な筆づかいを操る、冬の翼たる画家が、現実という一景を、正に、熱情を以て塗り替えようとしていた。そして……故郷の、父、母、家族の笑顔……みんなで可愛がった、ペット達との楽しい日々……を想い出せば、
自らの不足を知る目。更に求める目。内なるものを、外への優越に向けた時……補われるその目は、往々、姿を変えもする。余計な忠告、過剰な表現、それも優しさのうちと勘違いして、ややもすると隠したい、自らの真実さえ、窒息させてしまう……そうではない何かが、始まってしまう……。その時、言えない寂しさは、自身の心像界だけで生き、外へ放たれた端から、ゆき場に迷い、見えていない。
冬の日
それだけで、いいんだ……
私達は、長谷観音前の交差点に至りつつあった。赤信号を真っすぐ抜ける、細い参道の賑わいが、
彼女の矢印は左折を示して、オレンジに灯っていた。いつものように、数分で、再び流れ出した。左へ進路を取ると、踏切の左の長谷駅が、だんだん見えて来る。人波も肉厚へ隙間を詰め、ドライバーの注意を引き、何でもない通行にも、気づかいは
線路を跨ぐ振動が、運転者達の心底を叩いていようか。駅前の人
今の頑張りの陰に隠れる、過去の過ち。
これからも守り抜くと想っていた、現実なる足下に落とす、
この信号を右へ折れ、
ただ道なりに、
極楽寺坂
駆け登ろうものなら……。
まだ、
青であった。
青であって、欲しかった。
と、
依津子さんが、
右腕を……
道路と水平にのばし、
方向指示器も、それに
冬の日
暖かい光が、集まり出している。
たとえ、
遠い想い出であっても、
現在進行形の相思相愛は、黙ってはいない。
どうか、
このまま……
消えないで欲しい。
冬日影をゆく、
翼は、
いずこへ?……。
右旋回のマシーンが二台、間髪入れず、描線を畳みかける。曲流の頂点の筆圧が
ドドドドドド……
と
……坂の頂きに、赤く塗られた、桜橋の欄干が見える。名にこだわらぬ、なずさわるひと摘まみは、地元へ帰って来た。ふり返る暇もなく、橋を渡るまでもなく、道なりに左へ倒れてカーブするや否や、極楽寺駅舎の古びた小作りが、右へ追いやられた橋の傷心を、自らに引き当てたふうの、いつもが……私の中で、淡い
家へ帰るかの依津子さんは、自身が見つけた大切なものへの想いを、もう充分過ぎるぐらい、身を以て
ひとつ目の踏切が見える。……俄かに、レールの
少し
ゆくほどに、私達へ届くべく、感じるほどに、私達を叩くべく、されば心は
何の変哲もない、線路という段差を越えた。光るレールが真っすぐのびるような心が、小さな障害物なる刺激すら、わからなくさせるほど、
稲村ヶ崎駅入口、赤信号。間道の
……あと、もう少しで……
届くのに……
そうする事が、
そういう行動が、
出来るのに……。
十一人塚さえ、よく見えない。縦一列も、静かなアイドリングストップの、信号待ちに入る二台であった。相模湾を描く画才が、やはりの右折を準備する、オレンジのランプの向こうで、再び、我々の
……創造の学びと、自責の学びは、八十年という時間の喪失のうちに、何れ、出逢う。そこに、愛が見えるなら……そうする事が出来た想いは、そうする事が出来なかった想いを
今、天上に隠れていよう、宵の
私達ふたりの挑戦は、時代遅れかも知れない。でも、青春の
愛とは……届きそうで届かない、こんなにも曖昧な、あともう少しの、永遠のグレー……結論のない態度である。そうすれば、そうなるだろう……という、想像力は
「真っすぐは、見えているんだけどなぁ……」
道筋……道筋……。
それを覚える人の心が、移ろわない限り、どこまでも続く、終わりのない、現在進行形の相思相愛である。たとえ、その想いを寄せる偶像に、逢えなくなってしまっても、その対象が、消えてしまっても、愛という行動が絶えない以上、守られる。そして、もし、後悔に苦悩する日々が、訪れた時、行動は、色を成す事を知るだろう。本当の結論としての、白、黒、あるいは、グレーを……。
中間色は、初めからわかっているのに、行動しない態度の、曖昧もしくは、怠惰……。挫折ではなく、敗北なる結論でもない。諦めるには、早過ぎる。想いを繋ぐ、半信半疑の天秤に、人は壁を作って置きながら、戸惑い、怒りではない怒り、涙ではない涙の方角を望み、生きようとするのだ。喜びを求める
なぜか……永い信号だった。停止線の先頭の彼女越しに……曖昧も、不実も、同意さえ……
愛するものが、違う。
見えるものが、違う。
拾うものが、違う。
ゆくべき場所が、違う。
人を愛する。
笑顔が見える。
素敵な心を拾う。
しあわせという
身の丈と頑張りの天秤は……
釣り合う。
この、
真っすぐのびる、
海岸通りの真実……
その、
延長線上に、
大切なもの……
事実は、
ある。
……やっと青に変わり……蹴り出す黒い弾丸の一閃……
ド、ド、ドドドドドドォォ……
掘り返す地響きを巻き込むように、依津子さんは発つ。続く
西へ東へすれ違う、国道の流れは滑らかだった。海鳥達の影も濃くなってゆき、絶好の波乗りポイントも近い。信号に足止めされず、逃げられるなら逃げ、追えるなら追っていたふたりだった。こうして追えるなら、私は、掴まえるだけだった。……右側に、江ノ電の単線軌道が、合流するように現れ、さしあたり、並走区間に入った。
一直線の道だった。光も、風も、狙い澄ました
光が、
日
降ってくれるなら、
落ちてくれるなら、
君が、
微笑んでくれるなら、
私は、
君に、
いて欲しい。
逢いたい……。
前衛と、退廃……両々相
この海は……どれだけ……人知れず……涙を流して来たのだろう……。
私は、ここ鎌倉へ来て、初めて、稲村の浜辺に立った日を、また、想い出す。その帰り道、大人になった依津子さんを、初めて見た日が、忘れられない。ひとり回想する時、この海の景色は……私……だけではなく、私達、だけの……空と、海……だった。こうして、今も……。蓄えられた涙のような光が、砂に消えた無限の海の心が、流した涙の数が……海を、美しくする。応える空も、その分、美しい。海の輝きと、光る風の本気が、一途な想いが、そこに、ある。今、涙の色は、偽らざる故の、半分半分の、グレー……。
この、遠く穏やかなる海原の、永遠の上陸作戦は、海辺に暮らし、あるいは集う誰しもが、そして、営みを知る全ての人が、その場にいようと、想い出であろうと、いつ如何なる時も、
海の
依津子さんという、そよ風に、海の草原は
運転中ではあるが、私の目は、正直に、暖かなグレーを映して、滴りそうである。逢いたさは、私だけのものではなく、依津子さんと、重ならざるはない。そして、私の大切なもの……彼女の次に……いや、同じぐらい……市川に遺した、家族の顔が浮かんでいる……。
小さい頃……いつも父の膝の上にいた……。親は、大人になった我が子でも、ギュッと、抱き締めたいものだろう。この歳になると、よく、わかる……。家族の笑顔を
一段上の、先を望めるものへ賭けるべく、シフトする。過渡を選択し、そのままの、オートマチックな頑張りから、逸脱する。一度身につけたら脱げない
線路は国道から
逃げる
『何も言わずに……一緒に来て……』
赤表示が、薄っすら躍る
そうして青を告げられ、車両は吐き出されてゆく。西行きは、そのまま直進、橋を渡り、されど依津子さんは、滑り出しから、あまり速度を上げない。先行車との間隔が広がり、私はミラーを覗くと、ついて来る車もない。おそらく、先程の、
真っすぐな国道は、ひと
人を想う時、
……線路と砂浜に挟まれた区間に、再び至っていた。レールは更にぐんと近く、軌道敷と海側の国道は、境を接し、西行き車線からも、
ウウウゥゥー……
ガターン、
ガターン、
ガターン
ガターン、
ウウウゥゥー……。
この長い直線区間は、スピードを上げるので、ガターン、の次は、ゴトーン、ではない、鎌倉から江ノ島の、海のスタンダードナンバーが、浜辺の袖をちょっと引っ張るように、鳴り出した。私達の背中へ、懐かしい波がだんだん迫り、押さんばかりの絶頂を、感じずにはいられない、私。そして、彼女も、そうだろう?……。
急にスピードを上げる彼女。逃げる彼女。私は、そのまま眺めがちで、アクセルを踏み込めず、
バイクから離れれば離れるほど、愛は煮こぼれた。消えそうで、燃えていた。憎しみやジェラシーに消えそうで、寂しさに負け、再び、灯っていた。それもいい……。過去を隠す事に必死だった。いやみ、
空は雲を剥がし、光は砕かれ、星屑
私は、海のようになりたい。彼女が微笑む時、海も、微笑む。彼女を、私だけの風と共に、海に、したい。
ここは、もう
ならば……依津子さんと一緒に逃げようと、隠れようと……
光を浴び、風を受けて進む私達。わかってはいる事が出来ないなら、今更の非建設であってもいいなら……光と風の真ん中に立とう。光とは呼べない光と、風とは想えない風の真ん中に立てば、手を結ぶものが、見えて来る。それは、小さな日
……君が逃げるほどに、私が
走って走って、超えて超えてゆけば、もう影さえ
君も、時を忘れていよう。今、自分がしている事が、わかるかい?……君が、壊したのだ。君が、壊れたのだ。畳みかけたのだ。貰った事故ではない。少なくとも私にとっては、確実に、君が起こした、事件だ。
……龍の伝説薫る江ノ島を、今、虹の飛び魚は
冬の翼よ……
曖昧のグレーを、愛と言う。美しき誤解の潤色とも言う。さればこそ、かくも遥かなる同意の、受容の世界の色であった。ずっと見ている前方の彼方、青い富士山が、雪を冠して霞んで眺めている。いつもの冬を、私達も眺めている。そんな今日の旅は、まだ、西へと続く。君が逢いたいのは……何?……誰?……。
『何も言わずに、一緒に来て……』
私は、君に逢いたい。この、一枚の絵の中で。そして、家族にも、逢いたい。初めて見る、グレーだった。君だって、そうだろう?……。わかっている事が出来ず、目先の自由に溺れ、一度身につけたら外せない
私の目は、この世界がくれた、
『どうして泣いているの?……』
まだ……それは、聞かないで欲しい。嬉しくても、泣いてなんかいない。悲しくても、泣いてなんかいない。嬉しくて、泣いているんじゃない。悲しくて、泣いているんじゃない。嬉しさと悲しさが、まだ、隠し合ってしまうから……嬉しい、懐かしい涙に変わるまで、まだ……聞かないで欲しい……。本当は、風に、もう少しいて欲しい。でも、風だから、掌からすり抜けてしまう。私は、まだ、本当の君を掴んではいない……いつ……掴めるのだろう……。
世に隣り合い、忍び寄るかの、嘘と誠。
背中合わせの、白と黒。
Tylko niebo i morze……
グレーほど、深い色はない。
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