蛍のゆめ
……虚空の
いつだったろう……いつから……今宵の蛍どもは、頑張る自分を見失ってしまったのだろう。
『まあ、いい……』
『そのうち……』
今を、あっという間に流した。自分への許しは、自分で決める。自分の悉くは、自己評価の猶予期間にある。そんな青春の日々は、足早に過ぎゆく。些少の心配も、まあ、いい……それで。そのうち……一気に雪崩れ込まれた。周りを見渡せば、頑張る人ばかり。自分ひとりが居遺り、立ち止まっている。自分は、いつか来る、夢の終わりに気づかない。いや、気づかぬふりをしているうちに、
まだ、輝いてはいないんだ……
蛍の心の灯は、これから、点る。夢は、まだ、これから……。失いしこそ、得られるものがある。それだけに、それ故に尚も求めし夢は続き、終わらない。現実は途絶えても、生きていたもの、忘れかけていた何かが、今に成り代わり、今を満たさんと顔を見せている。……夢が、初主演の微動を来たし、これからの命脈を繋ごうと息吹いている。蛍合戦の、その段の宵の情話が、懐を
鎌倉の蛍。……清き水ある所、そして海からも、源氏の至治安泰を守護する水神ありて、その、
……何もない束の間だった。波の音が消えたように静まり、微弱な風は、凪解けを告げたままではある。異種数多のさざめきは遠ざかり、代わる何かの接近を嗅ぎ当て、自らの態度保留の足並みを揃えている。浅き夜空の相形は、夏の夕べの日々の主題たる光の大崩落を、陰で見届けていたかの、星影一統の
私達の
前哨戦の時。それぞれの
「……忘れさせてあげようか?」
そしてその目は、彼女だけのものじゃない。
私のものでもある。
相手の体を通り過ぎる、それぞれの強がり……ひとりよがり……愛欲という、性愛という、そのプロセスにおいて、互いのわがままが、今、それを貪ろうとしている。このままでは、どこまでも溢れてゆきそうな、強い目だった。ここに
ふと、
ウインドウは開け放たれてはいるものの、
実に久しぶりの、充実が見えている。車は駐まっているが、助走路をゆく私達は加速するばかり、蛍の舞は佳境を迎えつつあるようだ。まだ何かが足りない、何かが見えない特別な今にこだわる道ゆきであった。殊更のように現在に執着する蛍達。語りたくない過去の過ちに、全てのレゾンデートルがある。
絵里子さんと私は、求め合うしかない。ないものは、求めるしかない。何かが欲しい、見えない何かを求めていた。互いの体が、弱々しい震えを溜め、まだ不十分と
稲村や
浜の
夢に目の
私は、
私達は、生まれたてなのだ。蛍は、姿を変えたのだ。きっと何かが、わかりつつある。そして、生まれたばかりの乳呑み児が、母の乳房を探し当てるように、匂いの元へ辿り着くように、遅々と
書き換える、という、初一念あるのみ、という、風。
……でも、私は悲しかった。絵里子さんの唇を、受け取れば受け取るほど、取り込めば取り込むほど、なぜか、悲しくなってゆく、寂しくなってゆく。自分が自分ではいられなくなりそうな不安に、駆られる。だから
目の前に、あまりにでっ
……欠片とは、罪なのか?……
「悔しい……」
絵里子さんは、想わず漏らしてしまい……
そうして、
「私達、
「えっ?」
水を噛む事に疲れたように、さりとて、ふと、口にしてしまう本音を覗かせた
「いけないって、わかっているのに……」
「フフ……何事もね」
「もっと賢ければ、
「
「それが一番、損。最後にひとりになっちゃった……」
「僕もさ……」
今更止められない。漏れたままなのだ。いつも、そう……いつまでも、
……やがて、波音は高く、うねりの一章へと雪崩れた。絵里子さんと私の
沈黙に眠る具体性は、
ただ……絵里子さんもそうだと想うが、私達は、偶然の過ちを演じる事に、こだわり過ぎていたのだ。それは取りも直さず、沈黙の濫用であった。安っぽく扱ってしまった罪なのだ。そして、その
胸と胸が見つめ合うほど、
東海の
岬の磯の 白砂に
我等泣き濡れ 如何に戯らん
……一本……ひとつ……
私達ふたりは、もう、それを取り返したい想いしか、ない。
絵里子さんの羽二重肌の艶めきが、消えた蛍に生まれ変わり、命脈を繋がんと
そんな絵里子さんは、こう、どう? 切り出せばいいものか、決めあぐねるように、
「ねえ……」
「うん」
「もうじき、鎌倉花火だよね……」
「うん、そうだね」
「私の部屋で、一緒に観ない?……ふたりで……」
「う、うん」
「夕方、家に来てね」
「うん」
短気の暴飲暴食、自暴自棄の日々に
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