Mr. ACTIVE


 梅雨にほうける、ある平日の午後、私は、その初めて来た店の扉を開けた。

 夕方少し前、ここ表駅の、小町こまち通りを行く人々の顔の向きは、きびすを返すように、ほとんどが鎌倉駅に戻って来ていた。おいしい食事を、ひと通り心ゆくまで味わった満足に沸く、傘の花々とすれ違いながら、たった今、着いたばかりであった。木製の扉には……Unplugged Live & Dining Bar GEORGE HAMPTON……と、刻まれた銅板が、象嵌されていた。

「こんにちは、失礼します……」

「あっ! 吉村さん、こっちこっち」

 いきなり、依津子さんの炸裂ぶりに、迎えられた私は、や、男の顔を作ってはいた自分に、まず、安堵した。差して来た傘を、傘立てへ入れ、慌てずに、彼女の笑顔が導くテーブルの、そして対座する席へ……。

「お待たせしました。失礼……」

 と、膝を割り腰を預けながら、返した。

「すぐわかったでしょ?」

「うん。小町通りは、ちょくちょく来るけど、近くにこういう空間があったんだぁ。ライヴハウスって、初めて……」

 私の携帯にかかって来た、彼女の携帯からの情報の回答を、素直に、述べた。先日の、材木座ゆきの帰り道、自然な、番号交換があったのだ。そんなこのひとは、

「ここは正に、アコースティックな開放区! 鎌倉らしく……」

「そうだね! あのパネルとプレートなんか」

 私は、たった今、ドアを開けると同時に、脱皮したような自分を、少年の自分が、笑って眺めている目で、その壁にかかる、大型写真と、道路標識看板トラフィックサインプレートを見やった。いつになく、無理なく、私はうに融けていた。今日も誘ってくれた、依津子さんも、同じような目線で、更に何かを待っているじれったさを、さりげなくしまっていた。休憩時間中の店内に、私達ふたりだけ、がらんとしている。小町通りの路地裏が、しずかに、囁いている。

「遅いわねぇ……また、バイクをいじってるのかな?」

「で、ギタリストでしょ? 何か、好きなものに囲まれている感じで、羨ましいなぁ……少しでも、そうしたいなぁ……」

「私も! 本当に……自分に素直に、まっすぐに生きて来た人なの。色んな夢を叶えてるし、それでなぜ? カウンセリングなのかしらっていう……奥様と、別居中らしいけど……」

「ううん……失礼ながら、それだけに、足りない何ものかに、ねぇ……」

「ううん……私も、そんな気がしてる」

 ふたりして、この店のオーナー、私はまだ見ぬその彼の話題に、及ばざるはなかった。事前の彼女によると、今日は、私達ふたりだけとの事。他のメンバーは、時間の都合がつかず、自ずと、デートみたいな空気感を、その彼に、悟られまいとする気づかいが、たぶん彼女も、空振りに終わりつつあったろうか。浮かれ気分の処し方が、宙ぶらりんのまま、過ぎていった。依津子さんの眼差しが、微睡まどろみがちに、語りかけようとするしなを、私は、持てあましがちに、横顔で受け容れていた。いつも半身はんみで応答するような、私の心の端くれを、このひとは、既に知っているのだ。前に進む為の、諦めというものも、ある。

 と……扉がき、その人は、

「さぁて……あら、いらっしゃい」

「あら! お父さま、勝手におじゃましてます、こんにちは」

「こ、こんにちは……」

 私も、咄嗟に反応していた。

「ごめんね! 開けっぱなしで留守にしてて。今日はふたりだけ? まぁ、すみませんね、あいつも鉄砲玉だから……勘弁してやって下さい。製造元として、責任は感じておりますが……ハハハハ!……」

 依津子さんと私の父と、ともあれ同年代であろうか。その息子もこの親譲りの、自由の気をなびかせ、長めの白髪に手櫛てぐしを入れながら、老紳士は、好漢らしい笑いが躍った。まだまだ続く旅路に、いざ臨まん、楽しみは尽きない、いい顔をしていた。

「マスター! こちら……ニューフェイスの、吉村陽彦さん」

「あっ、初めまして、吉村と申します。どうぞよろしく、お願いします……」

「初めまして、マサキの父の、エノモトコウゾウです。耕すに、数字のさんと書いて、耕三です……ハハ!……こちらこそ、どうぞよろしく!」

「は、はい……フフ……」

「ねっ! 気楽に、やってって下さい。一応、私がマスターという事に、なってるみたいで……まぁ、今後ともご贔屓ひいきに!」

「はい! 是非」

「ハハハハ!」

 私も吊られて、少し笑ったが、よく笑う、マスターである。自然にこぼれる、人である。骨のぶっい、気持ちのいい、男であった。そして、父のようであった。実家の父を、想い出した……。酒が好きな父は、今晩も、母達の話をさかなに、一杯るだろう。あまり程を過ごさないように、遠方から体を気づかう、気の弱い息子であった。元気にしているだろうか……たまに、顔を見せなければと、誘われ笑顔に、自戒を含めた。電話を、かけたくなった。父という、存在だけでよかった。その姿を、想像した。隣りの依津子さんも、やはり、父を重ねていようか。

 私は、敗北感を、どうしても、他人に表現したくなりがち故の、失くし難い怖れから、沈黙というよろいを必要とした。そしてそれは、これからの、悉くの可能性をも、誤魔化し、よかれとするものに至っては、閉じ込め、癒えぬ想いは、そのまま遺っている。たとえば、父なら、そんな私に、砕けて来つつある今の私に、どんな言葉をかけるだろう。私だけでなく、依津子さんにも、何を語るだろう。どっちつかずの期待と不安は、やや、前者に、傾いたのかも知れなかった。

「マサキさんは?」

 彼女の問いかけに、

「うん。今日はライヴがないから、朝からゆっくりしてたよ。ヨシムラさん、聞いてるかな? 俺達、材木座の古びた家で、ふたり暮らしなんだ。てっきり、あいつ、こっちへ来てると想ってたよ、ごめんね」

「いえいえ」

 客人約二名、Never mind……を、揃えた。小さな事は気にしない、気にならない、されど、こだわりを持たないという、こだわりを、私は、自分への慰めのように、この父子おやこに感じた。

「で、何飲む?」

「私、アイスティー。吉村さんは?」

 回答を振られた私は、

「僕も……」

「OK!」

 マスターは、奥の厨房へ消えた。久しぶりに私は、人前で自分を〝僕〟と呼んでいた。父子おやこの〝俺〟が醸す自由の気が漂う、本日休演のパフォーマンス・スペースが、私達のテーブル席を尻目に、一抹の寂しさを、紛らすトーンでセットアップしていた。そして、男の礼儀マナー筋道ルールに、もっと接したい想いに、目覚めそうな気がした。強がりでも、自分の想いの丈を主張すべき自由に、触れたのだ。かしこまってばかりではいられない。依津子さんだって、それを望むからこそ、ここへ招いたはずだ。マスターにしたって、定めし、わかっている……と、私、いや僕の納得は深まっていった。心地のいい空気が、流れてゆく……決して、ずかしい事では……ないと、誰もいない空間が、歌うかのように……。

 父子おやこの趣味をちりばめたふうの、ラフな時間が嬉しそうな、依津子さんであった。古くからの地元同士という意識が、いつもより、尚も飾らない表情に味方していた。ノーメイクの肌艶が、ウッディーな壁面の光沢に、一点の白皙はくせきを呈して、自由へのフォローワークを、惜しまないような眼差しで、特大パネルを眺めている。私も、その風景写真のパノラマに、ふと、しかしもっと、心の目が導かれてゆく。

 ……マスターは、そんな私達の風情を、気づかう笑顔のまま、日常なる、ルーティンワークの手を休めない。見え隠れしていた。グラスが触れ合う音を包む、アコースティックギターの調べが、微温ぬるく、流れて来た。

「CD回すの忘れてた……失礼」

 その、海辺の一景、青き豊饒をとどめたる一枚のが、おそらく、彼女の懐を、まさぐっていただろうか。私にしても、そう、されるがままで、あったろう……。材木座辺りから、西の海岸線を臨む……緑のパーテーションが青浪せいろうと分かち、かの先角さぎづのさえ陰に押し黙った、不意に寂しげな、稲村の岬の海に……。いつも坂の上の棲家から眺める、心の絨毯じゅうたんのような、あの海が、あった。

 なぜか……並んで貼りついている、アメリカの〝マザーロード〟のプレートが、私に、歩み寄って来る。それだけでなく、けしかける訳でも、そそのかす訳でもない、いざないに、心の弦を爪弾つまびかれた、切ない甘雨かんうが降って来た。その糸で操られた私は、為す術もなく立ち所に、遥かなる自由への旅の行客に、染められつつある事を、知った。

〝Route66シックスティシックス〟……の文字が、沁みて来る……大いなる旅路を語り尽くそうと、語り出す……きっと、依津子さんも……。

「お待たせしました。今日も、俺からプレゼント」

 マスターが、ドリンクを運んで来た。

「ありがとうございます」

 を、被せ合う私達。更に私は、

「どうもすみません、いただきます……」

「ヨシムラさんは、まぁ、初めてのお客さんだけど、礼儀正しいねぇ! 営業マン? もしかして銀行のかた?」

 そう言いながら、隣りのテーブルに座った。

「元、営業もやってました」

「へぇぇ、やっぱり……」

 ふたりも被せたのは、合点がいったようなずきをも含んでいた。

「そうなんだぁ、私、初めて聞いた」

「うん、実はね」

「一応! 俺もお客さん商売だから、わかるなぁ、そこはかとなく……ねえ?」

「う、うん」

 依津子さんの間合いは、何だったろう。

「僕なんか、マスターとは年季が違いますよ」

「そんなことないよね? ……ねえ?!」

「フフフ、うん」

 私は、マスターといっちゃんのかかわりようが、羨ましかった。これから来店した時は〝僕〟でいこうと、決めた。冷たい紅茶の喉越のどごしの仄かな甘さが、それにしても嬉しかった。ナチュラルに家庭的な風が、何かを埋めるべくそよいでいった。根っからの鎌倉人のプライドたるや、そのようなものであろうかと、海辺の街に来た喜びを、改めて覚えた。いい時間、いい一日が、梅雨が明けた湘南の、どこまでも青い空に浮かぶ雲のように、ふわりと、過ぎていった。

 ……ゆっくりドアへ向かったマスターは、立ち止まって、厚い防音の木の壁を押し開けた。忽ち流れ込む、雨のさやぎに分け入るように、空を見上げた。雨降りの外光の、仄明かりが灯る顔が、おもむろに微笑の輪を展げてゆく。たまさか、私達の耳にもそれとわかる、大型バイクのエンジン回転音が、


 ドドドドドドド……と、


 肚に応える交響曲の、低振動の重たい空気層を纏い、緻密にして単調な、雨打あまうち際の旋律へ突っ込むように、少しずつ近づいて来た。メンバー女性の、

「マスター、来ましたね!」

「う、うん。まぁ、どこで何をしてたんだか、うちの若大将は……」

「フフフ……」

 私達は、笑いをこらえた。彼女も知る所の、私にすれば初めて触れる、生身の父子おやこのかかわりようの予感に、店は一気に、漲る活気が勢いづいた。片隅に置かれている、渋い色調の古そうなギターさえ、半ば苦笑するみたいに、それでもの演目を奏で始めた。愛し愛された、音楽、バイク、そしてこの街、この店、この、人々……。

 彼が多くを語らずとも、っくに私はその人を、こんなにも身近に感じている。今まで付き合った経験のないタイプ。閉じ籠るばかりの根暗な私とは、違う価値観を持っているであろう、彼が、今、私を含めた、三人の元を目指している。私をどう想っているだろう、どう予想しているだろう、第一印象ファーストインプレッションを……。互いに、知らぬ者同士、定めし、先刻のマスターとの初の挨拶のように、彼の流れに乗せられもしようかと、私は考えていた。それでもいいと、考えていた。同年代の子供達は、心のパートナーという、同じ器を持っていた、同じ夢を見ていた、同じ場所にいたのだ、生きていたのだ。そして、たった今から、それぞれが、自分と同じような、同じかも知れない、されどやっぱり全然違う、似て非なる存在、それぞれにとって、唯一無二の存在を、見つける事に、なる。私は、鎌倉に来て以来、様々な価値あるものと出逢って来た。マスターや依津子さん同様、きっと彼も、そういう存在になるに違いない。私は、つまらない男である。臆病な少年である。周囲に迷惑をかけっぱなしの人間である。自信などない。まだ見ぬ彼の苦い顔が先に立つ。申し訳ない。でも、だけれど、これから、どちらともなく、差し出しつ受けつ、浮いつ沈みつもするだろう。私は、沈む事には馴染み深い。されば、過日の依津子さんのように、私を、見ていて欲しい……そして、何ものかを、知って欲しい……。私は、こんな自分の姿を、見せる事しか、出来ない。そう、考えていた。彼女も、そんな顔をしているみたいに、私には見えた。何れ、それぞれは、どこへゆくのだろう……私は、彼の何かを、見たい、知りたい。彼に何かを、見せて欲しい、教えて欲しい……。私という少年は、かつて、両親、家族、友人、周りの人達から、常に何ものかを受け続け、何かをされるだけの、それを無批判に受け容れるだけの、存在であったように想っている。他者へ向けて私から供する何ものかは、大体において、どうでもいい、取るに足りない内容のものばかりであったと、記憶している。喜んでくれた、笑っくれた顔が、あまり、想い浮かばない。私は、何が出来たのだろう、何を、してきたのだろう……よく、そんな事を考えている。どうか、こんな私を、よろしく、お願いしたい……。


 ……マスターは〝やれやれ〟といった笑顔で、拡大しつつ迫り来るばかりの、風圧のぬしを見ていた。その、いつもの事であるかのような、でも、少し遠くに想いがある感じの、寂しい目が、私の心にまった。それはそう、父の目であった。客人ふたりの目が、相揃いつつあったろうか。白髪の紳士は、細かい雨が鬱陶しそうで、それでもの光が、だんだん表情を染め上げていった。私達の顔の相には、〝おつかれさま〟の笑顔があった。もちろん彼と、そして自分に向けて。依津子さんにしても、待ちあぐねていたようであった。まだ、彼の姿は、店内からは、見えない。そして……エンジンが止まった。

「よォ! 遅かったなぁ、おふたりさん、お待ち兼ねだぞ」

「う、うぅん、ごめんね! いやいや、失礼しちゃった! ちょっとね……ごめんなさい」

 店の前に、バイクを止めているようであった。父子おやこの会話が、街の小々波さざなみを掻き消して弾けた。私は、少し動悸がしていた。彼女が小声で、

「いつも、こんな感じ……」

 尚も笑いを展げた私達である。

「僕にはない、アクティヴだ。カタカナじゃなくて、英語の」

「ハハハ、面白い事言うんだぁ。それでいいのよ、ねっ?」

「ハハハ、いやいや、もう……砕けたというか、融けっぱなし」

「来てよかったでしょ?」

 ……雨を物ともしないイケメンが、茶色い革のブーツの静かな大股で、ふわっと現れた。白いウインドブレーカーを脱ぎながら、張り上がる大胸筋を包んだ、やはり白のTシャツが、私達ふたりを眩しがらせるように、羞恥はにかみから抜け出したさそうな笑顔で、それでも、体躯を抑えられない不器用さを露わに、近づいて来た。爽やかさを覚えたのは、私だけではないだろう。そうして、そのリバウンドを拾った、ふたりのプレーヤーは、席から立ち上がって、彼を、迎えた。

「ごめんなさい、お待たせしちゃって、初めまして、エノモトマサキです」

 依津子さんを目線で気づかい、礼を執りつつ、私に、両手の握手を求めて来た。その、ごっつい手の感触に、遅参の非礼を詫びる、温かな潔さが見えた。負けないように握り返した私は、息をひもといてゆく段へ、さりげなく誘導されていった。彼女の笑顔が、それを素直に喜ぶ顔に想える。開け放たれた扉から訪れ、風に馳せる、男の声を借りた水しぶきは、明瞭にしてフレキシブルな想いを、初対面の、この場この時に点じていた。ただでさえ、最早流れにさお差すしかない、男の揺れ、それは、おそらく私の揺れだった。

「初めまして、ヨシムラハルヒコと申します。これからも、よろしくお願いします。字は、秀吉の吉にそん、ハルは太陽の陽と書きます……こんな男ですけど、何とか生きてます」

 能弁ではない私は、饒舌に話せた。自分という不思議が、いい方向に傾いている事に、嬉しくなってしまった。真夏の入道雲のように、されど優しく、私達の目の前を塞いで盛り上がる体を、ゆっくり椅子に委ねたマサキさんであった。休憩時間の訪問を詫びたい気が、しないでもなかろう依津子さんと、同時に私も着席した。彼の、その目尻の切れように、いつも遠くに移ろえる、熱気の欠片がとどまっていると、感じた私だった。どこか、こう、もっと、いつももっと大きな何かを、追い駆けている、見つめている、考えている、その顔に、今だけはとどまっている、そんな目に見えた。私は、マサキさんがギタリストである事を、すっかり忘れていた。強く、本当は繊細な、その掌を掴んでしまった。それを気にも留めないふうの、目でもあった。いい目をしていた。いい人と付き合えば、私もいい人になれそうな気がした。そういう人でいられそうな気がした。人は、弱いのだ……。ドアを閉めたマスターが、笑いながら、健康そのものの息子に聞いた。

「レモンすいか?!」

「うん」

 マスターと入れ替わり、その椅子に彼は座った。

「また、お友達が増えたね! マサキさん」

 依津子さんは、男ふたりを見やって、明るい同意を求めた。

「そうだね! 吉村さん、遠慮しないで、何でも言って下さい、ねっ?!」

「はい!……」

 みんな笑ったままだが、私は、嬉しさに照れて、軽く、視線を下げた。Tシャツが似合う若々しい姿が、水々しくニューフェイスの目をくらました。見馴れていよう彼女の、綻びっぱなしの口元が、冷たいドリンクの白いストローを探して、一瞬、彷徨った。

「まあ、ヴィヴィッドな出逢いだ」

 マスターが、レモンすいを届けに来た。彼の隣りに座った。

「お父さん、すぐ茶化すんだから……ハハハハ! ねえ吉村さん、俺のマサキは、正しい樹立のね。エノモトは、よくあるあれ、木へんに夏のほん。マサキでいいですよ! 俺は、陽彦君で行こうかな」

「うん、わかった。じゃあ、正樹君で」

「OK、だいOK!」

「ハハハハハ!」

 と、全会一致の可決の歓喜の顔が、並んでいた。私の、虚礼を排したかの、親しげな言葉への歩み寄りを、みな、驚く事もなく、何等問題なく、受け容れていた。私自身も、不思議と、自然だった。今まで、自分に関係ないものは、悉く却下しがちな、外部に対して本当は攻撃的な、隠れた自分を憂いていた。そんな、火成岩塊のような心を、自ら更に砕かんと宣言する、「うん」であった。それぞれが、もちろん察していよう。それは……仲間であった。OKを出した正樹君もいる仲間を、信じたのだ。私を含めた仲間が、動き出した合図の……「うん」そして「OK」。

 急に、正樹君は、何かを決めたような顔で、席を立った。そして、店の端っこに片づけられていた、低くて脚のない、箱型平座面ひらざめんの椅子を、演奏フロアの真ん中へ運んだ。その様子を見ていたマスターが、

「やるか?」

「うん」

 私は、〝やる〟が〝る〟事だと、推して知った。依津子さんの、

「正樹さん、やるぅ!」

 と共に降らせた、それぞれの拍手に、私はもちろん、乗り遅れてはいなかった。正樹君が、ギターを手に腰かけ、クリップ型チューナーでヘッドを挟んで、チューニングを調ととのえ始めると、自然に、その波が治まった。一番太い6弦から一番細い1弦まで、順に一本ずつ確かめてゆく。高低して彷徨う音色を合わせようと、彼がペグをつまむ左指の微動に、みな、意識を凝らしていた。その、真剣に見つめるアーティストの、繊細な眼差しは、チューナーの一致ランプを待っているようで、左指の探りに集中する、うに、表現者としての片鱗を窺わせている。彼の静かなる挑戦に、この空間の気は、静謐といい得るひと時を、迎えていた。心の中の両手は、ち続けていただろう。そして……正樹君は、にっこりと、微笑んだ。

「陽彦君。君をお祝いして、記念して、一曲ります……あの、俺ね、パット・メセニーが好きなんだ。知ってる?」

「うん」

「あ、そうなんだ。いいよね、何か、スケールがでっくて。で、彼のアルバムの中で、インストゥルメンタルとして、カヴァーされている、名曲。ちょっと、センチメンタルだけど、お父さんも俺も昔から好きで……今日も雨なので……。カーペンターズの、〝雨の日と月曜日は〟……Rainy Days and Mondays……」

 再び……拍手が小々波さざなんだ。そして、すぐ、静かになった。聞こえるはずのない、ドアの外の雨が、一堂に会する私達の、想い想いの窓辺から降り込んで、うち一面を濡らし染めゆく心地に、浸りつつあったろうか。息さえ、潜まった。正樹君が爪弾つまびこうとしている、右手の指先の次を、これからを、始まりを、今日の客は待っていた。みんなのサーチライトの目が、彼を、目がけていた。アーティストたる、その、プロフェッショナルなパフォーマンスに……。贅沢ぜいたくな、時間であった。もう、流れ出していた、溢れ出していた、一面に……染まってゆく。私は、こういったプレゼントを、もらった事がない。しあわせであった。涙が出るほど、嬉しかった……心から、その開演を待ち焦がれた。私も、みんなに、何かをしてあげたいと想った。今の自分に出来る、何かを、偽りのない、本当の想いで……。

 そして……彼の右指が、私の心を、私達の今の想いを、優しく……爪弾つまびき始めた。引き絞られた弦の、その痛みの告白が、和音をばらけるアルペジオを奏でて、うらに、素手で掴んで入って来た。弦を押さえる左指の動きを、筋立つ手の甲の厚みが、柔らかく包んでいる。高度にシェープされた、技巧的な腕の稼働ぶりに、芸術の気韻が横溢して、離れるまでもない。きっと、みんなの心は、ギターだった。六つの糸が心に張り詰める、ギターという人になった。正樹君は、しずかに濡れる、舗道に落とした物悲しさを、そっとつまんで拾い上げるように、自身の指の送りで応えるように、それぞれの真ん中の、代弁者となっていった……。共に見逃す事もなく、見逃されるはずのない傍観者達は、左指という傀儡者かいらいしゃの意のままに、右手に伝わり来る連動反応を用いる、アーティストの手になる、本物の作品世界に沁み込まれ、響かされ、私は、微酔ほろよってゆく……初めて生で、それを感じている……英語の歌詞が、浮かんで来た……雨の街を、彷徨い歩いていった……


 Talkin' to myself and feeling old.

 Sometimes I'd like to quit.

 Nothing over seemes to fit.

 Hangin' around, nothing to do but frown.

 Rainydays and Mondays always get me down......


 恋する心の憂鬱は、恋という、潤い過ぎるエマルジョンの、副産物であった。私は、依津子さんの目の、それを読み込むまたたきが、緩くなって来たのを、見逃さなかった。いつまでも切りのない、拭えない心配事に、尚も心は揺れ移ろう。少年は、今の自分に、限りなく接近したがっていた。男にだって、切なさの水源がある。美しい流体をとどめて、澎湃ほうはいとしている。私は、ただ求めていたのだ。すぐそばにいる彼女と、想い合う関係が欲しい。昔から、盛んにその手をのばしていた。もっとのばすけれど、そこには大きな高い壁があった。自ら築いた虚しい独立要塞であった。私という人間は、永きにわたり、その攻防に明け暮れていたのだ。両者並び立つジレンマにさいなまれ、強大なストレスであった。私は、ここから逃げ出していた。何事においても、叶わぬ、叶えられぬ、煩悶懊悩と出逢ってしまう。

 しかし、ここ鎌倉に来てから、このジレンマが、必要欠くべからざるものたれ、とする想いに、気づき始めていたのも、また事実であった。彼女と再会してから、かつての、眺めているだけの、初恋なる道への迂回路が、本来の、求めるという人のさが、処世の要諦として、一歩退しりぞくハンブルなうちに、求め方、生きのび方、私による私の使い方の手がかりが、少しずつ、見えて来ていた。カウンセラーの桜井さんと併せて、ふたりの女性に、心からの感謝を贈らねばならない。

 弱い私……誰もいない、誰も見ていない、誰も気づかない小部屋に、ひとり……群れ成す自然の攻め手さえ、免れる事はない。本当に、許してくれてはいないだろう。まだまだ許しが足りない。どこへ行ってもずかしくない、無言のパッセンジャーとして、遇されたい。内なる敵の目と、外敵の目の危殆きたいに瀕し、溺れもがく、かぼそい息が、苦しい……こんな自分が嫌いだった。途轍もなく、寂しかった、塗炭とたんの苦しみを、知ってしまった……。散々彷徨うろつき回ったあげく、いつも最後は、その傷だらけの自分を、自分で慰めるしかない。感傷の痛みと、それさえ麻痺してゆかんばかりの、憂鬱という雨……中途半端に、微温ぬるい雨……。忘れられない、忘れさせない、忘れたい想い、幻の合格点の後遺症が消えず、今も存在しているのは、いつまでも……美しき敗北が、去り際が、玲瓏れいろうに転がり奏でるかの如く……ギターの音色が煮こぼした、痛い……痛いだけの、雨の雫……。傷口にみる甘塩あましょっぱい、ささら雨……痛みから逃れるべく、憂鬱へと、私は、馳せた。

 生きてゆく為に、痛みの希釈化なる、青春の影に泣いた、あの日の、依津子さんであった。そして、私であった。ふたりは、抱き合ったのだ。この手をのばし、その手をのばされ、はたと、掴まえた、そして、離さなかった、離れなかった、いつまでもそうしていたかった……。その温もりが、遺っている、今、想い出している、そんな顔をしている、ふたりであろうかと、そんな目で、彼女を見た私だった。まっすぐに、手をのばせば、それでいい……そこには……しなやかに、正樹君の奏でる永遠の名曲に、自らを融かし出している、彼女が息づいていた。私達は、今日も雨の中にいた。いつも、雨を見つめていた。もっと、歩きたかった。やはり、抱きしめたかった。それでも、それでも、こんなにも……。そして依津子さんは、そんな心をおぼろに、ぼかすように、そんな目に映して、震えしなうギターの弦の鳴動に、何れ過ぎ去ってゆく今を、重ねていただろうか。雨に彷徨える、虚ろな旅人だった。

 きっと世界中の中年層以上の人なら、誰しも、カレンの歌声に魅せられた、経験があるだろう。たとえ一瞬でも、報われただろう。そして、愛し愛されたいのだ……。繋ぎ合えず、すれ違い、無意味な事だとわかっていても、ひとり言に過ぎなくても、時に愛する人と自分さえ、嫉妬と怒りで責めてしまっても……愛する為、生きる為、生かす為、憂鬱へと、駆けてゆく……まだ、続いている、終わった訳ではないのだ……それが、生きるという事……。

 人は、人を想うが故の憂いを、よく知っている。だから、涙の雨も降れば、曇り空を見上げるだけで、その涙を想い描く。まるで自分から投じるように、かれたように、むしろ楽しむかの顔を憚りつつ、埋没する事を止めない。そんな影を、引きずっているのだ。依津子さんもそう、正樹君も、マスターだって……。私達の想いは、今、ひとつだった。心を素手で掴まれ、ちょっと強くしぼられたかの痛みが、たぶん、切なさというもので、あったろうか。その証しが、涙というもので、あったろうか。人は、檸檬れもんみたいな果実なのだろう、酸っぱいのだろう。時として、甘塩あましょっぱさで、誤魔化したくなりもしようか……私は、そう想いながら、正樹君のギターを聞いていた。

 依津子さんの横顔が、演者を見つめる私の視野の切れ端に、しっとりと佇んでいる。さっきまでの開放を閉ざしたように、流れるメロディーを追いつつ、落ち着いていた。その唇が、曲をなぞってかすかに震えるのは、やはり、小さく口ずさんでいた。きっと音楽が好きなのだ。彼女の一心は、今、ギターの調べの憂愁にこそ、あるのだろう。今は亡きカレンが透けるように紡ぐ、憂える女の想いに、心惹かれ、尚も傾き、やがてくずおれ、そして満ちるのだろう。私は、そんな想像をしていた。重ねに重ね、濃厚に仕上がってゆく自画像を、このひとは、描いている最中さなか、表現に一心であった。

 されどこのは、正樹君が描かせたもの、他でもない、私でもない……。会話に嬉々としていたその顔が、こうも、魔法のエマルジョンの仕業で、悦湯えっとうに浸るかの、湿らされた表情に入れ替わっていた。印象的な長い睫毛まつげに、今日は、濡れた光の粒は見えない。どうしても私は、あの海岸の姿を浮かべてしまう。依津子さんだって、本当は、もっと……。

 こうして移ろえる彼女は、それでも、ふと、なぜか……移り気なひとだと、私は感じた。あの抱擁は、なりゆきだったのか、とも感じた。秘密の出来事を、想い出してしまうじらいを、気づかれまいとする、女の当てのない笑い顔と、そうではない、もう過ぎ去った、ゆきずりの話を忘れようとする、今に始まった、女の素直な聞き惚れ顔が、出し抜けに、私の中で争うのだ。大人しくしていれば、いいものを……。そして彼女は、自身の過剰反応を、閉じ込めて濃縮するように、今を味わっている……。

 正樹君に対する、男の嫉妬だろうか。彼への羨ましさが、小さな、ほんの小さな石のつぶてを、彼と、彼女と、そして私自身に投げたのかも知れない。鎌倉のロコのふたり、マスターも含めて、そんな私の揺れを知ってか知らずか、みな、深く、耳を預けたままでいる。ギターに均される心地が、気持ちよく流れゆくひと時である。私にしても、逆らうまでもなく、兆してしまった、とらえ所のない想いを隠したまま、曲に、没入するだけだった。

 正樹君の左指……腕ごと繰り出す、その流動体のような手さばきに、ひたすら見入っている三人だった。フレットの一点を押さえる、左の四つの指先……。その流離さすらうばかりの舞踊の、ある指は折れかがみ、あるいは突っり、細長い木の平板を滑り巡る、指の山並みの、ひとつとして同じものはない、褶曲波面しゅうきょくはめんの様変わりを、右手の五つの指先が、時に、ひとつ、時に、幾つか、大事に確かめるように、はじいて調べている。間を置かず、そして間を置き、されば間を詰めつのばしつ、畳みつ走らせつ、右が醸し出す反応音は、左の刺激圧力に操られる、被傀儡かいらい者の声を奏でてゆく。

 彼の少年時代、おそらく、マスターに手ほどきされたであろう、音楽への直観的な想いが、ギターを愛おしんでいる。それにしても優しく、かばい包む両手の翼で、そっと抱きしめている……ギタリスト。父は、成長した息子を、満足げに見つめていた。センシティヴに映す音色に、自らの長い歴史との再会を、懐かしんでいたのだろう、喜んでいたのだろう。音楽という、永遠の友人への愛と感謝を、父子おやこは語り合っていた。潤みそうな目が、見守っている。

 その、甘く切ない指が……弦の響きが……依津子さんをいざなっていた。曲がらない心への憧憬が、彼女に仄見えていた。ミュージシャンの、フラジャイルな招きの指づかいに、口説かれ、彼さえ知らぬ所で、彼女さえ撓垂しなだれかかる風情で、距離を縮めつつあるように、私をらす……知らんぷりをする彼は、変わらず演奏に専らであった。何を想いながら、弾いているのだろう……窺う私の横槍よこやりの目は、それでも大人しがるしかなかった。大人しがれない少年は、大人ではなかった。きっとそれは、少女が、鷹揚おうような反射体に憧れる、まだ、大人になれない自分を否むかの、ちょっかいはさみの目に、意地悪をするかの、小さな抵抗の所為せいだと、心づいた私であった。耽読空間のルールに通じていよう、マスターの、さにあらぬ目は、そこにこそハートあり、の気が満ちて、私に諭すふうであった。表現者たるを以て、大人であると、忘れまじと……。そしてマスターは、ふと、私を見た……私は、瞬間、目を合わせたが、別れるように、それぞれ目線を正樹君へ戻した。その、父の眼差しが、やけに、私の中へ潜っていった。

 私は、世の中の様々な物事に対して、昔から、鈍い怒りを、ゆっくり自分の中へ沈めてゆく種の人間と言える。確かに、鈍く、のろい。であるが、それ故に、怒りはいつまでも続き、くすぶったまま燃え遺り、消えてはくれない。少々の飢餓感の慢性的な我慢は、我慢出来るぐらいの痛みであり、我慢出来ないほどの痛みではない。この、中途半端に痛い感覚が、私の判断基準の底流にあり、往々、甘過ぎる稚拙な解答の表出に及ぶ。どちらともつかない痛みと我慢、曖昧になってゆくばかりの矛盾が、私という人間を支配していた。何かが、好ましからざる何かが、いつも、遺される……。

 あまりにもかけ離れてしまった、虚像と実像。その距離を埋めるには、最早、自分で自分を慰めるべき……それしかなかった。その為に、時に、鈍い怒りを社会へ向けてしまうのだ。どんなに頑張っても、どんなに我慢をしても、どう頑張り、どう我慢したのか、その評価は、社会に委ねられるべきもの……しかし私は、それを自己採点にだけ、任せていたのだ……中途半端な、曖昧な、私自身の主観世界に、全て……囲い込んでいた……。

 ギターの調べは美しい。新しい仲間も美しい。それが嬉しい。だけど……きっと、やはりの、そんな予感が……。嬉しい予感が、居場所に迷っていた。それはたぶん、いい事をするという、常道の意識以上に、よくない事はしないという、予め危険を予測する意識へ、大きな意味を持たせていなかったからだろう。足し算は大切。されど、引き算の足りない世界に、何を、予感するものがあるだろう。引き算という地道な頑張りは、未来の時間を作る。リスク回避なる、多角度逆方向からの光さえ、用意しよう。私は、これから時間を作れるだろうか。時間が、欲しい……It's not to late……の道標みちしるべに、や、迷いそうな気が……している……。


 そして……演奏が終わった。

 濡れた手を合わせるような、微睡まどろんだ風合いの拍手が、仲間達を包んでいった。それぞれの目に映る、それぞれのものが、馴れっこの父子おやこはともかく、その潤みの満足をたたえた、屡叩しばたたく窓辺にとどまらず、忽ちうら深く、潜り込んでいったみたいであった。依津子さんにしても、マスターにしても、当の演者自身にしても、余計な言葉は要らない、心のうなずきが、目で、反芻はんすうしていた。私だって……

「ハアァ……よかったぁ! 正樹さんすごい!」

「ありがとう」

「やっぱり、カーペンターズはいいなぁ……私、初めてのライヴ感!」

「あぁ、そうだよね」

 父子おやこは、言葉を揃えた。彼女とのナチュラルトークが、隠れんぼを止める合図よろしく、表れた。私の想念にし入れて来た、やりとりの先は、必然的にニューフェイスにも、正樹君は、

「どう? こんな感じかな……」

「すごくよかったぁ! 本当、オールドナンバーはいいね。久しぶりに聞かせてもらって、しかも初めてのライヴで、どうもありがとう。いやぁ、感動した! プロって、すごい……」

「でしょう?! 本当に……」

 依津子さんと、大きく相槌を打った私であった。彼女の瞳は羽搏はばたいて、甘柔あまやわらかな翼を展げていた。その目が、私にとどまっているようで、ふと、正樹君へ流れ、はたと、私に戻る。つい、私からはみ出し、忽ち、私に帰る。私から……離れたいと、また、それでも正樹君に、とどまりたいと……見つめる時間を求めて、その時間の目が、彼に向けて長居をするのであった。卒爾そつじ経回けいかいを繰り返す、彼女の目は浮かれていた。ギタリストの、招きの指づかいに応えたその目は、今、その時を知るように、自らいざないの目になり代わっていた。

 されど依津子さんは、隣席の私にもたれるかの、しな作る近しさで、更に何かを促していると、想わせぶる、体の向きと傾きで、白い顔の接近を躊躇ためらわない……。その目ここにあらず、それでさえ、その身ここにある、婀娜あだな矛盾にして、あの日の、私達のシンパシーを……ギターの音色に焚きつけられ、 再生していたのだろうか。このひとも、同じだったのか……。私は、俄かにがえんじざるを得なかった。それほど近い距離を、彼女に占有されていた。依津子さんの匂いが、私を黙らせる……ジェラシーが、束の間、横へ逸れた。そしてまた、マスターと目が合った。無言で、微笑んでいた。何かを言いたそうで、でも、言葉を呑み込んで、噛みしめるような微笑みだった。

 正樹君が……こちらへ歩を進めながら、

「実は俺、女房と別居中なんだ……」

 私の正面に座った。腰の重さが、店内に蓋をするように、たわいなく地響きした。こだわりのない、彼の眼差しが、打ちけるべく、私の中へ潜り始めた。

「そうなんだ……」

 返した私を見るでもなく、マスターと依津子さんは黙っていた。

「こう見えて、いろいろ、あるんだ。プロとして、売れてる訳じゃないし、この店があればこそ、音楽もやって行ける。女房にすれば、そんな甘ったれというか、決め切れない俺が、歯痒はがゆいんだろう。わかってるんだけどさぁ……女の未来と、男の今が、すれ違ってる……」

「……」

「で、心のパートナーに、頼った。少しこぼすだけで、フッと、軽くなるよね。陽彦君もそうでしょ?」

「うん」

 私は、初めて真面まともに、彼の目を見ていた。彼の、最初からの目と、合ったような気がした。彼に対する一抹の怖れは、私に対する、私自身の怖れ、どうにも上手く付き合う自信のない、痛いのか我慢しているのか、それさえわからない、その不透明な不信への怖れであろう。正樹君は、本当は何も出来ない、存在すら消したい、私の中の私を、理解しようとしていたのだろうか。今という不完全燃焼、今も生きている少年の憂いに、寄り添う言葉だった。つい先日まで、何も手につかない、何もする気がなかった、焦り嫌うだけの自分に……よく眠れなかった、倦怠だるい自分に……。そして、その欠片、まだ遺っているであろう、その芽を、摘むように……。

「でもね、実際、正樹君が羨ましい。音楽という、夢がある。君の頑張りは、初めに夢ありき、その為でしょ? 答えを見つけたでしょ? 僕には、正直言って、そういう夢がなかった。だから、今でも答えが見つからない。ただ当てもなく、彷徨い歩いて来てしまった。あるべきものがあれば、途中で気づきもするし、立ち止まって考えもするはず、軌道修正だって出来る。自信のない道ゆきは、僕には無理だった。もう無理だ……という闇が展がるばかりで、どうすればいいのか、困り果てるだけだった。周りに助けを求めた所で、今まで自分勝手を通して来た、僕の話など、今更、本気にする人はいまい……追い込まれていったんだ。話を聞いてくれる人もいない、その程度の価値の人間なんだ! 何も出来ない人間なんだ! って……何も、何もかも、なかった……。変な話だけど、僕は自分の、肉じゃない肉、生きているけど自分じゃない肉を食べて、暮らして来たような感覚があるんだ……。もう新鮮ではない肉、おいしくないだろう肉は、それでも肉だから、何とか細々と生命いのちを繫いで来れた。僕の頑張り、我慢は、そんなものだよ……やっぱり……正樹君は、すごい、すごいよ」

「……」

 恋心が滴るようであった、空間の気は、私の告白に萎んで、涸れつつあったろうか。ニューフェイスが壊してしまったかの感が、否めなかった。私は、立場を顧みず、場のモチベーションを下げてしまった、自分をじた。みな、項垂うなだれてはいないが、視線を下げて、沈黙していた。カウンセリングルームよろしく、如何にもの場面に暗転したひと幕が、始まっていた。正樹君から私へ、表現者が早替りを見せていた。

「そうだったんだ……大変だったね……いやぁ、俺なんて……まぁ、今にして想えば、俺の頑張りは、専心という挑戦だったかな。それは時に、慢心という安心を求めたりもした。安心……プライドだよね。そこに安住しちゃうからなぁ。守るように、逃げ込むように、今も、それが消えない。〝初心忘れるべからず〟 ってよくいうけど、俺もある意味、子供のまんまだね。だから、女房が怒るんだろうなぁ……『大人になってよ!』って」

「独身の私が言うのもあれだけど、女性は、常に、現実路線堅持を基調としているから……」

「ハハハハ!」

 依津子さんが、ひとつふりかけるスパイスコメントに、三人の男達の目が集い、笑顔をふりく彼女に負けない、輪をかけた笑いが、一気に沸いた。忽ち、再び空気が膨らんだ。風船のように、それにしてもフレキシブルに、それぞれの自由次第で、いつ如何なる時も、笑顔は、咲く。私は、みんなの心配りが嬉しかった。ささやかでも、自由があるうちに、笑顔の花は、咲く。人はそうあって欲しいと、そう予感しているだろうと、私は信じたかった。

「雨、止んだかな……」

 それぞれのうちが拡散するような、依津子さんのひと言か、こぼれた。みな、顔をドアの方へ向けて、目線もなぞらえた。

 突然……

 彼女は立ち上がり、ドアへ歩き出した。のんびりとした開扉と共に、忽ち淡い光が店内に漏れ、仄白い光暈こううんのただ中に、かのひとは落とされた。空気もふわりと軽くなった。雨のすじは、私には見えなかった。

「ほとんど止んでる……」

 雨上がりの、蒸れ立つ軽さだった。彼女は、そのままの姿勢でこちらへふり向き、

「ねえ、正樹さん」

「ん?」

「私を……後ろに乗せて!」

「えっ?」

「お願い! 少しの時間でいいから」

「う、うん……」

「ねっ?!」

「よし! じゃあ、ちょっと行こうか!」

「ありがとう!」

 マスターが、私をちらりと見た。

「……」

 マスターも、そして、私も。

 正樹君も席を立ち、ジェット型ヘルメットをふたつ持った。入口でふたり揃った所で、彼は、

「じゃあ、行って来ます!」

 すかさず依津子さんも、笑いながら、

「少々、失礼します!」

「気をつけて」

 遺されたマスターと私の、ひと綴りが、薄らいだ店の気に浮かんだ。きっと、私の表白に、いたたまれなかったのだろうと、人知れず、心がうつむいた私であった。再び閉ざされたドアの向こうで、けたたましくエンジンが始動して、忽ちうなり去り、正樹君は、彼女をさらっていった……。連れ出されたい女心を、鮮烈な水しぶきを浴びせるように、かばってゆく、ふたりの影が、消えた。そして私はそのまま、また、背中を後ろに向けて、後ろ歩きを始めるのだろうか。やはりどうしても、ふたりを嫉視してしまう、いやな男がひとり、そこにいた。

「いっちゃんは、いつも元気がいいな」

「はあ」

「あのもね、一生懸命なんだよ。もう知ってると想うけど、老舗のお身内だから」

「ええ」

「失礼だけど、そのプライドと、それに対する反発の、相容あいいれない矛盾、消化不良の状態を抱えているんだ。棄てたくても、棄てられないものほど、それだけにもっと、愛してゆくんだけどね……わかっていると想うけど、棄てられない……何れ、棄てたくなくなる……気づくよ……」

「……」

「フゥッ……間違っていなかった、って事に」

 マスターの長い溜め息が、私の営みを冷ます風になって、吹き流れた。なぜかしら、その瞳の光が、膩滑じかつの色濃く治まっていた。期待する何かが、期待される何かである事を、マスターも私も推して知るべき、そんな時間が、煮詰まっていった……。奥まる細道に踏み入った、ふたりの男であった。ひとつであり、剴切がいせつであった。凝縮の、その時だった。逸れる事も逃げる事も、出来なかった私だった。老紳士は……

「あの……正しかった正しくなかったではない。見つかった見つからなかったでもない。ただ、早い遅いの問題だと想うんだ」

「……」

 私は、マスターの目から、自分を外さなかった。目と目の、長い刹那であった。

「陽彦君の話を聞いていると、自分は間違っていた、という、終わりを見つけてしまったように想える。故に、言葉と肉体の、悉くの自由な行動を封印した。過ちにしてしまえば、真面目な君だから、その世界で生きて来た、自責の念に苦しんだろう。臆病風に吹かれて、それを隠す沈黙でもあり、プライドの陰に隠れる事を、嫌ったんじゃないかな。いやな男に、なりたくなかったんじゃないかな……追い詰めてしまったんだよ……。隠す事に必死だから、いやみもそしりもする。自分の世界しか見えない人って、悲しいかな、いるな……。年寄りの戯言たわごとかも知れないけど、君は、間違ってなんかいない。まだ、求めるものが、見つかっていないんだ。今からもう、見つからなかった、間違っていたでは、結論が早過ぎる。確かに、辛かったろう、寂しかったろう、わかるよ……。でもな、頑張ってゆく意味、それに気づいた事に、早いも遅いもない。いつだって、人は歩いてゆけるんだ……前を向けるんだよ……俺は、強くそう想う……。沈黙は、時に、全てをプライドの陰に隠そうとする……カゴの鳥のように……」

「……」

 私は、まだこらえていた。

「桜井さんは、何て言ってた?」

「はい、『光は、澄んでいるほど力になる』 と……彼女、ご存知ですか」

「名前だけはね。その心は、我慢を解き放って、表現する事だよ。言葉で、体で、悲しみさえも……」

「僕もそう想います」

「うん。やっぱりわかってるんだ、前を向く頑張りを」

「まあ、理屈では……」

「もう、我慢はいい。散々耐えて来ただろう? もういいんじゃないか? 学習したんだよ。桜井さんも言う通り、前を向いてシュートを打たなくちゃ。後ろ向きの頑張りは、オウンゴールとんなじだ。倒れても倒されても、すぐ立ち上がって、ひたすら前を向いて、シュートを打って欲しい。なっ? 自陣のゴールにシュートしたって……」

「はい」

「自陣のゴールはさ……俺が預かるよ。老ゴールキーパーだけど、絶対に死守するぞ! オウンゴールだって……そりゃあ、たまにはあるさ。そんなゴール許したくないけど、流れの中で、不本意ながら、そうなってしまった事だって、あるさ、人だもん。陽彦君……遠慮しないで、いつでも、後ろ向きのシュート打って来い! 愚痴でも恨み節でも何でもいい、打て!……その代わり、しっかり前を向いて、打つんだよ、打てよ! 前を向かなくちゃ、シュートは打てない。後ろ向きのオウンゴールなんか、気にするな。シュート練習しよう。俺がいる、俺達が、いるじゃないか……前を向くには、まず、語る事から始めよう。それがきっかけになるさ……」

 私は最近、涙脆い。昔からよく泣く男であったが、鎌倉に来て以来、特にこの数か月で、涙腺が更に弱体化した。依津子さんと再会し、心のパートナーに通い始め、それを想う度、嘘のように涙が生まれる。嘘のような存在の私の涙は、嘘のようで、されど本当の涙であった。虚ろな中にこそあれ、嘘ではない、れた発露であった。

 しかしながら、不思議と今日は、泣かなかった。マスターのありがたい言葉にも、その要旨に、しっかりと応えたような態度の、私であった。涙は固まって、形を成そうとしているふうの、抵抗、頑張りに、はやっていたのかも知れない。

「ところで、君の名は、本名?」

「はい」

「いや、ハンドルネームの人もいるって、聞いてたから」

「本名ですよ」

 私は、運転免許証をマスターに見せた。

「ふうん……本籍地、千葉なんだ」

「実家は市川です」

「あっ、そう。この現住所ね。ご両親はお元気?」

「はい、お陰様で」

「ふうん、大事にしてね」

「は、はい」

「で、今は、鎌倉のどこに?」

「極楽寺のはずれですよ」

「ふうん……いっちゃんの近くかな? 山だからなぁ、あの辺りは……」

「ええ……よくわかりません……」

 それは、それだけは、言えない、まだ、言ってはいけないという、終わりではない答えを、見つけていた私だった。たったひと言の、嘘のやましさが、こんな私でも、誠実さを以て接してくれた、マスターのその、眼差しに吸い込まれていった。心の中で、心から、詫びた。これからみんなに応えなければ、許され、報われる事はない、たったひとつの道が、薄ら寂しく見えていた。

「俺はさ、女房に先立たれて、正直、寂しいよ。若いつもりでいるけど、体は嘘をかないから。心も、それに準じるというか、どっちが先かわからないけど、心身一如の想いが強いね」

「はあ」

「いやね、この店の名前〝GEORGE HAMPTON〟 って、以前に所有してた、ヨットの名前なんだ、もう、手放したけど……」

「そうだったんですか……」

「うん……女房は船が好きでね、よく海へ出てたよ。でも、亡くなってから、何か、こう、船に乗ると、どうなんだろう、無性に寂しくてね……辛いんだ。楽しかったクルージングも、一緒になった頃の苦労も、雪崩れるように押し寄せて、息も出来ないくらいに、想い出が埋め尽くすんだよ。それがね……どうにも、沈んでゆくように、溜まっているんだ……どうしても、想い出さずにはいられない。その度に、また、沈んでゆくんだよ……浮かべて、沈めて、また浮いて、沈んで……その重さが、沁みて、辛いんだ……。っちゃかった正樹も、もう中年男だ……こんな事言っちゃ、天国にいる女房に叱られるかな?……ハハハ……その船の、名前だけでもさ……」

 マスターは、寂しくひとつ、笑った。初めて見る、小さくなった顔だった。稲村の海の写真が、ほんのり香る潮の息を潜めるように、見下ろしていた。旅路の果てに届いた想いは、おそらく、こういうものであろうかと、Route66シックスティシックスのプレートにも見た、私は、市川の家族を想い出した。おばあちゃんの顔が……一番初めに、浮かび来た。極楽寺の、岬への坂道の家と、同じ海が、漂っていた。返す言葉が、見つからなかった。

 少し、間がいた。

 ……私のハンドルネーム〝吉村陽彦〟……それは、私の中の少年の名前。今は縁遠い友人の名前。永年そう想っていた、そういう存在であった。そして、今の私の名前も、やはり……吉村陽彦に、違いなかった。私は、たとえ自分が間違っていたとしても、何も見つけられなかったとしても……たとえ、自分が間違っていなかったとしても、何かを見つけたとしても、私は、私のままで、私であったろう。私が見た夢は、変わらないだろう。いつか、きっといつか、その〝だろう〟 が〝だった〟 に変わった時、それでも尚、私は私という、変わらない吉村陽彦であると……夢を見たような気がした。幻の合格点ではない、自信の芽生えを、予感するのだった。ふたりの陽彦を、限りなく一致させたいと、想った。これからの人生のテーマが、前を向く意味が、事改めて、目の前にあった。韜晦とうかいなる、オウンゴール。泥臭くても、ひたすら前を向き、直向ひたむきに前へ、前へ進むプレー。ふたつの違う方向に分散しがちな人の頑張りは、言を待たず、前へのひとつの夢を、見ている……。

「陽彦君」

「はい」

「君は……いっちゃんが、好きだろ?……好きなんじゃない?……」

「……」

 何も言える訳がなかった。いたばかりの嘘のひと言の、その大きさにも怖れる、沈黙であったろうか。そこまで……それさえも……この人は……。

「大丈夫。正樹は、間違った事はしない男だ。ただ友人として、少しだけ、一緒に行動しているに過ぎない。いっちゃんだって、君の事、満更でもなさそうに、見えるんだけどなぁ……本当だよ。正しく、表現その時は今にあり、と、想うけどなぁ……後悔しないように、行動だな」

「……」

 私は、上気のぼせてゆく自分を、傍観出来ないほど、懐が騒いだ。嫉妬と焦燥と罪責の流動物が、食道を逆流するように攻めて、満々としてゆく。男の行動力に惹かれる女心に、一歩退いてしまっている自分が、切ない。行動という、大胆にして精緻な、美しき生命体の息吹きを、行動派の父子おやこに見ている、私であった。ここにも、違う世界が存在しているのだ。異文化体験のような、新しい衝撃波を覚えずにはいられない……

 湘南鎌倉は、Mr. ACTIVEの街である。少し、寂しい。華美なるを排した、シンプルな愛の、寂しさが、漂っている。みんな、よく知っている。その光が、こぼれて、消えつつある。その風が、濡れて、止まりつつある……。私は、言葉ではない言葉、言葉以上の言葉、言葉の中の言葉を、聞いたような気がしている。伝わり来るものは、言葉だけではない、言葉の中の音、音の中の言葉を、聞いたような気がしている。言葉のような、音だった。音のような、言葉だった。そんな、Mr. ACTIVEが奏でる音楽と、語る言葉だった。

 立場に関係なく、それぞれが求め、求められ、それぞれが期待し、期待されるものは、時として巡り逢い、あっという間に融け合う事もある。その価値観の一致に眠る、不出の想いさえ、うべなっている。知らぬ顔をしているようで、ともすれば一片の……滅びゆく、同じ時間の影に泣く、心模様を知っている。今、鎌倉を包んでいる、消えそうな、光。止まりそうな、風。そして雨は、さきがけたる、韜晦とうかいの責を終え、上がったのだろう。洗われた想いは、たったひとつだけである。たとえ嘘があったとしても、言えない想いの中にある、本当が。それぞれに、みな違えど、前を向いている。私は、勇気を知らなければいけないと、体が透き通るような、爽やかな感覚を吞み下していた。見つけてしまった限界を、こんなにも身近な、みんなの姿に励まされ、超えてゆけるはず……

 人は、前を向く、麗しい時代も過ぎ、やがて、失いもする。私は、それを早く知ったのだ。そんな後ろ向く時代の、早過ぎる到来が、若さ故の抵抗に苦悩し、殊更、沈黙に走った。マスターのように、何かと出逢い、多くのものを見つけ、作り上げてゆきたい。されば、たとえ時の流れと共に、その大切な何かが、滅んでしまっても、去ってしまっても、人のさがたらしめる、前を向く夢を見るという、純朴な回想にも、たどり着けるだろう。ある意味、早熟な挫折を見つけた私は、マスターの老熟たると響き合い、契ったのだ。失いしもの、忘れ難し……それは躊躇ためらいなく、この仲間達のアイデンティティたり得るだろう。


 見つけてしまった答えの言い訳の、沈黙に、今も泣きそうな、私だった。もうこれ以上、何かを言われてしまったら、きっと、泣くだろう。しあわせを知らない心を、想いやる、メロディーの言葉、言葉のメロディーに、海の懐へ、沈んでゆくような心地が……初々しいその旋律と、透明なその箴言しんげんと、さっぱりとして来たようで、にもせよジェラシーへ引き戻される、私との間隔を、相互にゆき来していたに、違いない。その密度に、希望と不安にとまどう涙という、答えを、見つけた……。何かが、ある。何かを、見つけるだろう。遅くは、ない。

 ……そうして、時間は過ぎていった。依津子さんと正樹君は、まだ、帰らない。どこまで行ったのだろう……もうだいぶ、時間が経っている。ちょっと格好悪い気もしたが、私は、マスターに、先に失礼する旨を伝え、ありがとうと、今後もよろしくを遺して、店を出た。マスターは、無言の笑顔でうなずいて、送ってくれた。帰宅するべく、表駅へ戻る人波に投じた私に、私だけなく悉くに、再び、細かい雨が降って来た。鎌倉の梅雨も、私のように、気まぐれなのだ……そして、こんな事を考えていた……私に、間違いがあるとすれば……間違っていたと、決めつけた事……積もっていった、ちょっとしたボタンのかけ違い程度の事という、想い……。

 それにしても、今日も雨の日。そういえば……今日は、月曜日だった。

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