その想い
その想いを携えたまま、五十分が過ぎた。私は、出来るだけ明るくふる舞って、桜井さんと別れたのち、彼女も提案する所の、この談話室を初めて訪れ、たまたま他の利用者のいない、がらんとしたカジュアルな休憩室で、ひとり座ってお茶を飲んでいた。
今日のカウンセリングの内容には、
どこか、こう、ある種の虚脱感があった。
不意に、ドアが
「ハァ……」
女性の……やっと
なぜなら、忘れそうで消えがての、今も
以来はっきりと、言葉で括れるまでに、私へ主張していたのであった。照れの回答を、目の前に見ていた。
「こんにちは……」
晴れやかに挨拶する、この
「こんにちは、初めまして……」
私は、抑えつつ、初対面ではない、二回目のやり取りを、期待するだけであった。再びの流れは、胸の響きにしても同様で、
ただ、初恋の
「今日は、もう終わったんですか? 私も、今、出て来た所です。あっ、初めまして、高見イツコと申します。どうぞよろしく! 」
「わ、私、吉村
歯切れが、全然違った。それにしても、イツコなる字はどう書くのか、聞いてみたいのだが……
正直、私は、まごついている。彼女の顔を見たい気持ちは山々、しかし今の所、前のめってゆきそうだった想いが、この目前という現実に、あの、その、積年の縛りがはたと……現れて、敗走へと
私の想いは、時に、日向に、時に、沈黙という習癖の陰に、寄る
やはり、この人も、同年代の女性の、若かりし
「あの……想うんですけど」
ショップの店長さんかも知れなかった。
「ええ……」
「私ね、この談話室にも、ドリンクの自動販売機があればいいなあって……」
「フフ、そうですね」
私はすぐ
「これ、
「ええっ?! 何か、催促したみたい……」
「喉、渇いてらっしゃるでしよ? こんなので申し訳ないですけど」
「ええぇ……ごめんなさい、そういうつもりではなかったんですけど……」
「どうぞ! 」
「初めてお目にかかったのに……すみません、本当に……」
「いえいえ」
「では、いただきます、ありがとうございます」
店長さんの笑顔では、なかった。その声でも、なかった。ただ、私は、
「……」
私は、
「ハァ……おいしぃ……ごちそう様でした!」
ひと口、飲んで、目を合わせて、私に礼を言った。私達は、そのままの顔で、今日のカウンセリングのそのままを、
女性にしては……いい飲みっぷりのイツコさんであった。私は、微笑ましく眺めていたが、カウンセリングにも馴れ、望ましい方向に変化しているのだろうと、推し量った。裏駅ナカの看板娘の、気取りのなさが水々しく映っていた。職業上の表向く顔と、差異はないのだが……。
「あの……私は今日で四回目なんですけど、ヨシムラさんは、どのくらい受けているんですか?」
「二回目です」
「へぇ、じゃあ、馴れて来たでしょ? こんな感じかな? って」
「うん、そうですね。カウンセラーの桜井さんはご存じですか?」
「はい、お顔は知ってます」
「そのお話に、いちいち頷けますよね。私が想っていた事と、大体、同じような事をおっしゃるんだけど、やっぱり、誰もが一致する意見を、容れるべきなのかなあというか、改めて、知らされましたね」
「私もそうです! きっかけというか、弾みが欲しいですよね。だから、出来るだけ積極的に、集めてます」
「へえぇ……私も、そうしたいんですがね……」
「それで、ここへ来てるんですから」
「まあ、そうですけど……フフ、一歩には、違いないかなぁ……」
「そうですよ! 自分なりに、動けばいいと想う」
「ありがとうございます。高見さんも、あまり気張らずに、活動して下さいね」
「どうもありがとう……」
私の、孤独たる饒舌ぶりであったろうか、それを知って、もう、久しい。こんな、人恋しさが噴出したような、一気の開示を繰り展げてしまう少年に、今の自分がブレーキをかけて来た、時の長さを、イツコさんは理解してくれそうな、いや、くれているという確信に近い、そんな人恋しさが、私を満たしてゆくのであった。やはり、心のパートナーなる、理解者の足音が、すぐ隣りに感じられる。それこそが、私が、そして彼女が、この施設にかかわる人達悉くが、求めている所の力であると信じて、疑うべくもない地点に、私は到達しているのだと想った。このNPOの存在そのものが、私にとっての求心力たり得たのだ。そしてそれは、きっと、私の目の前で息づく、イツコさんも、等しくあって欲しいと、願わずにはいられなかった。縁というものを、意識していた。
「ねえ、ヨシムラさん、今日のご予定は?」
「帰るだけですね」
「そう……よかったら、雨模様だけど……この辺りを散歩しません?」
「ええ……いいですよ」
この、さりげなさが……さりげない言葉のひと繋がりが……私に、熱を灯した。私の中の導火線は、ひとりであるが故に、きわめて短い事を知悉している私である。故に、意識的に、孤立を深めた側面がある。私の中の少年と、今の私の距離感は、実は、ある部分において、非常に密接な関係を結び得る、可能性が高度である事を、知っていたのだ。その、現実的な方途をも、本当は……私がわかっていた、長年、知らんぷりを決め込んでいた事なのであった。ただ、その、さりげなさが……さりげない言葉のひと繋がりを以て、それを表現するという、伝えるという行動が、私にはなかった、私にはないものであった。こんなにも
そして、想いがけない、初恋の
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