たまさかの……
ある日、私は江ノ電に揺られていた。
鎌倉行きの車内には、今日は傘を持つ人の姿はない。物柔らかな陽が、六月に入った
ホームへ
裏駅前の、小ぢんまりとした街頭空間にも、やはり、
エレベーター横の案内表示板には、最上階の三階に、《NPO特定非営利活動法人 鎌倉こころのパートナー》とある。私は、ウェブサイト上の掲載事項、それを具現化している場所を、事実確認するに至った。
私は、メンタル面のカウンセリングを受けてみたかった……。出来れば、人知れず、実際に心理カウンセラーの方との対面によって、私に巣食うコンプレックスを吐露し、ゆき先を
法人というからには、所轄庁への活動報告、情報開示義務も、高度にオープンなものを求められるはずで、そのプログラムも多く、社会的公益性に
今日は、江ノ電を使って裏駅へ来たので、いつものスーパーには立ち寄らず、再び駅へ戻った。改札を入り、駅ナカの、かつての江ノ電名店街をリニューアルした、鎌倉名物勢揃いのショップを覗いてみた。本日もなかなかの熱気だ。懐かしの、シンプルな食べもののお土産店も幾つかあり、グッズも豊富に並び、小規模ながら、コンビニも併設されている。鎌倉のお土産は、ここで一通り買う事が出来る。
私はその中の、鎌倉といえば昔からこれ、鳥のかたちをした焼き菓子で有名な、老舗和菓子店の
「ありがとうございます!」
元気で丁寧な声が、私へ向けられるや、その感謝の表情の和らぎが、さっきから目線を落としていた、私の
ああぁぁっ……
私の、届かない心の声が、自分自身の中を駆け巡ってゆく……。そうするしかない、縛られ閉じ込められた、それにしても緩やかな驚きが、私を席巻するまで一瞬だった。真っ白なカッターシャツを、店舗名の意匠商標が胸に入った、濃紺のエプロンで包み、声すら失わせた、意外なその人の優しい囁きが、何かを救うかのように響いたのは、私の妄想に過ぎなかったのだろうか。お菓子を袋に入れる手元を、ただ祈るばかりの時間を、供された心地に
高見さんの、あのお嬢さんが、目の前にいた……。
彼女は、私の様子を
「ありがとうございました!」
初めて、目が合った。私も、別段、硬くなる訳でもなく、凝視する訳でもなく、自然に生まれた笑顔で応え、
「すみません、ありがとうございます……」
たどたどしからず、滑らかに言葉が纏まった自分にも、
梅雨入り間近の街への
……その日の夜になってから、私は、例の、ウェブの申し込みフォームを開いた。壁かけ間接照明の
それでも、私という人間は、私というひとりだけである。高見さんにも、それを知ってもらうには……。
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