悪の元令嬢

さきくさゆり

第1話

「すまん……お前との婚約は……白紙になることになった……」


 そう言って目を伏せたのは私の婚約者……いえ元婚約者なのかしら……のセルリアン。


「いえ、謝らなくていいのよ。なるだろうなぁとは思っていたし」


 どうでもいいけど。


「聞いてもいいか?」

「何をかしら?」

「なぜこんなことを?」


 セルリアンは目を伏せたまま私に聞いてきた。


「こんなこととは?」

「あの令嬢を虐めたことだ」


 ああ、そのこと。


「だって気に食わなかったし」

「やっぱりか!だと思ったよ!」


 なんだ、わかっていたのなら聞かなくてもいいじゃない。


「…………一応事実確認していいか?」

「あら聞きたい?まず適当な根拠の無い噂をばら撒く。この時のポイントは出来るだけ本当にありそうなことを誇張して話すことね」

「せめて本当にあったことを話してくれよ…………」

「だってあの子の汚点なんて私達からしたら平民出の礼儀知らずって事しかないんだもの。つまんない」


 ホントなんなのかしら。

 それだって貴族からしたらってだけで、人間としてはむしろ聖人君子かって感じだし。


「だからって俺含め六股して堕胎までしたことがあるなんて噂を何故流す?!」

「え、そんなことになってたの?!ウケるぅ!」

「ウケるな!!」


 流石はご令嬢方。

 私がただ、


「あの子が宰相の息子と夜遅くに一緒に帰っているのを見たわ」


 って何人かに言っただけなのに。

 まあ『宰相の息子』の部分は変えて、何人か別の人にも言ったからなのかしらね。


「じゃあ次だ。君はあの子の持ち物をズタボロにしたり、母親の形見のネックレスを壊したりした。事実か?」

「もちろんっ!」

「嬉しそうにするな!!しかも管理人達を脅したり買収したりしたな?!」

「世の中の大抵の人間は弱みとお金で操れるわ」

「ドヤ顔をはっ倒したい……。次だ。お前あの子のことを階段から突き落としたらしいな」

「あらなんでそこだけ曖昧なのかしら」

「…………証拠がない。だがあの子がそう言っている。落ちる時に君を見たと」

「あら見られてたの」

「認めるのか?」

「ええ。それにしてもよく生きてたわよね。何あの子本当に人間?」

「全身に痣ができているんだぞ」

「痣くらい私もあるわよ。この間家庭教師にお尻叩かれたの。見る?」

「見ない」


 セルリアンのイライラした顔は嫌いじゃないんだけど、もう少し心配してくれてもいいと思うのだけれど。

 これでも結構傷だらけなのよね。

 剣の教師とかホント遠慮ないのよね。

 最近の内容は不意打ち。

 時間と同時にどこにいようが何をしていようがお構いなしにとんでもないところから襲い掛かってくる。

 まあどうでもいいけど。


「あ、そういえば婚約が無くなったってことは花嫁修業は無くなるのよね」

「…………」

「何黙ってるのよ」

「…………なくなりはする」


 …………。


「無くなりはする?とはどういう意味かしら?」

「えーと……だな……」



 なんてことかしら。

 あの男爵令嬢は実は赤ん坊の頃に攫われて行方不明になっていた王様の娘だったそうです。

 証拠は背中にある六芒星の痣だそうで。


 そしてそんな人を虐め、更に殺しかけた私は…………。



「まあ捕まるわよね」


 あの後、セルリアンが私を連れて行ったのは刑務所。

 元婚約者としての責任とかなんとか言ってましたけどまあそんなことはどうでもいいわね。

 それより問題はどうやって脱獄するかよね。

 けどセルリアンも流石と言わざるをえないわ。

 逃げられないように両手足に重石付きの枷を取り付けさせてたから。


 まあ外せるけど。


 まず手首の骨を外してっと……その後こうして……ああして…………よし外せた。


 さて。

 甘っちょろい元婚約者のことはもう忘れてさっさと脱獄しましょう。


 外した関節を嵌めつつ周りを見渡す。

 あら、不用心なことに壁に格子付きの窓があるわ。

 少し高いけど……壁の隙間に指を入れて登れば……よし。


 んー少し狭いわね。

 頭がつっかえそうだしやめましょう。


 一度降りてもう一度見渡す。


 はぁ……。

 しょうがないわね。


 私は口に手を突っ込んだ。


「おええぇぇぇえ………」


 カランッという音ともに私の口から出てきたのは小さく黒くて細い針金。

 この便利な針金は面白い性質をしているの。

 酸で濡れてる時は柔らかいのだが乾くと固まる。

 つまり胃酸で柔らかくなっている内に形を整えて乾かせば……。


「簡単に錠開け道具の出来上がり」


 ただ、一度出しちゃうと戻すの大変だからあんまり使いたくないのよねー。

 けど色々と隠していた物は全部セルリアンの指示で取り上げられちゃったからなー。

 まいーわ。


 さてと…………。


 私は鍵を開けてさっさと牢屋から退散した。



 *****



「逃げられた?!しかも錠を開けて?!体内に隠していた道具は全て取り上げたはずだろ?!」

「そのはずですが…………」


 セルリアンの指示で女性でしか見れないような場所に隠してあった道具は勿論取り上げた。

 勿論髪留めも。

 隠し刃のついた髪留めはどこで作ったというのか……。

 にも関わらず錠を開けたということは、つまりどこかに隠してあったというわけだ。


「とにかくなんとか探せ!エラを自由にした場合本当に何するか分かったもんじゃない!今のエラは……エラは…………」


 同じ人間じゃない。



 *****



「ふぅ〜……疲れたわ〜」


 脱獄して一時間。

 私は空き家に逃げ込んで一息をついた。


 さてさて。

 これからどうしたものかしら……。


 とりあえず隣国に逃げることを当面の目標として……。

 あ、そこまでの道中も考えないと行けないわね。

 うん、なかなか楽しくなってきたじゃない?


 私は空き家にあった紅茶を淹れながらホッと息をこぼした。

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