第34話 繁殖スライムー3

 冒険者組合に着くや否や、俺はすぐさまウェイトレスを呼びリンゴ酒を頼む。

 そして受付へと今日の報告に行く。


「お帰りなさい、どうでしたか? こんな遅くまで時間がかかるとは思わなかったんですが……」

「いや、それがな……残念なことに街道の外れに繁殖スライムの巣があってな――」

「え! 巣があったんですか?」

「ああ……」


 もちろん嘘だ――むしろ巣を作ったと言った方が正しい。


「まぁ、あと二日……いや三日あれば全部駆除できるよ」

「なるほど、わかりました。それにしても巣を発見するなんて凄いです! さすが勇者様ですね」

「ああ、ところでカードを――」

「あ、はい。承ります」


 カードを差し出すとそれを受付嬢が受け取り水晶に入れる。

 カタカタと音がした後、討伐数を見た受付嬢の顔が驚きに変わる。


「すごい数がいたんですね、それにまだいるなんて……これは一大事ですね」

「まぁ大丈夫だよ、人に危害を加える事もないだろうし……」

「そうですね、たまに合体して大きくなりますけど滅多にそんな事起きませんし……」

「なにそれ怖い」


 俺は知らなかった情報を耳にして少し驚く。

 まぁ後でモンスター図鑑をもう一度見直せばいいだろうと思いつつ報酬の話に切り替える。


「報酬は――」

「ええ、少し多めに渡しますね。百十匹……十一金貨ですね。巣も発見しているので十三金貨をお渡しします」


 そう言うと受付嬢は十三枚の金貨を受付に置く。

 俺は枚数を一応確認し、小袋に入れる。


「明日もよろしくお願いします」

「ああ、わかってる」


 俺はそう言い残し、適当なテーブルを探す。

 すると隅のテーブルでガストと数人の男が何やら神妙な面持ちでテーブルに向かい合っている。

 少し興味が沸いた俺はそこへ向かう。

 

「よぉ、ガスト。そんな顔してどうしたんだ? 何か悩み事か?」


 俺の言葉に顔だけこちらに向け、ガストが答える。


「ああ、兄ちゃんか、ちょっとな……」

「どうしたんだよ? 元気がないじゃないか」

「お前には関係ないさ、ハハッ」


 こんなガストは初めてだ。笑い声にも全く覇気がない――

 俺はそれ以上、何も言えず社交辞令的な言葉で締めくくる。


「何かあったら言えよ、手を貸すからな?」

「ああ、すまねぇな……ハハッ」


 ガストと同じテーブルを囲んでいる男達も暗い表情だ。

 知り合いの冒険者でも亡くしたんだろうか?

 そんな事を考えながら空いているテーブルに座り、ウェイトレスがリンゴ酒を持ってくるのを待つ。

 少し経つと、上からまーちゃんとフェリスが下りてくる。


「ちょっと! 今日はどこに行ってたのよ!」

「ちょっとな……」


 俺はガストと同じ反応をしてしまう。


「ちょっとじゃわからないわよ!」

「あ、ああ……簡単なクエストをこなしてたんだ」

「ふーん」

「ゆーくんがんばり屋さんなのん」


 俺の横に座るフェリスを撫でつつ、対面に座ったまーちゃんに今日何をしていたのか聞いてみる。


「お前こそ何してたんだ?」

「特に何も――そうね、街をぶらぶらしてたわ、武器とか見たり服とか……」

「なるほど、散策か。明日も俺は簡単なクエストをこなさないといけないからフェリスの事を頼むよ」

「仕方ないわね! お金は置いていきなさいよ」

「ああ、わかってるよ。でもあんまり使いすぎるなよ?」

「わかってるわよ」

「そういえば、リスティ達、今日は来てないのか?」

「今日は見てないわね」

「そっか――」


 むしろ来られても困る。どうせクエストにいきましょう! とか言ってややこしいクエストを受けかねないからだ。

 ウェイトレスがリンゴ酒を持ってくる。

 俺はそれをすぐさま口に運ぶ。

 一日中肉体労働をした後だ、その一口は言葉に表せない程美味かった。

 もし言葉にするなら――そう、まるで体中に木の根が張り巡らせるようにリンゴ酒が染みわたっていく感覚に襲われる。


「ぷはぁ」


 口を離すと無意識に言葉が漏れる。

 それを見ていたまーちゃんからゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてくる。

 そしてすぐさまウェイトレスを捕まえて俺と同じくリンゴ酒を頼んでいた。

 そんなに美味そうに見えたのだろうか――

 俺達は晩飯もついでに食べる事にし、その後は風呂にも入った。

 風呂に入ってる途中、俺は疲れのためか湯船で少し寝てしまっていた。

 風呂を上がり、リンゴ酒を一杯――これもまた美味い……。

 そしていつも通りフェリスと一緒に寝る。

 俺は疲れのためかすぐに寝てしまう。




 次の日、まだ続いている俺のクエスト――繁殖スライム討伐を遂行しに、目的地へと向かう。

 前日に蓋をしてあったため、溢れでてはいないようだ。

 俺は木の根元まで行き、蓋――大きい板を見つめる。

 繁殖スライムが繁殖できる場所を求めてカタカタと動いている。

 しかし上に乗せられた石がそれを許さない。

 俺は石をどかし、大きい板をずらす。

 当然、繁殖スライムが出口を求めてポコポコと繁殖しながら出てくる。

 すぐさまスコップで突き刺す。当然少量の魔力を込めて……。

 ある程度溢れた繁殖スライムを倒した後は大きい板をどけ、お椀型の穴にいる繁殖スライムも倒していく。

 そして中央の縦一直線の穴にもいる数匹を倒し、昨日と同じく食料を投げ込む。

 昼飯を食べつつ俺は空を眺める。

 平和だ――

 そんな事を思いつつ繁殖スライムが増えるのをただひたすらに待つ。

 そして増えたら倒し、また食料を投げ込むを数度繰り返す……。




 夕方になり、そろそろ帰るか……と思い、最後の食料を投げ込み蓋を閉める。

 この「永久機関」も使い過ぎれば怪しまれる。

 明日で最後になるだろうと思いながら繁殖スライムに感謝しつつ宿への帰路につく。

 その帰り道、俺は勇者カードの繁殖スライム討伐数を見る。

 昨日の百十匹を差し引いても今日だけで二百匹は倒している。

 当初の予定の三百匹を上回っていることに俺は満足していた。




 宿に帰り、俺はまたすぐにリンゴ酒を頼む。

 隅を見れば昨日と同じく男達が暗い顔をしている。大切な人を亡くしたのか……それとも別な何かだろうか?

 その集団を横目に受付嬢に勇者カードを渡し、クエスト報告をする。


「今日もいっぱい倒しましたね、二百匹とは……」

「ああ、明日でケリがつきそうだ」

「相当でかい巣だったんですね」

「まぁな……」


 そんな事を言いつつ今日の報酬を受け取る。

 そして昨日のようにテーブルにつきリンゴ酒を飲む。

 ふぅとため息をつきつつ、まーちゃんとフェリスが下りてくるのを待つ。

 今日の晩飯を考えていると、まーちゃん達が下りて来たので今日何してたのかを聞いてみる。


「今日はねぇ……本屋に行ったわ!」

「ああ、ちびっ子店主なっちゃんか――」

「そうなのん! なっちゃんと話してたのん」

「私も友達になったわ!」

「頭の年齢同じくらいだもんな」

「そうね……同じ――なわけないでしょ! 馬鹿じゃないの!」

「それより晩飯頼もうか」

「なにするん?」

「コカ唐揚げ定食かな」

「ちょっと! 私の話聞きなさいよ!」


 俺はまーちゃんを無視してウェイトレスを呼び、晩飯を注文した。

 晩飯を食い終わり、風呂で汗を流す。

 その後はいつも通りリンゴジュースを飲み自室へ――の予定だったのだが、風呂から上がると何やら受付が騒がしい。

 一体何だろうか? 俺はリンゴジュースを片手に聞き耳を立てる。


「街道で、でっかいスライムが発生したらしいぜ」

「ほー、POPしたのか? それとも元いたスライムが合体したとか?」

「繁殖スライムの巣が近くにあったらしいから、そこのスライムが合体したんじゃないか?」


 俺は心の中で慌てる――

 完全に「永久機関」のせいで繁殖スライムが合体したのは明白だ……。

 俺は受付嬢の方まで歩く。


「ゆ、勇者様――丁度いいところに……」

「少し話は聞いた。どうやら繁殖スライムが合体したようだな」

「そうなんですよ、明日出向いて退治してほしいんです。できるだけ早く――」

「わかった。明日行くよ」

「あ、ありがとうございます」


 受付嬢の嬉々とした顔に俺は罪悪感を感じつつ、合体した繁殖スライムを退治する事を決意した。

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