第35話 繁殖スライム―4

 次の日、俺は合体した繁殖スライム討伐のためスコップ片手に食堂へと降りる。

 なにやら食堂からこっちに手を振っている人影が見えたので確かめるとリスティだった。


「おう、どうしたんだリスティ。こんな朝早くから……」

「さっき受付の人から聞きましたよ! 合体した繁殖スライムを討伐しに行くんですよね」

「あ……ああ、その通りだ」

「私達も行きます!」


 嬉々とした顔をするリスティの後ろを見ると、若干嫌そうな顔をしているクリスがいた。


「一人で十分なんだが……」

「いえ、お供します!」


 決心は固そうだ――


「クリスはいいのか? 暇じゃないだろ」

「私はリスティが行くなら行きますよ」

「ふむぅ……」


 仕方ない、そう思いながら渋々受付に「いってきます」と挨拶をする。

 当然「がんばってくださいね」と返事が返ってくる。

 一人でいいのに三人とか……ややこしい事にならないといいが……。

 そんな事を思っていると上からも声がかかる。


「私達も行くわよ! 暇だしね!」

「行くのん! 巨大スライム狩りなのん」


 ややこしい二人まで来た……。


「本当に一人でいいんだよ? そんなみんなが来る程の相手でもないんで……」

「なんか怪しい」


 まーちゃんは普段は間抜けなのだが、何故かこういう時だけ妙に鋭い。


「何のことかわからんな……ハハッ」

「ゆーくん何か隠してるのん」


 フェリスのトドメの一撃に仕方なく、この二人も連れていくことにする。




 街を出て、俺が仕込んだ「永久機関」のある街道を少し外れた木の陰まで行く。

 ばれないように少し離れたところから横目で蓋を見るが、当然開かれており繁殖スライムが合体したのは俺のせいだろう……。

 周囲を見回す――いた。遠目でもわかる大きさのスライムがウネウネしている。

 俺はすぐさま聖剣を抜きその合体したスライムへと駆けていく。

 そして一撃を浴びせるが、思ったよりも切れた感覚が手に伝わらない。

 柔らかいからか? そんな事をおもいつつもう二、三撃切りつける。

 どうやら切られたところは即座に修復しているらしい――厄介な特性をつけたものだ。


「何やってんの! 私が燃やすわ! <火球ファイヤーボール>!」


 まーちゃんの杖から中々にでかい火の球が放たれ、合体スライムを包み込む。

 効果は抜群なようで見る見るうちに小さくなっていく。

 そして元の小さい球体程になったスライムを俺は魔力を込めた聖剣で突き刺す。

 これで討伐は完了だ。

 辺りを見回しても、もう合体スライムはいない――どうやら一匹だけのようだ。


「それじゃ帰るか!」

「ちょっと待ってください」


 異論を唱えたのはクリスだ――俺が作った穴の所に座り込み何か考え込んでいる。

 …………まずい、非常にまずい。俺がした事がばれてしまう。


「どうしたんですか? クリス」

「この穴……人工的に作られています。もしかしたら今回の合体スライムの原因はこれでは?」

「そんな、誰がそんなひどい事を!」


 はい、俺です――


「おい、お前。なぜスコップを持っている?」


 クリスの鋭い眼光が俺の背中にあるスコップを捉える。


「これは、その――何て言いますか……」

「ゆーくん、まさか……いや、あり得る!」

「さすがゆーくんなのん! ド外道なのん!」


 フェリス、それはフォローになっていない……。

 俺はまーちゃんとフェリスの熱意のある眼差し、そして「そんな事ありませんよね?」的な眼差しを送るリスティ、その横にはもう何もかもお見通しのような面構えのクリスに俺は心が折れる音がする。

 渋々俺はここ二日の事をこの四人に話す事にした――




「クズですね」

「ゆーくん、嘘ですよね」

「笑っちゃうわ、でもいい案じゃない。もっと早く言ってよね! 私もそれで金貨いっぱい手に入れる!」

「ゆーくんさすがなのん! まさにド外道!」


 フェリスとまーちゃんは感心しているが残りのリスティとクリスは軽蔑の眼差しを俺に向けてくる。


「はぁ……本当にお前は……とにかく穴を埋めろ」

「はい」


 俺はクリスの指示で穴を一生懸命に埋める。

 その間四人は木陰で座り込み雑談をしていた。

 唯一フェリスは蝶々を追っている。




 小一時間程たち、ようやく穴を埋め終え、足で踏みならす。


「これでいいだろ?」

「冒険者組合にも報告するからな、これは不正だ」

「なら俺もリスティが王女だとみんなにばらすからな?」

「な……貴様! 私を脅す気か?」

「ああ、脅すね!」

「くっ――だが自分の勇者カードを見ろ」

「あん?」


 俺はすぐさま自分の勇者カードを見る。

 何も変わりはない……あれ? 称号に「繁殖スライムの繁殖者」と「合体スライム創造者」が追加されているではないか――

 昨日までこんな称号はなかったのになぜ……まぁスライドさせて表示させないまま受付嬢に渡せば誤魔化せるだろうとたかを括る。


「お前のその称号は一生消えないぞ? ふふふ――」

「一生……か。まぁ関係ないな」

「こいつ、どこまで下種なんだ!」


 激昂しているクリスを横からリスティがなだめる。


「まぁまぁクリス、この方はかの「王の剣」、少しくらい大目に見ましょう」

「ですが、こんな下種が我が国の切り札などと……」

「切り札になったつもりはないよ?」

「え? で、ですが……」

「前にも言っただろ? 俺はのんびりと生きたいんだ。これ以上迷惑事は御免なんだよ」


 リスティが目に涙を浮かべているが関係ない。

 というよりなぜクリスにまで「王の剣」とばれているんだ? クリスはリスティの従者もしくは騎士的な立ち位置だろうから話したのだろうか……。

 そんな事より、ここはきちんと言っておくべきだろう。


「俺はただ、のんびりと楽に暮らしたい。前回街を救ったのは仕方なくだ」


 そう、俺の持っている聖剣……そしてまーちゃんの聖剣並みの杖、あとは貴重なペンダントを狙ったトレジャー・キーパーを討伐したのは仕方なくなのだ……。


「で、ですが……「神話級」の勇者なんて世間では――」

「世間ではどうか知らんが俺は国の行き先、ついては世界の在り様には興味ない……」

「ふむ、それはありがたいな。貴様みたいな人間に国の行き先は任せられん!」


 クリスが鉄板のような胸を張り言ってくる。


「小さいな……」

「なに?」


 俺はボソリと呟いたつもりがどうやら聞こえたようで、クリスの顔が鬼の形相に変わる。


「すまん」

「貴様と言うやつは……」

「クリス、よしましょう。ゆーくんにも色々な考えがあるのです。それに国が危機にさらされた時、きっとこの方はまた「王の剣」になってくれます」


 リスティが手を胸元で組み、英雄を見るような眼差しで俺を見てくる。

 悪くはない……が、少し罪悪感が湧いてくる。

 結局のところトレジャー・キーパーも俺達の武器を狙ってきたのだから、俺達がどうにかするのが当然であり国を救ったとは思っていないのだ。

 俺はその罪悪感にいたたまれなくなり、話を変える。


「討伐も終わったし、穴も埋めた。帰ろうか」

「帰るのん、お腹減ったのん」

「帰って飲みましょう」


 まーちゃんとフェリスは帰って早く昼食を食べたいらしい。


「そうですね、これで街道で馬車が襲われる事も、繁殖スライムによって馬車の車輪も潰れる事もありませんし一件落着ですね」

「合体スライムはこの男のせいですがね」


 クリスからトゲのある言動が飛んでくる。

 それを聞きながら、背中にスコップを装着し冒険者ギルドへの帰路につく。




「あっ、戻られましたね。どうでしたか?」

「ああ、楽勝だったよ。それにしても……でかかった」

「なるほど、相当数が合体したみたいですね」

「一応討伐はしといたからよろしく」


 そう言うと俺は勇者カードを差し出す。

 もちろん称号欄はスライドさせて空に見せかけている。

 それを受付嬢が「拝借します」と言い水晶に入れる。


「あれ、変な称号がついていますね」

「え?」


 スライドさせたからばれないんじゃ――


「あの……この称号は初めて見ますがどういう事なんでしょうか」

「ええと……その……そう! 昨日巣の近くで弁当を食べてな」


 名案が浮かび、自然と顎に手をやる。


「それの食い残しを片づけ忘れてて、恐らくやつらはそれを栄養源に増えて合体したんだと思う」

「なるほど、ですと今回の件は勇者様のミス……と?」

「う……そ、そうなるな。あまり責めないでほしい」

「大丈夫ですよ、報酬はちゃんと出ます。それにしてもちゃんと気をつけてくださいね」

「ああ、すまん」

「報酬の十五金貨です」


 言いながら勇者カードと金貨が受付に置かれる。

 金貨を確認しながら、テーブルの端にいまだに暗い顔を並べて座っている連中の事を受付嬢に聞く。


「なぁ……あそこのテーブル、数日間あんな状態だけど――誰か死んだの?」

「いえ、それが……私達にもわからないんです。本当にどうしたんでしょうね」

「そっか、今回の繁殖スライムはこれで終わりでいいんだよな?」

「はい、おめでとうございます。繁殖スライム討伐は完了しました。こちらも助かりました」

「そうか、ありがとう」


 俺は受付から離れ、やはり気になる暗く沈んだテーブルの方へ足を進める。

 まーちゃん達は目をやると、すでにテーブルにつき昼食の注文をしているようだった。


「おい、ガスト。どうしたんだよ?」

「ああ、兄ちゃんか……お前には関係ないよ」

「そう言って、もう何日経つんだよ。いい加減飯が不味くなる。理由を教えろ」

「…………」

「意地でも言わない気か……それならスカーレット辺りにでも聞くかな」

「わ、わかった。話す、だからスカーレットには……」


 ふぅと暗く重いため息をガストが吐く。

 俺はその重い空気にゴクリと唾を飲みこむ。


「サキュバスがな……やっちまったんだ」

「サキュ……バス?」


 俺はモンスターの名前に少し期待しつつ耳を傾ける。

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