第33話 繁殖スライム-2

 俺は繁殖スライムを討伐するための……いや、もっと有効活用するための道具を探して街をぶらつく。

 まだ朝も早いため、店先で準備中の店員達に挨拶交じりに欲しいものがどこにあるかを聞く。

 まずはスコップを買い、それを背中に背負う。

 次に大きな板を買い、それもスコップの上からロープを使い背中に背負う。

 準備は万端だ……さぁ! 繁殖スライムよ、待っていろ――




 門番に通行所を見せ、そのまま道沿いに小一時間程歩く。

 すると灰色のゼリー状の物体を発見する。

 俺はモンスター図鑑を鞄から取り出し、繁殖スライムのページを探す。

 あった――そしてそこに描かれている絵も間違いなく一致している。

 周囲をクルリと見渡す……ざっと見た感じ所々に灰色の物体がいる。

 確かに街路にいなければ特に問題は無いが、栄養を探し彷徨うという事はここを通りがかる荷馬車に興味を示し街路にやってくるという事だろう――

 数匹の繁殖スライムがすでに街路で車輪が割れた荷馬車の周辺に集まっている。

 ふぅむと俺は顎に手をあてて考える……。

 数分した後、背中に背負っていたスコップを右手に持つ。


「このスコップで倒せないのかな……」


 俺は繁殖スライムに近づき、スコップを力任せに刺してみる。

 刺した部分がプルンとへこみ、スコップを押し戻す。

 次は――軽い技を使ってみる。

 スコップに魔力を少しだけ込め突き刺す。

 すると繁殖スライムが「キュウ」と可愛い鳴き声と共に四散する。

 思ったよりも弱かった――そして鳴き声がかわいい……。

 一匹くらい持って帰ってペットとして飼おうかと少し思惑する。

 だが街にモンスターを連れて帰れるわけもなく……。

 俺はふぅとため息をつき、次の繁殖スライムへと足を進める。




 一匹、また一匹と可愛い鳴き声を聞きながら、繁殖スライムを討伐していく。

 勇者カードを確認してみるが、ちゃんと討伐できているようだ。

 今回のスライムは分散したら、その分散した破片が意識を持ち増える――という意地悪な特性は無いようだ。

 もし、その類のスライムなら完全に消滅させるまで燃やさないといけない。

 あらかた繁殖スライムを片づけた俺は一匹だけ残しておく。

 今回の繁殖スライムで三十金貨を稼ぎ出す方法――それを今から行うのだ。


「おー、かわいいでちゅねー」


 俺はそう言いながら残しておいた繁殖スライムを手に取り、街道から外れ草むらまで歩く。

 あまり遠くまで行っても面倒なので、街道からさほど離れておらず街道からは見えないであろう木の裏まで歩いていく。

 木の裏まで来た俺は荷物を一旦木の根元で降ろし、今回のキーマンであるスコップ先生を手に取り地面へと突き刺す。

 スコップの正しい使い方だ。




 三十分程掘り続けた俺は一度穴から外に出て今の完成具合を確認する。

 掘った穴は大体直径二メートル程、深さは足の裏から太腿までが入るくらいの高さのお椀型の穴だ。

 もちろん人を落とすための落とし穴ではない――もし誰かが落ちた所でお椀型なのですぐに出てこれる。

 俺はふぅとため息をつき、木の根元にある鞄からオレンジジュースの入った瓶を取り座りながら飲む。


「あー、美味い……それにしても暑いな、今日も――」


 太陽がまるで地獄の業火の様に降り注ぐ。

 夏もすぐそこまできてる中でのこの作業は骨身にしみる。

 木陰の涼しさに思わず寝てしまいそうになるが、俺はオレンジジュースをもう一口飲み頭を左右に振る。

 当然汗が空中へと散布される。

 鞄から適当な布を取り出し額、そして首元の汗を拭い、首にその布を掛けておく。


「さて、もうちょっとで完成だ。がんばるか!」


 今日は帰ったらキンキンに冷えたリンゴ酒を飲む決意をして、スコップを手に取る。

 こんな暑い中で労働作業をした後の酒は格別に美味いだろう――そんな事を考えながらお椀型に掘った穴の真ん中まで行き、さらに縦一直線に掘る。

 今度は人間がすっぽりと収まるくらいに――いや、更にもうすこし深く掘る事にする。




 一時間程経過し、穴の中から空を仰ぐ。

 当然穴の中からなので木と空しか見えない。

 これくらいでいいだろうと判断し、スコップを外へと投げる。

 そして俺自身は適当に地面を掻いてそこに手や足を入れて地面を上がる。

 地表に上がった俺はふぅとため息をつきながら木の根元まで行き、オレンジジュースを片手にできあがった穴を眺めつつ頷く。

 これなら……と。

 すぐさま辺りを見渡し灰色の金の卵ちゃん――繁殖スライム――を探す。

 それは遠くまでは行っておらず、街道に捨て置かれた荷馬車へと、のそりのそりと進んでいた。

 俺は歩いてその繁殖スライムの所まで行き鷲掴みにする。


「さぁおいで、金の卵ちゃん。今からいっぱいご飯をあげるからね」


 俺は繁殖スライムと共に掘った穴の所まで駆けていく。

 そしてお椀型の穴の中心にある縦一直線に掘った空洞へと繁殖スライムを落とす。


「さぁ俺も飯にするか……」


 朝に食堂で作ってもらった昼食であるコカサンドを地面へと置く。

 五つあるうちの一つを持ち上げ口に運ぶ。

 口の中に入れると、マスタードのピリッとした辛さと共にコカ肉につけられた甘いタレが見事に調和し、疲れた体を揉みほぐされるような感覚になる。

 片手に持ったオレンジジュースを飲むとその甘さとオレンジジュースの甘酸っぱさが見事な調和を生み出す。

 あっという間に一つ食べ終わりもう一つと手を伸ばす。


「ああ、いけない。これは俺の分じゃない」


 俺は手に取ったコカサンドを見ながらそれを穴――繁殖スライムを落とした所――へと放り投げる。

 そして三つ目を手に取り口へと運ぶ。


「美味い、これは軽食にもってこいだな。コカ肉の丸焼きはまだ駄目だが、こういう風に加工されてる物はだいぶ食べられるようになったな……」


 俺は誰に言うでもなく一人で語る。

 三つ目をたいらげた俺はオレンジジュースを飲み、一息つく。

 その間にも穴からはポコポコという音が聞こえてくる。

 恐らく中で繁殖スライムがコカ肉を食べて繁殖しているのだろう……。

 数分したくらいで穴から灰色の丸い物体が数個出てくるのが見える。


「成功だな」


 それは紛れもなく繁殖した繁殖スライムで、今もまだ繁殖し続けている――

 コカサンドは中々に栄養があったらしい。

 俺は自分の作った「永久機関」を眺めつつオレンジジュースを飲む。

 そう、何も全部倒してしまわなくてもこうやって繁殖させてそれを討伐すればいい。

 しかも今回のクエストは誰も受けなかったため報奨金が上乗せされ一匹一銀貨だ。

 すべて駆除すれば三十匹程だったので三金貨程――しかしこの「永久機関」を使えばある程度は勝手に繁殖し、相応の額になるという計画だ。

 この計画はかつての仲間――盗賊職ローグがダンジョン内のモンスターをいちいち倒すのが面倒くさいからという理由でスライムを無理やり増やし、ダンジョン内のモンスターを窒息死させたというデマかもしれない笑い話からきている――

 もしこんな事が世間――主に冒険者組合にばれたら俺は非難されるだろうが、要はばれなければいい――そう、ばれなければ……。

 俺はスコップを片手に少し魔力を込め、繁殖したスライム達を刺していく。

 「キュウ」とかわいらしい鳴き声を聞きながら「一キュウ、一銀貨」と歌いながら刺していく。




 いつのまにか周りが赤く染まり、夕方になっていた。

 繁殖スライムはだいぶ討伐した――はず……。

 途中からは数を数えていなかったため正確な討伐数はわからない。

 俺は勇者カードを見て数を確認する。

 元いた繁殖スライムはだいたい三十匹……カードに書かれた数は百十匹。

 穴を見れば、真ん中の穴からはもう繁殖スライムは出てこない。

 栄養がなくなり、繁殖できないのだろう。

 なかなかに繁殖してくれたな……と思いつつ俺は穴の中に残しておいたコカサンド二切れを放り込む。

 オレンジジュースを一口飲み喉を潤し、ついでとばかりに繁殖スライムの入っている穴にオレンジジュースを流し込む。

 そして持って来ていた大きな板でお椀型の穴を塞ぐ。

 遠くから見ても平らな地面にただ板が置かれているだけに見えるだろう。

 俺は近くの大きな石をいくつか両手で持ち、板の上へと運ぶ。

 大体五つほど置いただろうか……これで明日には繁殖したスライムがこの穴の中で繁殖し、俺の銀貨になる事だろう――上に石を置いたのは溢れて出てこないようにだ。

 まさに完璧な計画というやつだ。

 俺は自分の完璧な計画に酔いしれながら鞄を肩から下げ、スコップ片手に宿へと帰路につく。

 さぁ、帰ったら流した汗の分だけリンゴ酒を飲もう――そう考えると、さっきまでは重たかった足取りも自然と軽くなる。

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