第32話 繁殖スライム-1
次の日、いつもより早く起きた俺はフェリスを起こさないようにそっとベッドから降りる。
そして下の階へ……ソロリと忍び足で歩く。
食堂では至る所に泥酔した人がテーブルに突っ伏している。
前日、俺は「
だからって人の金でそこまで飲むなよ……と思いつつ受付嬢がクエスト掲示板にクエスト用紙を張っているのを見て俺はひっそりと近づく。
「おはよう」
「ひゃ」
少し声量を抑えつつ受付嬢に挨拶をする。
受付嬢はすぐに振り返りお辞儀をしてくる。
「お、おはようございます。誰かと思いましたよ」
「昨日は色々と世話になったな」
「いえ、気にしないで下さい」
「ところで、何か良さそうなクエストはあるか?」
受付嬢が「ううむ」という唸り声と共に張り終えたクエスト用紙を眺める。
「今日はこれといっていいのは――」
「何でもいいんだけどな、何かないか?」
「ええと――」
受付嬢が腕の中にあるまだ張られていないクエスト用紙をペラペラと捲る。
「これなんかどうですか?」
一枚の用紙を俺に見せてくる。
俺はそれを受け取りじっくりと見る。
「繁殖スライム?」
「ええ、最近出没したんですけど初心者用クエストなんで誰も受けてくれないんですよ。なので今回は少し報奨金が高く設定されたんです」
「ほぉ……一匹一銀貨か、これじゃ誰もやらないわな。コカ肉の下準備――コカトリス討伐の方が値段的にもおいしいじゃん」
「そうなんですけど……この街に来る荷馬車の車輪がスライムを踏んで宙に浮き、そのまま落下して壊れる被害が多発してまして……そろそろ本格的に討伐しないとまずいんですよ」
「確かにそれはまずいな。商業国周辺でそんな事があれば財政にも響きかねない」
「その通りです! さすがは勇者様」
「それじゃ、他を当たってくれ」
「えっ! 受けてくれるんじゃないんですか?」
「いや、早起きしたから暇つぶしに来ただけなんだけど……」
「暇ならお願いします! どうかやって頂けませんか?」
「当分休もうと思ってるんだが……」
「お願いします! なにとぞ!」
俺はふぅと鼻からため息を吐き、仕方なくクエスト用紙を受付に持っていく。
受付嬢が「やった!」というような顔をし、受付に入る。
「クエスト受注、完了しました!」
「なぁ……この繁殖スライムって何匹くらいいるんだ?」
「聞いた話によると三十匹程らしいです」
「なるほど、多く見積もっても六十匹程か――」
「いえ、そんなにいないかと」
「念には念を入れて考えるんだよ」
「なるほど! さすが勇者様」
「それよりまーちゃんの事頼むぞ」
「ええ、わかってます」
そう――昨日、まーちゃんは受付嬢の部屋に寝かせたのだ。
「ちゃんと着替えさせてから裏口に放り出せよ」
「はい! ここには一度裏口から出てもらって正面入り口から入ってもらう事にします」
クエストを受けた俺はまず腹ごしらえをしなければならない。
適当なテーブルに付き、ウェイトレスが来るのを待つ。
その間、鞄からモンスター図鑑を取り出し今から退治するであろう繁殖スライムを調べる事にする。
繁殖スライム――主に最初の一匹はPOPであると推測され、その後は栄養源を見つけてはそれを食べ、繁殖をする。強さは最弱クラス。
なるほど、勇者ランクC辺りが受けるクエストか。
「すいません、遅くなりました。何をお召し上がりになりますか?」
俺はモンスター図鑑に集中していたため不意に掛けられた声に少し驚く。
「あ、ああ……そうだな、なにか軽い……サンドイッチなんかあるかな?」
「コカサンドならありますよ」
「コカサンドか……あとオレンジジュースを頂こうか」
「はい、承りました。すぐにお持ちしますね」
「ああ、ゆっくりでいいよ」
まだ朝も早いため食堂は薄暗い。
恐らくウェイトレスも受付嬢に叩き起こされたのだろう。
そんな事をしなくても冒険者組合が開店するまで、ちゃんと待つのにな――と思いつつウェイトレスの後ろ姿を眺める。
冒険者組合――元の世界で謂う所の「ギルド」だ。
そして俺の推測ではギルドと同じだとすると冒険者組合開店前に張られるクエストにはたまに報奨金がいいクエストなんかがある。
普通ならそれを開店直後、冒険者達が群れを成して取り合うのだが唯一それをしないで取れる方法がある。
確かに酔ってそのまま冒険者組合で寝れば誰よりも先に取れるが、受付嬢にはいい印象は与えない。
それはギルドの時がそうだったからだ。
わざと酔ったふりをして机で寝るとそのテーブルをウェイトレスが掃除できないのだ。
それをウェイトレスから受付嬢の耳へと入るのだ。
受付嬢は謂わば冒険者組合の法廷人、あまり悪い印象を抱かれると、いいクエストを回してくれなくなる。
それを避け、受付嬢の印象を悪くせずに誰よりも先に取る方法――それは冒険者組合が運営する宿、つまりは俺達みたいに泊まる事だ。
そして俺がしたように何気なく立ち話でもしながらクエストを回してもらう事が重要なのだ。
俺はモンスター図鑑へと視線を戻す。
本当なら数日間はダラダラしても問題ない、金貨は結構溜まっているからだ。
なら何故こんなクエストを受けたのか? もちろん受付嬢の心象アップに役立てるためだ。
「お待ちしました。コカサンドにオレンジジュースです」
「ありがとう、代金はここに置いておくよ」
「ありがとうございます。またのご利用をお待ちしてます」
そう言うとウェイトレスは机に置かれた金貨を手慣れたようにエプロンのポケットへとしまう。
俺は昨日、受付嬢の部屋から出る時にある程度の金貨を渡しておいた。
もちろんこの食堂で寝ている冒険者達に奢った代金だ。
その代金の分を今日中――もしくは数日中に回収しようというのだ。
「繁殖スライムか……一匹一銀貨、昨日受付嬢に渡したのは大体三十金貨、繁殖スライム三百匹か……」
俺は香ばしい匂いを漂わせているコカサンドを口に運び、甘酸っぱいオレンジジュースで胃に流し込む。
「大体の数は三十匹……多く見積もって三十五匹、さてどうするか――」
俺は残ったコカサンドに目が行く。いや、正確に言えばその横を通る蟻の群れだ。
一匹がコカサンドの中身――甘いたれをつけられたコカ肉の汁を吸いそのまま列に戻る。そしてその次、そのまた次にと汁を目指して行列が変化する。
「これでいくか――」
俺は蟻を見て繁殖スライム討伐の方針を決意した。
その後はパクリと残ったコカサンドを食べ、オレンジジュースをゆっくりと飲む。
少し経った後、席を立ち自室へと戻る。もちろんクエストに出かける準備をするためだ。
自室に戻りベッドに腰を下ろし、準備をする。
「どこかいくのん?」
準備をする音がうるさかったのか、起きたフェリスが眠そうな顔をこちらに向けている。
「クエストにな」
「うちも行くのん」
「いや、休んでていいぞ。今回は簡単な仕事なんだ」
「そうなのん?」
「ああ、今日から数日間は休日とする。暇なら本屋のちびっ子店主なっちゃんの様子を見に行くといい」
「わかったのん」
「起こしてすまんな、もう少し寝てていいよ」
「はいなのん」
そう言うとフェリスはすやすやと眠りだす。
「よし」
俺は体を起こしクエストへと出かける。
まずは昼飯にサンドイッチを持っていく事にしよう――
食堂に行き、ウェイトレスにサンドイッチを注文する。
もちろん紙に包んでもらう。ついでにオレンジジュースの瓶も購入しておく。
「さて、それじゃ行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ!」
受付嬢に見送られ、冒険者組合の外に出る。
外はまだ日が昇りかけている時間で、クエストに行くには早い時間だ。
しかし商店に目を向けるとそれぞれ準備に精を出している。
俺はそれを見てまずはクエストに必要な物を買い揃えに街へと繰り出す。
今回のクエストは簡単だからのんびりこなそう……と思いながら欠伸をし、俺は腕を青く広がった空へと伸ばす――
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