第31話 祝勝会ー3

「き、汚いですー!」

「ゲホッ、ゲホ……」


 俺の口の中にあった酒を浴びた受付嬢が涙声になる。 

 そしてゴゴゴという音と共に入り口の両扉が開かれる。

 そこには王冠を被り赤色の美しいマントを羽織った髭が似合う初老の男性が立っていた。


「お……お爺様……」


 リスティの驚きぶりからして間違いなく王様だろう――この国の……。

 まさに今日の祝勝会のラスボスに相応しい人物だ。


「ゲホッ……お前達一族は暇なのか? 祝勝会に王様が来るとか……」

「暇じゃないですよ! お爺様はとても多忙な方です」

「ならなんで来てるんだよ」

「それは……」


 そんな事を俺達が言ってる間にも貴族達は膝をつきこうべを垂れている。

 当り前だ、国の王様を前にしているのだから――

 頭を垂れてない俺達はさぞ目立ったのだろう。


「そこにいるのは――リスティか?」


 こちらに気付いた王様が近づいてくる。

 俺と受付嬢はすぐさま膝をつき頭を垂れる。


「その者達は?」

「え? ああ、この方達はその……」

「王よ! お初にお目にかかります。我は「王の剣キングスグレイブ」、このリスティ王女に仕える兵士でございます」

「えええぇぇぇ」

「リスティ、大声を上げるとは王女としてはしたないぞ? それに「王の剣キングスグレイブ」よ、聞いた話では其方は王に仕える「神話級」の勇者らしいではないか」

「はっ、その通りでございます。我が王はリスティ王女唯一人!」

「ほう――わしは王ではないと?」

「いえ、そのような……。ただ――私にとっての王はリスティ王女なのです」

「ふむ……わしに仕える気はないと?」

「はっ、申し訳ありませんが、我が王は唯一人――我を拾っていただいたリスティ王女のみです」

「ほう……リスティよ、よい拾い物をしたな。それならば仕方ない」

「えっと、あの……その――」


 リスティがあたふたとしているが、この際無視だ。

 それよりも――


「今回のトレジャー・キーパーの件、我が臣下より聞いておる。大義であった」

「リスティ王女のため――リスティ王女が望めば我は隣国ですら滅ぼして見せましょうぞ」

「ハハハッ、愉快愉快。だが隣国を責めるのはよしてくれ、友好国なのだ」

「全てはリスティ王女の御心のままに――」

「ハハハッ、気に入った。リスティをよろしく頼むぞ」

「はっ、我が剣はいつでもリスティ王女と共に――」

「それではわしは目的を果たしたゆえ、少し他の貴族に挨拶をして帰るか――」


 王様はどうやら納得してくれたようだ。

 あのまま「わしに仕えないとはどういう事だ!」と叱責されていれば危うかった。

 どうやら俺が思っている以上にファルス王国の国王は心が広いようだ。

 王様が他の貴族達の所に行くのを見送り、リスティに目線を向ける。


「あの、えと……」

「お前はまだあたふたしてるのかよ」

「だって、だって――」

「ああ、全部嘘だから気にしないでいいよ」

「ほへっ?」


 リスティがぽかんと口を開けてこちらを見る。


「あまり変な声だすなよ、王女様だろ? 一応……」

「う、嘘って……」

「当り前だろ? なんで俺がお前に仕えなきゃいけないんだ」

「だって、え? 今言った事は?」

「だから――全部嘘だよ。ああでも言わないと「王の剣キングスグレイブ」は嘘つき「神話級」勇者として晒し首にされてたかもしれないだろ? 俺は御免だよ、国を救ったのに晒し首にされるなんて」

「はぁ……」

「それとも何か? 本当は仕えてほしいとか?」

「それは――その……」

「え、まじで?」


 リスティの顔がみるみるうちに赤くなる。

 まるで弾ける寸前のトマトみたいだ。


「まぁ……なんだ、何かあったら助けてやるから、な?」

「ええ、そうですね。この話はこれで……」

「ああ、そうしよう」

「ですが……例えどんな嘘を言おうと「王の剣キングスグレイブ」は私の中では英雄ですよ!」

「英雄ねぇ……」


 英雄と言われて嬉しくないのか? と問われれば素直にうれしい。

 だがその反面「次」があるんじゃないかと不安にもなる。

 そう――何かあった時に「王の剣キングスグレイブ」をすぐ頼りにするという行為だ。


「まぁあまり「王の剣キングスグレイブ」をあてにしてくれんなよ――できる限りは国の兵士、そして冒険者達に頼れ」

「はい!」


 本当にわかってるんだろうか? と俺は思いつつ、まーちゃんの事を思い出す。

 まーちゃんを運ぶために通った扉が勢いよく開かれる。

 その音に誰もが目を丸くし音のした扉へと目をやる。

 もちろん俺も目をそちらに向ける。

 するとそこにはフェリスを腰にぶら下げながら酒瓶を片手に持ったまーちゃんがいた。

 復活するの早すぎじゃない? お前泥酔して寝てたじゃん――


「さ~け! さけさけさけ! もっとさけぇ」


 どうやら酒をご所望の様だ――

 俺は早歩きでまーちゃんの所へと向かいつつ貴族達に詫びる。


「はいはい、すいませんねー我の相棒が悪酔いしてしまって……。はいはい、通りますよー」


 俺はまーちゃんとの距離を見計らい腕の裾を捲る。そして肩をグルグルと回す。


「さけぇ! さけはもうないのかぁ!」

「ふん!」


 俺は二の腕をまーちゃんの首へと勢いよくぶつける。

 フェリスは俺のやる事を理解していたようで、すでにまーちゃんの腰から一歩引いていた。

 「ぐぇ」とまるでコカトリスの首を捻ったような声をまーちゃんが発し、そのまま倒れる。


「だ……大丈夫ですか? お客様……」

「気にしないで下さい、本当に大丈夫なんで――」


 俺はすぐさままーちゃんを背中に乗せる。


「我の相棒が失礼しました。そろそろ失礼させてもらいますね」

「待ちなさい」


 声の方向に目を向けると王様だった。

 これやばくない? もしかして斬首か?


「何でしょうか? 王様……」

「その者は酒が好きなようだな。今回のトレジャー・キーパーの褒美としてこの国の最上級の酒を其方達の家に届けさせよう」

「それは――すごくありがたいです」


 できれば金貨の方がいいです、なんて言えない。

 まーちゃんの失態、そしてそんな失礼な事を言えば王様の機嫌を損ねるのは明白だ。


「それでは我等はこれにて失礼させてもらいます」

「ああ、この国を救っていただき感謝する」

「いえ、リスティ王女のためですので――」


 俺はそう言い、急いで受付嬢とまーちゃんとフェリスを連れ冒険者組合への帰路につく。


「それにしても波乱でしたね。王女に王様なんて……あんなに近くで見たのは初めてですよ」


 受付嬢を見ると、嬉々とした顔を浮かべている。

 こっちは冷や汗ばかり掻いているというのに――


「なんとか誤魔化せてよかったよ、本当に……」

「これで王様も王女様も認める「王の剣キングスグレイブ」誕生ですね」

「そういえば「王の剣キングスグレイブ」見つけたら三百金貨ってクエスト、俺は達成した事にならないのか?」

「それは無理ですね。素性をご所望なので……あっ、なんなら勇者様である事をばらしますか? そうすればクエスト達成とみなし――」

「いや、やめとく」

「何でですかぁ」


 受付嬢がぶーと頬を膨らましクレームを入れる。


「正体がばれたら次はあれをやってこい、次はこれだ、ああ次は……なんて厄介事を押し付けられるに決まっているからな、だからわざわざ変装までしてるんだよ」

「確かに……ですが王女の懐刀になった以上、そんな簡単に頼み事はできないんじゃ?」

「どうだかな……実力があるってことは厄介事を頼まれるって事だ。ちなみにこれは体験談だ」

「そうなんですか……」




 そんな話をしながら俺達は冒険者組合に帰ってくる。

 そして裏口から入る事をすっかりと忘れていた俺達は正面入り口から入ってしまう。


「おい、あれ――「王の剣キングスグレイブ」じゃないか?」

「ああ、まさにそうだ! でもなぜ――いや、それより素性を……」

「三百金貨きた!」


 その声に俺はしまった――と思いすぐさま叫ぶ。


「三百金貨で我等を貴族に売り渡すのか! 冒険者の誇りはどこに置いてきた!」

「そんな誇りより三百金貨!」


 叫んだのはスカーレットだった。

 あの合法ロリめ――


「まぁ落ち着け、今日は宴会をしようじゃないか、全額我持ちだ。誰か一人が三百金貨手に入れるよりみんなでわかち合う方がいいだろう?」

「確かに……」

「でも、三百金貨だよ」

「だがよー恩人を売るのは気が引けるぜ」


 よしあと一押しあれば説得できる。そんな事を考えつつ周りを見る。

 目に止まったのは合法ロリのスカーレットの兄であるガストだ。


「勇敢なるガストよ! 其方の噂は聞いている、其方も他の者と同じ考えか? 我を貴族に売り飛ばすのか?」


 ガストがすぐさま立ち上がる。


「何故「王の剣キングスグレイブ」が俺なんかを……。いや俺も色々と冒険したからな。ハハッ、噂くらい流れるわな」


 そう言いながら鼻を指で擦る。

 俺はそんな言葉を聞きたいんじゃない……。


「俺は「王の剣キングスグレイブ」を支持するぜ! みんなでわかち合う方がいいに決まってる。それは冒険も同じだ! みんなで冒険したのに誰か一人が抜け駆けしてお宝手に入れたらみんなはどう思う? それに俺は恩を仇で返したくはないぜ。もし正体がばれて「王の剣キングスグレイブ」がこの街にいられなくなったら? そういう事も考えたら――やっぱりここは「王の剣キングスグレイブ」の提案を飲んだ方が賢いとは思うがな!」


 よく言った!

 さすがちょろいガストさん。

 しかもガストのいい点は説得力がある事を誇張して言う事だ。

 冒険者稼業より兵士の応募やどこかの店の宣伝を生業にした方がいいんじゃないかと思う時さえある。


「そ、そうだな」

「その方がいいな、俺もガストに賛成だ」

「いい事言うぜ、さすがはガストだ」


 「王の剣キングスグレイブ」が店に入ったことによって一時大騒ぎになったが、ガストの手柄ですぐに収まる。


「それじゃみんな好きに飲んでくれ。勘定は全て我が持つ」

「おおお」


 すぐさまウェイトレスが蜘蛛の子を散らすように駆けていく。

 もちろん注文を聞くためだ。

 俺達はそれを無視し、受付テーブルの奥――受付嬢の部屋へと向かう。




 受付嬢の部屋に到着し俺は一息つく。


「疲れた……」

「少し待っててください。今水をお持ちします」

「ああ、頼む」


 パタパタと慌てて出ていく受付嬢を見送り、俺はいつもの服へと着替える。

 まーちゃんは――今日は受付嬢の部屋で寝かせようか。


「フェリスも疲れたか?」

「大丈夫なのん」

「そっか、何か食堂で食べるか?」

「コカプリン食べたいのん」

「わかった。今日はまーちゃんの面倒を任せちゃってすまんな……」

「いいのん、まーちゃんはゆーくんよりダメな子なのん」

「俺もダメな子なんだ」

「だからうちが養うのん!」

「そっか――お願いするよ」

「任せるのん!」


 フェリスがふんと鼻息を荒くする。

 そんな事をしていると、受付嬢がドアから戻ってくる。


「お水です」

「おう、すまんな」


 受付嬢から水を受け取り少しだけ飲む。

 そしてまーちゃんをこのまま受付嬢の部屋で寝かせてもらえないかを聞く。

 もちろん返事はいいものだった。

 俺はふぅとため息をつき、水の入った容器を机に置く。

 そして受付嬢に礼を言った後、フェリスと食堂へと向かう。




 食堂はとても騒がしかった。

 他人の金で飲む酒ほど美味いものはないという事か――

 俺とフェリスは適当なテーブルに座り、コカプリンと飲み物を頼む。

 すぐに運ばれて来たコカプリンをフェリスは笑顔で美味しそうに食べる。

 俺もそれを見習いスプーンですくって口に放り込む。

 甘い――そして口の中でとろけていく……。

 今日の一件……いや、今回のクエストで受付嬢とは少しは仲良くなったはずだ。

 これからは少しくらい融通を効かせてほしいな……なんてコカプリン並みの甘い考えを俺は抱く。

 その後は自室に戻り、いつも通りフェリスと共に俺は寝た。




 後で受付嬢に聞いた話だが、この日冒険者組合は朝まで賑わったそうな――

 少しは俺の財布に遠慮してほしいものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る