第26話 勇者としての貫禄

「どうでしょうか?」

「うん、ぴったりだ。それにしても……これじゃまるで仮面舞踏会だな。マントも左だけで動きやすい」

「私は右の方にしかないわ。なんかゆーくんとは左右対称ね。仮面も上半分と右頬を隠してるし」

「ああ、俺の仮面は上半分と左頬を隠してるしまーちゃんとは本当に左右逆だ。色も俺が黒でまーちゃんが白だしな。それもいい感じだ」

「まるで私が勇者でゆーくんが魔王ね!」

「ハハッ、面白い事を言うな。うん、まさにそんな感じだ」

「納得されたようで何よりです。それでなんですが――」

「わかってる、トレジャー・キーパーの討伐だろ?」

「はい!」

「大きさは?」

「見て貰えれば……」

「外壁の上で見てみたいんだが案内してくれないか?」

「ええと、兵士しか普通は入れないのですが――特別ですよ?」

「わかってる」


 俺とまーちゃんは傍から見ればまるで仮面舞踏会に行くような恰好に扮していた。

 なぜか――それはいつもの恰好でトレジャー・キーパーを倒してしまえば、色々と面倒事を押し付けられるのは明白だからだ。


「ゆーくん! うちは着替えなくてもいいのん?」

「フェリスは別にいいよ」

「そうなん……」


 少し残念そうな顔をするフェリスを手袋越しに優しく撫でる。


「さぁ案内してもらおうか」


 俺はバサッと左肩にだけ掛かったマントを翻し受付嬢に案内を頼む。

 これから行く場所は見晴らしのいい外壁上部、普段なら兵士が巡回している時間だ。


「それではこちらです」


 トタトタと慌てた足取りで受付嬢が冒険者組合の外へと走っていく。

 俺達はそれを追いかける。

 冒険者組合を出ると大勢の人間が行き来していた――それ程までに緊急事態なのだろう。

 視線の先に受付嬢の姿が小さくなるのがわかる。

 俺達は急いで追いかける。見失わない様に――


「ここです」


 少し息を切らせながら受付嬢が円柱状の建物に俺達を案内する。


「少し待ってください、今鍵を――」


 受付嬢が慌てて腰に付けてある鍵の束の中から正解の鍵を必死で探す。

 「あった!」という声と共に一つの鍵が鍵穴に差し込まれ、ガチャリと音を鳴らす。

 分厚い扉がギィと鈍い音を出しながら独りでに開く。

 俺達が中に入ると、上へと続く螺旋階段があり、それを駆け足で上る。

 外に出ると少し冷たい風が俺達を撫でるように吹いていた。

 外壁をゆったりと下を見ながら歩く――


「すごいわね……こんなに人が集まるなんて」

「人が一杯なのん」

「ああ、この国を防衛する兵士、そして冒険者の面々が一堂に会すんだ。これくらいはいるだろう」


 外壁から俺達は街の外にいる兵士や冒険者達を見下ろしていた。

 そこにはかなりの数が揃えられており、兵士は隊列を組んでいる。

 冒険者は受付嬢とリスティ、そしてクリスの指示に従っている。

 リスティはしどろもどろなのが遠目でもわかるが――

 俺は兵士や冒険者達から視線を外し、敵となるトレジャー・キーパーを探す。

 正面数百メートル前方にそれはあった……。

 いや、いた――と言うべきなのだろうか?

 俺は自分が想像していたものより大きく、危険そうな物体に目を疑う。

 そしてバッグからモンスター図鑑を取り出しもう一度読み返す。


「ううむ……何か弱点は無いのか?」

「ええ! 今から探すんですか?」


 受付嬢が俺の横であたふたしている。俺はそれを無視し本を見つめる。


「外殻は固く魔法をほぼ無効化する。弱点は外殻がない首の裏や肘、膝の裏、そして踵部分である。か……」


 なかなか厄介じゃないか……。

 今目の前にいるのは森の中でどうやって発見されなかったのか不思議な程でかい――

 森から頭がひょっこり出ている程巨大なのだ。

 むしろこの外壁ですら掴んでジャンプすれば乗り越えられそうな大きさだ。


「なぁ、あれを相手にして兵士や冒険者達はどうやって倒すんだ? 弱点を知ってると仮定しても恐らくあの大きさになると通用しないだろう。象に蟻が挑むようなものだ」

「で、ですからあなた達に――」

「外殻が邪魔して魔法も効かない……どうしようもないんじゃないか? 諦めてここは逃げよう」

「そ、そんなぁ」


 受付嬢が泣きながらペタリとその場に座り込む。


「私の街がぁ……ううぅぅ」

「ゆーくん! この街には、なっちゃんがいるのん!」

「ん? ――ああ、あの本屋のちびっこ店長か。もう逃げてるんじゃないかな?」

「でも家を破壊されたら帰ってくる場所がないのん!」

「ふむぅ」


 俺は考える仕草をする。

 いや――実際には色々と考えている。

 フェリスの人生最初の友達――俺を除いてだが――なっちゃんの本屋が破壊されると別の街に引っ越す可能性がある。

 それは是非避けたい……。


「フェリス、<暗黒物質ダークマター>であのデカブツの頭を吹き飛ばせないか?」

「無理なのん、遠すぎるし範囲があまりにもでかすぎるのん」

「何か有効打になりそうな魔法は?」

「目も外殻に覆われているから恐らくは無理なのん」

「やってみなきゃわからないじゃない!<雷撃サンダー>」


 まーちゃんが勝手に魔法を放つ。

 豪華な杖から迸る雷はデカブツ――トレジャー・キーパーに直撃する。

 しかしダメージが入っていないようで進む足は止まらない。


「ぎぃぃ! むかつくわ! <隕石落下メテオ>なら――」


 歯ぎしりを立てた後、まーちゃんは<隕石落下メテオ>を放とうと呪文を唱え始める。


「おい! やめろ! 街に落ちる可能性があるだろ」

「う……確かに――でもいいんじゃない? このまま街が壊されるなら一層の事、一か八かで――」

「神に祝福されてる俺がやるならともかく、お前の一か八かは大概が失敗に終わるだろ」

「じゃあどうするのよ」

「待つ」


 俺の言葉に受付嬢がキョトンとする。


「え? どういう――」

「近づいてくるまで待つ」

「うわぁぁぁん! もうダメだぁぁぁ! 私の街がぁぁぁ」

「受付嬢うるさいぞ」


 横で泣いていた受付嬢はとうとう地面に顔を伏して諦めたように大泣きする。

 俺はそんな受付嬢を無視してトレジャー・キーパーを眺める――本当にでかい。

 元の世界で爺さんの子孫が見ていた「えぃが」とかいう鑑賞物で「かいじゅうえぃが」という物があった……。

 ドラゴンでもない変なでかい生き物が街中で暴れる――という内容だったと記憶している。

 まさに今がそれだな――俺は無意識にクスリと口元に笑みを浮かべていた。


「フェリス、目くらまし位はできるだろ?」

「それくらいなら……」

「<暗黒物質ダークマター>は見えない所には発生させられない。つまりは外殻は削れても中身は消せない……だったか?」

「その通りなのん」

「ならやる事は一つだな」

「まーちゃん、お前近接戦闘は得意だろ?」

「何よ、いきなり……」

「ちょっと作戦をな……」

「おい、受付嬢、サイレンがこの街にあるなら拡声器……声をみんなに届ける物があるだろ? 持って来い。今すぐ必要だ」

「ふぇ?」

「早く!」

「ふぁ、ふぁい!」


 泣いていた受付嬢を鞭打つように捲し立てる。

 俺は受付嬢が到着するまで待つ。

 下にいる兵士や冒険者を眺めながら――

 できる作戦は限られている……。

 俺とまーちゃんでサックリ撃退もいいだろう。

 しかしそうなると俺達の身元を探ろうとファルス王国が動きかねない。

 であれば外壁にいる弓兵、下にいる兵士と冒険者達にも活躍の場を与えつつ撃退――これが今回の一番いい案なんじゃないかと俺は思惑していた。


「はぁはぁ……持ってきました!」


 息を切らした受付嬢が拡声器を持ってきた。

 それを受け取りクルリと回しながら眺めるが、元いた世界の拡声器とあまりかわらない。

 技術が発展していないこの世界に何故? という疑問はあるがまずは使い方を教えてもらう事にする。


「どうやって使うんだ?」

「ええと……人差し指の所のスイッチを押して魔力を込めれば、込めた分だけの大きさで声が広がります」

「なるほど――技術ではなくマジックポイントで声を広げるわけか」

「技術?」

「こっちの話だ」


 要はこれは技術の産物であっても元の世界の様に電気等を使っておらず、マジックポイント――つまりは使う人によって出る声の大きさが違うという事だ。

 元いた世界では廃れてしまったマジックアイテムの発展形だろう。

 俺は拡声器を口元に運びスイッチを入れる。


「あー、あー、テステス――聞こえますか?」


 俺は下に向けて叫ぶ。

 結構マジックポイントを込めて言葉を発しているから聞こえるはずだが、下も騒々しいので本当に聞こえているかのテストだ。

 下の兵士や冒険者達がこちらを向く。

 聞こえてるらしいな――


「我は「王の剣キングスグレイブ」この街の王に仕える神話級の兵士である!」


 ざわりと下が騒ぎ立てる。

 当り前だ、王に仕えてもいないし実際にこの街に神話級の兵士もしくは冒険者がいたらこんなに大慌てにはなってはいないだろう。

 もし留守だとしても誰かが「あの人がいれば――」という言葉を発するはずだ。

 それがないという事はこの街には少なくても俺とまーちゃん以外に神話級の兵士もしくは冒険者がいないという証明になっている……。


「我が横にいる女性は「王の盾クイーンズグレイブ」、王を守護する神話級の兵士である!」

「えっ、私の事?」


 俺はまーちゃんを無視して続ける。


「勇敢なる兵士達、そして冒険者達よ! 我等は今この国の危機と対面している。怯えるのもわかる。人間、命は一つしかないからな」


 俺は一呼吸置く。

 静まり返った兵士や冒険者達を一通り見渡し、もう一度拡声器を力強く握る。


「しかし、しかしだ! 我等が怯え戦わなければ、あの化け物の矛先はどこへ向く? まだ避難していない住民はどうなる?」


 俺は聖剣を抜き空高く掲げる――それと同時にバサリとマントが捲れる。

 すると雲に隠れていた太陽が顔を出し聖剣が力強い輝きを放つ。

 それと同時に風が丘から俺へと強く吹き抜けていく。

 するとどうだろう? マントがヒラヒラと宙を舞い、まるでそこには絵本やお伽話の中に出てくる英雄が現実世界に現れたと兵士や冒険者達の目には映っているに違いない。

 まさにこれが神のご加護というやつだ――

 演出面において最高点と言っていいだろう。

 それを見ていた兵士や冒険者達は「おお」と唸り声を上げる。


「考えよ、そして決断せよ! 我と共に剣を掲げるか、それとも鼠のように逃げるか! さぁ決断するのだ! 勇敢なる戦士たちよ! そして誇り高き勇者達よ!」


 沈黙はすぐに破られる。

 一人が剣を掲げ雄たけびを上げたのだ。

 それを機に一人、また一人と剣を上空に掲げる。

 戦意高揚、これが一番大事なのだ。

 剣を掲げる人の中にリスティもいた――なにやら涙を流しこちらに剣を掲げている。

 何故泣いているのかはさておきこれで準備は整った。

 つまりは――兵士も冒険者達も俺の手駒になったわけだ……。


「聞け! 勇敢なる者達よ! トレジャー・キーパーが我等の攻撃範囲に入り次第、我と「王の盾クイーンズグレイブ」が先陣を切り奴を地面にひれ伏させる! 合図をしたら弱点である外殻がない首の裏や肘、膝の裏、そして踵部分を一斉に攻撃せよ!」


 俺の言葉に下にいた兵士や冒険者達が剣を掲げ「王の剣キングスグレイブ」と連呼している。

 本当にわかってるのか? こいつら――と少し心配になったがその間にもトレジャー・キーパーが接近している。

 準備はできた。

 さぁトレジャー・キーパー討伐でも始めるか!

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