第25話 トレジャー・キーパー襲来
俺は誰にも邪魔される事なく爆睡していた。
昨日のオークの巣窟一掃クエストをこなして馬鹿みたいに飲んだためだ。
ちょっとやそっとじゃ起きない。
いや、起きれない――そう思っていた。
「緊急! 緊急クエストです! 緊急クエストです!」
「カンカンカン」とまるで鍋をお玉で叩くような音が響き渡る。
いや、俺の部屋に聞こえてくるくらいだ――もっと大きいのだろう。
その音に俺は目を覚ましゆっくりと上半身を起こす。
頭に鈍痛が走る……。
二日酔いか――
俺が周囲を見渡すと、同じように上半身を起こし頭を抱えるまーちゃんと俺の横でまだ寝ころびながら目を擦っているフェリスがいた。
まだ鍋をお玉で叩くようなうるさい音がする。
一体何なんだ? 今日はお祭りか何かか? 俺は仕方なく服を着て靴を足に装着する。
頭の鈍痛は収まらない――二日酔いにあのうるさい音は耳障りすぎる。
「緊急! 緊急!」
二階の一番奥の部屋にも届く声で受付嬢が叫んでいる。
一体なんだ? と思いつつまだ寝ぼけているまーちゃんとフェリスを残し部屋を出る。
俺は大きな欠伸をし頭を掻き毟りながら廊下を進む。
食堂の真ん中、冒険者を囲むように受付嬢が机の上に陣取り右手には木槌、左手には鐘を持ち木槌で打ち鳴らしている。
俺は下に行きテーブルにつく。
そしてウェイトレスを呼んで朝食とリンゴジュースを頼む。
その間も受付嬢は「緊急」と叫びカンカンと鐘を打ち鳴らす。
料理とリンゴジュースが運ばれた途端に街中にサイレンが響き渡る。
その音はまるで地響きの様に俺の耳に届く。
受付嬢を見ると顔を真っ青にし、硬直していた……。
「これは不味いです! 警戒レベルが国防レベルに跳ね上がりました!」
国防レベル――つまりはファルス王国滅亡の危機か……。
逃げる準備でもするかな――
そんな事を思っているとまーちゃんとフェリスが食堂に下りてきて、俺が座ってるテーブルにつく。
「一体何なの? 人が気持ちよく寝てたのに!」
「うるさいのん! あの人うるさいのん」
そう言いながら二人が朝食をウェイトレスに注文する。
まーちゃんは頭を抱えて痛そうだ――俺と同じく二日酔いなのだろうか?
すぐさま料理と飲み物が届き、まーちゃんが口の中に飲み物を運ぶ。
俺は右側に座ったフェリスの柔らかい頬を指で上下に揺らしながら、正面のまーちゃんの方向に顔を向ける。
「どうやら――ファルス王国が滅亡するらしい」
俺が言うと同時にまーちゃんが口に含んだ飲み物を俺へと勢いよく噴き出す。
「汚いのん! 汚いのん!」
「ゲホッ、ど……どういうことよ? なんで滅亡? まだここに来て数日よ?」
俺はバックから取り出した布で、まーちゃんの噴き出した唾液が含まれているであろう水分を冷静に身体から拭き取る。
「理由はわからん。だが、あそこで立ってる受付嬢が言うには……危険度が国防レベルに跳ね上がったらしい」
「はぁ? 一体何なのよ。意味がわからないわ! カンカン朝っぱらからうるさいし」
「同意見なのん」
「そのうち説明が始まるんじゃないかな? 机の上に立ってるくらいだし……」
俺がそう言いながら朝食を食べていると受付嬢がカンと一回だけ、それも強く鐘を鳴らす。
「ええと――みなさん落ち着いて聞いて下さい」
受付嬢はすぅと息を大きく呑み込む。
どうせドラゴンか何かだろうと俺はたかを括る――
「野良のトレジャー・キーパーです!」
一瞬冒険者組合が沈黙に包まれる――聞こえるのはサイレンの音だけだ。
だが次の瞬間冒険者組合に悲鳴が響き渡る。
「嘘だ! なんで野良のトレジャー・キーパーなんだ!」
「どうしてこの街に!」
「まさか馬鹿貴族が神話級のレアアイテムをこの街に?」
「いやだぁぁぁ、死にたくないぃぃぃ」
多種多様な叫びが冒険者組合にこだまする。
俺はその聞きなれない「トレジャー・キーパー」という言葉を聞きまーちゃんへと視線を動かす。
どうやらまーちゃんも知らないようで首を横に振っている。
「落ち着いて下さい! 落ち着いて下さい! 確かにトレジャー・キーパーはこっちに向かっているようですが、このファルス王国の兵隊も動員されます! どうか皆様のご助力をお願いします! 冒険者組合からも報酬を出しますので!」
俺達は朝食を食べ終え一息つく。
その間に俺はクエスト掲示板の元へ向かいそのトレジャー・キーパーの事が書かれているクエストがないか調べる。
――有象無象の紙の束の中から一つの紙に目が行く……。
「なになに? トレジャー・キーパーがオルソンの森に出没しているという噂があるので、その存在を偵察してほしい――か。モンスターだろうか?」
俺はすぐさまテーブルへと戻る。
そしてフェリスの横に座りバッグに入れてあったモンスター図鑑をテーブルの上に乗せ開く。
まーちゃんも興味があるらしく、俺の左側に回り込む。
右手にリンゴジュースを持ち、口に運びながらパラパラとページを捲る。
どうやらフェリスも興味があるらしく、俺の右脇腹から顔を乗り出してモンスター図鑑を眺めている。
「と、と、とれ……あった。トレジャー・キーパー」
俺はトレジャー・キーパーの載ったページで手を止め、まじまじとそのページを見つめる。
「ええと、トレジャー・キーパー。自然繁殖はしないと推測されるPOPモンスター。主にダンジョンの内部で一番価値が高いとされる宝物を守る守護者的存在。大きさは五メートルから十メートル、ダンジョン内部の構造で大きさには多少の差異あり。討伐にはS級勇者が三人は必要――なかなか強そうだな」
「でも私達なら余裕じゃない!」
「待て、まだ何かあるぞ? 注意、ダンジョン外でPOPした場合、生き物を捕食し成長……その強さや体長は捕食した生き物の数によるところが大きい。逃げる事を推奨する。強さは天災並み――だってさ」
「へ、へぇ――まぁ私達なら大丈夫じゃない?」
まーちゃん顔引きつっていますよ――なんて言えない。
天災クラスの化け物がこのファルス王国に向かってきている。
たしかに滅亡の危機だ――だが何故? 俺は左手が聖剣に当たる。
そしてまーちゃんの持っている杖に目線を向ける……。
「まーちゃんさ、なんで毒の完全無効化なんてできるの?」
「へ? なんでって常時無効化スキル発動もあるけどこのペンダントがそれをさらに強化してくれるのよ。物理耐性も常時無効化スキルとこのペンダントのおかげで相当な物よ! ゆーくんの攻撃があまり効かなかったのも私の常時物理無効化スキルとこのペンダントの後押しもあるかな」
「なるほど、おかしいと思ったんだ。聖剣で切り伏せないなんて……」
自信満々に首元の服を広げ、鎖骨の辺りに隠れてあったペンダントを見せる。
あれ? 俺の聖剣と、聖剣と同等の強さの魔法の杖、そしてとんでもない価値があるペンダントがこの街のこの冒険者ギルドに揃っている。
そして……トレジャー・キーパーは宝を守る者。
それがこちらに向かっている?
俺は冒険者が悲鳴を上げた時に誰かが言った「まさか馬鹿貴族が神話級のレアアイテムをこの街に?」という言葉を思い出す。
それって俺達のアイテム狙いじゃないか?
俺は大きく息を吸い込む。
そして――
「違う街に行こうぜ!」
街を見捨てる決意をする。
まぁ冒険者も多い上にファルス王国の兵隊も戦うんだ。
俺達がいなくても勝てるだろう! きっと! 俺は信じてる。
この冒険者組合に集まる勇敢な勇者カードを持つ冒険者達、そして勇者カードを持つ兵隊たちを――今更たった一人の勇者が抜けても戦力に大きな差はないさ。
「そうね、危険な事は避けましょう」
「ゆーくん逃げるのん?」
「違う! ちょっと旅をしてほとぼりが冷めたら帰って来るだけさ。……宿代も前払いしてるからな」
「せこいのん」
「さて、荷物を取りに行こうか」
俺は席を立ち自分の部屋に向かおうとする。
すると後ろから声が掛かる。
振り返るとそこには息を切らしたリスティが立っていた。
できることなら今一番会いたくなかった人物だ……。
「はぁはぁ――ゆーくん、聞きましたか?」
「あ、ああ……トレジャー・キーパーが来るんだってな」
「ええ、その通りです」
「俺達は一時この街から去る予定だ。当分会えないな……残念だよ」
「え? どういう事ですか? まさか逃げ――」
「逃げないよ? 用事ができたのさ」
リスティが困惑顔を浮かべて、まるで藁をもすがる様な目で俺を見てくる。
俺はすぐさま目を逸らす。
するとその視線の先には慌ただしくしているガストがいた。
俺はリスティを無視してガストの方へと向かう。
「よう、ガスト。お前も逃げる算段か?」
「ハハッ、逃げるだ? 何言ってやがる。俺達は勇者だぜ? 当然――」
まさか戦うのか? こいつ――
「違う街に旅行に行くのさ」
「それを逃げるって言うんだよ」
「ハハッ、馬鹿な事言っちゃいけねぇよ。俺達勇者が逃げたら市民はどうする? 勇者カードを持ってるとはいえ牙を抜かれた虎――いや子猫ちゃんか? それらを守るのが勇者カードを持ち数多の冒険をこなした人間の役目ってもんだろ? ただ……この旅行は前から行こうと思っててな。ハハッ、逃げるんじゃないぞ? そう、これはただの旅行だ」
「手が震えてるぞ?」
俺の言葉にガストは固まり無言になる。
それ程までに強いのか? トレジャー・キーパー。
「みなさん!」
その大きな言葉に冒険者組合が静まり返る――聞こえるのはサイレンの音のみ。
言葉の出所を見るとリスティが強い目を冒険者に向けていた。
「本当にいいんですか? ここに集まってる冒険者は腰抜けばかりなんですか? 今、この国は危機を迎えています。当然市民も不安で一杯です。逃げる人もいるでしょう。ですが――冒険者の皆さんが逃げてどうするんですか! 我々は市民を救い世界を救う冒険者、そして――何者にも屈しない勇者ではないのですか?」
力強く、そしてその場にいた誰よりも気高いその言葉は冒険者の胸を貫いたらしい。
「その通りだ! 何びびってんだ、てめぇら!」
「やるぞ! 俺はやるぞ!」
「国の兵士もいるんだ! それに冒険者である前に俺達は勇者だ! 逃げるわけにはいかないな」
俺がガストの方に向き直ると、ガストは何かを決意したように目を瞑りバックに荷物を詰め込むのを止める。
「ハハッ、俺としたことが混乱してたようだ――全く、恥ずかしいぜ」
「兄さん、行かないの?」
「あのお嬢ちゃんの言葉を聞いただろ? 俺達はこの国の市民を救い、いずれは世界の危機が訪れた時にその危機に立ち向かう冒険者――そして勇者だ。こんな所で逃げてどうするよ」
「兄さんがそういうなら仕方ないわね。私達も手伝うわ」
ガストの横にいたディアナとスカーレットも覚悟を決めたような顔をしている。
冒険者達ちょっとちょろすぎない? なんて事を思いつつ元いたテーブルに戻る途中で、受付嬢と視線が交差する。
――嫌な予感が俺を襲う。
「あ――あの!」
俺は受付嬢の言葉を無視してテーブルに戻り、椅子に座る。
受付嬢がテーブルの横までくる。
「あの! 勇者さん! お願いが――」
「断る!」
「ええ! で、でも……」
「俺達に倒せって言うんだろ? その天災クラスの化け物を!」
「そ、そうです! あなた達ならきっと――」
「無理だ!」
「そうです、無理ですよ」
同意したのはまーちゃんでもフェリスでもなかった。
その方向――受付嬢の隣――を見るとクリスが立っていた。
「この男にそんな実力はありません。なぜこの男に声をかけたのかはわかりませんが戦力外ですよ」
「そんな事はありません! ゆーくん達も戦力になりますよ!」
クリスの否定的な意見に対し俺を庇護したのはリスティだった。
「あの――この人達は? 勇者さんの仲間ですか?」
「ああ、仲間らしいぞ」
「ええ! そこは「らしい」ではなくはっきりと仲間と言ってほしいです!」
「と、とにかく勇者さん、そして魔王さんにドラゴン殺しのフェリスさんの助けが必ず必要になります! どうか戦闘に参加してください!」
「え? フェリスはドラゴン殺しなんですか?」
「そんな馬鹿な。まだ子供だぞ」
フェリスは自分の勇者カードをリスティとクリスに見せる。
そして二人は驚きの声を上げる。
「それならゆーくんはもっとすごいのでは?」
「いえ、この男に限ってそんな事は――」
「とにかく! お願いできませんか? 報酬は――ここの宿泊費を無期限で免除します! なんならコカ肉も毎日サービスします!」
「乗ったぁ!」
受付嬢の誘惑に真っ先に食いついたのはまーちゃんだ。
「ちゃんとリンゴ酒もつけなさいよね! 朝昼晩よ! 朝昼晩!」
「も、もちろんです! よかった――」
俺はふぅと大き目のため息を吐きテーブルに両肘をつけ頭を抱える。
そして受付嬢にしか聞こえない声量で呟く。
「条件はわかった。だがこっちからも条件がある――」
「なんでも――なんでもします!」
「服と仮面を用意してくれ」
「服と――仮面ですか?」
「ああ、とびっきり目立つ黒の男性用の服と仮面、それととびっきりに目立つ白の女性用の服と仮面だ」
「はぁ……何に使うんですか?」
「質問はなしだ。それと仮面の色もそれぞれ揃えろよ。できれば上半分のハーフマスクだとありがたい」
「す、すぐに用意します」
俺の条件を聞き、すぐさま指定された物を用意しに行く。
恐らく「神話級」の勇者と魔王である俺達なら難なく、そのトレジャー・キーパーなるモンスターは倒せるだろう。
だがその後が問題だ――
今回活躍して名が売れれば否応なく面倒な依頼が殺到する。
これは元いた世界で勇者をしていた俺の経験談だ……。
「よかったです! ゆーくんも参加してくれて――」
「どうせ役に立たなさそうですけどね」
「クリス! そんな事はありません! それではみなさん、行きましょうか。国の兵士たちはすでに外壁部に陣営を展開してるらしいです」
俺はリンゴジュースをグビリと飲み干し、ウェイトレスにもう一杯頼む。
「俺達は準備をしてから向かうよ。先に行っててくれ」
「あっ、やはりこいつ逃げる気ですよ!」
「そんな事はありません! 私はゆーくんを信じます」
信じられてもな――そんな事を思いつつ冒険者組合を出ていくリスティやクリス、そしてその他大勢を見送る。
目の前のまーちゃんは提示された条件に満足してすごく上機嫌だ。
俺は横にいるフェリスを撫でながら色々と考える。
どうやって正体をばらさず行動するかを――
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