第24話 オークの巣窟ー3
「空が青いな――」
「ええ、すごく綺麗です」
「あそこにドラゴンがいるのん!」
「どれですか! 見てみたいです!」
「リスティ、あそこですね」
「わぁ、本物のドラゴンを初めて見ました!」
フェリスとクリスが指差した方向を見ると米粒くらいのドラゴンらしき生き物が飛んでいた。
平和だな――と思いつつ俺は寝転ぶ。
俺達は巣窟内の毒の霧が薄まるのをただ待っていた。
そんな中、何やら入り口からジャラジャラと金属が擦れる音が聞こえてきて俺達はその方向へと目線をやる。
するとバッグが膨れ上がった煤だらけのまーちゃんが入り口にいた……。
「お前――」
「何もなかったわ!」
「本当に?」
「ええ! 何もなかったわ!」
俺はまーちゃんに近づく、まーちゃんは警戒してバッグを俺から離そうとするがそれを掴み上げる。
「何だよこれ! いっぱい入ってるじゃねぇか!」
「違うわ! 聞いて、これは私が宿屋から持ってき――」
「もういいよ! これはみんなで山分けな」
「そんなぁ、私が見つけたのに!」
涙目のまーちゃんを見て俺は「はぁ」と大き目のため息をつく。
確かに毒の霧の中を煤だらけになり探索したのはまーちゃんだ。
そこは評価するべきか……。
「少しくらいはお前の取り分上乗せしていいから」
「さすがゆーくん!」
「甘やかしてるのん」
「仕方ないだろ? ところでオークは全滅してたか?」
「動いてる物体はなかったわ!」
「そうか――それじゃ帰るか。今日は堂々と帰れるな」
「私のおかげね」
まーちゃんがふふんと鼻を鳴らし腰に手を当てる。
前半は俺のおかげでもあるんだが――まぁいいか。
「それじゃ帰るか……」
全員から賛成の声を聞き、俺達は元来た道へ引き返す。
俺はフェリスと手を繋ぎぶらぶらと前後に振りながら、リスティとクリスは何やら後ろでお喋りをしている――今日のクエストの事だろうか?
前には上機嫌で鼻歌交じりに大きく膨らんだバッグをまるで我が子のように抱えて今にもスキップしそうなまーちゃんがいる。
数十分して街が見えてくると誰かが何を言うでもなく進むスピードが速くなる。
俺達は冒険者組合に無事戻ってきた。
クエストを完璧にこなして――
「俺はまーちゃんとクエスト報告に行ってくるからお前達は飯と飲み物を好きに頼んでおいてくれ」
「わかったのん」
「わかりました」
「了解だ」
クリスがウェイトレスを呼びリスティと注文している。
フェリスは足をぶらぶらしながらリスティ達が注文を終えるのを待っているらしい。
俺はそれを見ながらまーちゃんと受付嬢の方に行く。
「お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
「それで――今回は成功しましたか?」
「ああ、まぁな」
「それじゃ勇者カードと魔王カードの提示をお願いします」
「ん? 提示するのか?」
「ええ、討伐数を確認させて貰いますので……」
俺とまーちゃんはバッグからカードを取り出し受付嬢に渡す。
受付嬢はそれを受け取りカウンターにある水晶にカードを入れる。
すると受付嬢の方にステータス画面らしきものが出ており、恐らくそこで今日誰がどんなモンスターを何匹狩ったのか等が表示されているのだろう。
「はい、終わりました。結構な数いたんですね、オークの巣窟」
「結構いたな、まぁ問題は無かったが――」
「そうよ! だから言ったでしょ! 私に任せておけばどんなクエストもイチコロだって」
「いえ、もう二回も失敗しているので……」
「報酬貰ったんだから成功よ」
「それは討伐数に対しての報酬ですので……」
「クエストを受けてなくても厄介なモンスターを討伐すれば報酬が貰えるって事か?」
「ええ、そんな感じですね」
「なるほど……」
確かに神殿でフェリスがドラゴンを退治した時も急な襲撃だったためクエストなんて出せなかっただろうし、そもそも冒険者組合もなかった。
俺はそんな事を考えながら今回の報酬について受付嬢に聞く。
「今回の報酬はいくらなんだ?」
「今回は――メインの報酬が三十金貨なのですが……」
「なんだ?」
「ブレスレットを見つけられましたか?」
「ブレスレット?」
「ええ、貴族の商人があそこのオークに襲われて取られた物品の回収が今回のメインクエストなのですが――聞いてませんか?」
えっ? 何それ、聞いてない……。
確かに巣窟の中には場違いであろう豪華な絨毯が敷かれていたが、まーちゃんはオークの巣窟の一掃を受けたんじゃないのか?
俺はすでにフェリス達の所に戻っているまーちゃんを大声で呼び、手招きをする。
「何よ」
「お前が受けたクエストはブレスレットの探索か?」
「何言ってんの? 馬鹿なの? オーク退治でしょ」
「いえ、オークの巣窟の一掃はサブクエストでしてメインはブレスレットの探索ですよ。何回も言いましたが……」
「と言う事らしいが?」
「そうだっけ? 知らないわ」
「お前なぁ……それでブレスレットはあったのか? つうかあそこにあった宝物、全部貴族に返さないといけないんじゃないのか?」
「それは大丈夫です。貴族の商人からは「他の物は冒険者に渡しても構わない、ブレスレットだけは――」だそうです。どうやら家族からの贈り物みたいでして……」
「だそうだ、早く出せよ」
「そんなのなかったわよ」
「こいつ――」
俺は強引にまーちゃんの鞄の中を探る。
「何すんのよ!」「離しなさいよ!」と言いながら俺の頭を引き離そうとするまーちゃんを無視して鞄の中を探るがそれらしき物はなかった。
もしかしたらまーちゃんが見落としたのか? それともオークには価値がなく捨てられたのか? 俺はそんな事を考えていると、ふとまーちゃんの右手首に目が行く。
ここに出た時には付けていなかったアクセサリーが確かに手首についている。
俺はまーちゃんの手をガシリと握り目の前まで上げる。
「これはなんだ?」
「ちがっ――それは私がつけてた物よ!」
「お前は何でそんなすぐばれる嘘をつくんだ」
「もう! わかったわよ! うるさいわね!」
半場逆切れとも思えるがまーちゃんが右手首につけていたブレスレットを俺に投げつけてくる。
俺はそれを受付嬢に渡す。
「はい、確かにこれです。クエスト完遂おめでとうございます」
「おう、それで報酬は……」
「ええ、討伐数、メインクエスト、サブクエスト。合計しますと……五十金貨になりますね」
「おお」
俺は予想以上の値段に感嘆の声を上げる。
あんなクエストで五十金貨とはなかなか――恐らく貴族が奮発したのだろうか?
それほどその貴族にとっては重要なブレスレットだったのだろう……。
「ところで貴族の持ち物なんですが……」
「ええ、それは貴族から言われた通りそちらで処理してもらって構いません」
「どこか売れる場所とか知りませんか?」
「それならここに持って来てもらえれば鑑定をした後、買い取りますよ」
「助かる」
俺は受付嬢が差し出した金貨が詰まっている簡素な袋の中を確認する。
枚数は確認しなくても冒険者組合は抜き取ったりしないだろう。
もしそんな事をすれば冒険者組合の信用に関わるからだ。
俺はその金貨の詰まった袋をバッグ入れ、まーちゃんの分と自分の分のカードを受け取り受付嬢に礼を言う。
そしてフェリス達の所に行き、まーちゃんにカードを渡しテーブルにつく。
「どうでした?」
「ああ、一人十金貨だ。それとまーちゃん、後で鞄の中身をあの受付嬢に渡してこい」
「なんで! くれるって言ってたじゃない! 私の物をもう取らないでよ!」
「勘違いするな、冒険者組合が買い取ってくれるんだよ。つうか何でお前の物になってんだよ。山分けするって言っただろ」
「それなら最初からそう言いなさいよ」
パタパタとまーちゃんが受付嬢の所に駆けていく。
それと入れ違いにウェイトレスが料理を運んでくる。
俺もウェイトレスにコカ唐揚げ定食とリンゴ酒を頼む。
「それにしても十金貨なんて――すごいです!」
「そうですね。やはりキノコ採取なんかとは比べられませんね」
「ええ、とても刺激的でした! 仲間もできましたし――」
「え? 俺達って一時的にパーティー組んだだけじゃ?」
「え?」
正面にいたリスティの顔が喜びから悲しそうな顔に変わる。
「ゆーくん、同じ釜の飯を食べたらなんとやらなのん」
「ふむ、まぁ困ったことがあれば助けるよ」
「そう願いますね。リスティも、もう十分刺激を味わったのですからいいでしょう?」
「ですが――ゆーくんともっと冒険がしたいです」
「俺はのんびり怠惰を貪りたい」
「さすがゆーくんなのん! うちが養うのん!」
「ああ、頼むよフェリス」
「お前は最低だな」
クリスの罵倒を無視し俺は横にいるフェリスの頭をまるで卵を撫でるように優しく触る。
そんな事をしていると換金を終えたまーちゃんが俺の横に座る。
「どうだった?」
「三十金貨よ! 今日はいっぱい飲むわよ!」
「いいから……分けるぞ、それ」
「なんでよ! 全部私のよ!」
「いい加減にしろ!」
俺はまーちゃんの髪をグイと引っ張る。
渋々といった顔をしながらまーちゃんは机の上に金貨の入った袋を置く。
俺もバッグに入れておいた袋を取り出す。
「ええと、まーちゃんの分を少し多く分配するとして――大体一人十五金貨かな」
「少し多くって、たった五金貨なの? もっと私によこしなさいよ!」
「仕方ないな、十三金貨でいいか? みんな」
「いいのん」
「それだけ貰えれば十分です」
「異論はない」
俺はそれぞれに金貨を渡すと、各々自分のバッグへとしまう。
俺もそれを見習い自分の財布――小袋へと金貨をしまう。
丁度コカ唐揚げ定食とリンゴ酒が運ばれてきて俺の前に置かれる。
ついでにまーちゃんも頼んでいたらしくコカ肉とリンゴ酒がまーちゃんの前にも置かれる。
俺はウェイトレスに空になった袋――クエストの報酬の袋とまーちゃんが換金した袋――を渡す。
「それじゃ乾杯しますか」
「そうね!」
「ええ、やりましょう」
「やるのん」
「仕方ない――」
乾杯! と全員で飲み物の容器を押し当てる。
俺はグビリと乾いた喉をリンゴ酒で潤す。
まるで全身に浸透していくような感覚がたまらなく気持ちいい。
「あの――それでなんですが、私達はもう仲間ですよね?」
「何言ってるのよ! 当たり前でしょ!」
「わぁ」
リスティの顔に笑顔が戻る。
俺はふぅとため息をつき「まぁいいか」と無意識に声が漏れる。
その夜はみんなで馬鹿みたいに飲んだ。
久々にクエストらしいクエストをこなしたからだ。
俺の財布もつい緩んでしまう――
まーちゃんも少しは満足したみたいで、まるで滝に浴びるかのように酒を飲んでいる。
リスティも顔が夕日のように赤く、初めて酔っている姿を目にした。
クリスは――平静を装っているがいつになく笑顔が多い気がする……。
きっと今回のクエストで少しは満足して明日はまーちゃんの「クエストに行くわよ!」という言葉で起こされる事はないだろう。
そんな事を考えながら俺は横にいるフェリスの頭を軽く撫でる。
するとフェリスからは笑顔が帰ってくる。
どうやらフェリスもクエストに満足しているらしい。
その日俺はまるで泥に沈むようにベッドで眠る。
横にはいつも通りフェリスがいたので頭を撫でながら――
明日は昼起きだな……。
そんな事を薄れていく意識の中で考えていた。
次の日、まさかあんな起こされ方をされるとはこの時は全く予想していなかった。
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