第21話 初めてのクエスト、終わりました

「兄ちゃんやるなぁ! おかげで今日は夕日を拝まずにコカトリス討伐が終わったぞ」

「すごいよ! ゆーくん。それにその剣も血糊が付いても全然切れ味落ちないなんてすごい」

「帰ってビール飲もう! ビール!」

「その前にガストはその血まみれの手を拭こう。そしてディアナは顔についた血を……、あとスカーレットは羽が一杯服とか髪の毛に付いてるぞ」


 三人は互いに見て、笑いながらガストは手を拭きディアナは顔を拭く。

 そしてスカーレットは服や髪についた羽をはたいて落とす。

 俺はといえば……聖剣を拭って手に付いた血を拭きとっている。

 俺達はたった五時間程でコカトリス討伐を終えた――だが、俺にとってこの五時間はとても長い、まるで三日間暗闇の牢獄に捕らえられたような感覚だった。

ただひたすらに「コカー!」という鳴き声と共に恐怖の眼差しを俺に向けてくる子供コカトリスの首を延々と聖剣で刎ねたのだ。

 まるで小動物をひたすら虐殺したような後味の悪い気分だ。

 しかしクエストを何度もこなしてきた三人は慣れているのでそんな気持ちにはもうならないのだろう。

 俺とは正反対に満面の笑みを浮かべている。

 ガストが牧場主の所に行き、報告を終えて俺達は冒険者組合へ帰路を向ける。

 ガストは下処理をした子供コカトリスをリュックに大量に入れてある。

 知らない人から見たら、これから何所か旅にでも行くのか? とでも思える大きさにリュックは膨れ上がっている。

 それと同時に俺は自分が虐殺した子供コカトリスの量だという事も忘れないようにする。

 肉を食べるという事は誰かがこうやって食材になる生き物を殺すという事だ――


「なんだ兄ちゃん顔色が悪いな。やっぱりコカトリス討伐は初めてだったのか?」

「いや――まぁ牧場での経験は初めてだ」

「そうか、まぁ慣れるしかないわな。こればかりは……。最初こそ罪悪感に苛まれるが、俺達が下準備したコカ肉を冒険者組合で美味そうに食べてる連中を見ると何とも言えない気分になるぜ」

「そうなのか?」

「ああ、それはもう美味そうに食べるんだ。その食材を調達した俺達は悪人か?」

「いや、でもやっぱり首を刎ねた感覚がまだ残っていて――」


 俺は手にはもうないはずの子供コカトリスの死体の生暖かさや、首を刎ねる時に伝わってくる感覚を思い出してしまう。

 当分は頭――そして手から離れないだろう……。


「それは仕方ないさ、最初のうちはみんなそうさ。それにしては兄ちゃんは頑張った方だぜ。それに――後ろの二人もお前には感服していた。普通なら「疲れた」とか「休ませてくれ」とか言う奴が多い中、お前は弱音を一度も吐かずに一心不乱に剣を振るっていたからな」

「それは考えるのをやめただけで……」

「ハハッ、それでもお前はすげぇぜ」


 ガストが笑いながら俺の背中を叩く。

 俺は背中に熱い感覚を覚える。


「今ならどっちかにアタックすれば夜は一緒にいられるかもよ」


 ボソリと俺の耳元で呟くガスト。

 しかし俺は途中からそんな気にはなれなくなっていた。

 むしろ早くコカトリス討伐が終わってくれと切に願っていた。

 もう殺したくない――と。




 門番に通行証を見せ冒険者組合まで帰ってきた俺達はコカ唐揚げと飲み物を注文し、テーブルを囲んでいた。

 ガストはコカトリス討伐の報告、そして背中に背負ったリュックを渡しに受付に行っている。


「それにしてもゆーくんすごかったよ!」

「ああ、ありがとう」

「普通なら二人か三人で交代しながら首を刎ねるんだけどね。そうだ、勇者カード見てみなさいよ」


 俺はディアナに言われた通り勇者カードを見る。

 もちろん左上の神話級を隠すように持ちながら。


「ほら、真ん中下にコカトリス討伐数がでてるわ」


 俺の左に座っているディアナが勇者カードの真ん中下部分を指さす。

 そこには「子供コカトリス 115」と書かれていた。

 つまりは今日一日だけで百十五匹の弱者の命を奪い、百十五回も「コカー!」という声を聞いたのだ。


「あら、右下を見てみて。称号も何かあるわ」


 俺はその言葉に従い右下部に目をやる。

 そこには「首狩り」という称号が追加されていた。

 確かに子供コカトリスの首を数多く刎ねた。

 だからと言ってこんな称号を貰ってもな――俺がそんな事を考えてるとガストが報告を終えたようで俺の正面、スカーレットの右側に座る。


「よぅお前ら。まだ乾杯はしてないよな」

「まだよ兄さん」

「おう、それじゃ乾杯するか」


 俺達は各々の飲み物が入った容器を上にかざす。

 そして「乾杯」とみんなが揃って叫ぶ。

 その後はコカ唐揚げをつまみ上げパクリと口の中に放り込み俺はリンゴジュースで胃に流し込む。

 当分はコカ関係は食べたくないと思っていたのに実際コカ唐揚げを見るとその香ばしい匂いに胃が「キュウ」と一鳴きする。

 これが恐らく丸焼きの姿のコカ肉ならこんな風には鳴らなかっただろう――


「兄ちゃん、本当にご苦労さん。これが今回の報酬だ。それと……これはこの冒険者組合で使えるコカ肉一匹無料券だ。好きな時に頼みな」


 机の上に六金貨と紙切れが置かれる。

 時間から換算してもかなり破格な数字だ。

 そして紙切れにはコカ肉一匹無料という文字が書かれていた。

 俺は金貨を革袋に入れ、紙切れをポケットにしまう。もしかしたらコカ肉を頼まずコカ唐揚げを頼んだのはガストが俺の今の心境を察してなのかもしれない。




 その後は色々と話した。

 この世界の事を聞いたりガスト達がどんなクエストをこなしたのか等、本当に色々だ……。

 そんな事を聞きながらリンゴジュースを飲んでいると冒険者組合のドアが大きな音を立てて開かれる。

 その方向に目をやると顔を真っ赤にしたまーちゃんが立っていた。

 あれ? 昨日のデジャブかな? なんて事を俺は思いながらガスト達に「ちょっと仲間が帰ってきたからそっちに行くわ。今日はありがとな」と言い残し席を立つ。

 ガスト達も「おう、兄ちゃんまたな」「ゆーくんまたクエスト行こうね」「また今度一緒に行こうね!」と言ってくる。

 俺はまーちゃんの元に向かいながら背中越しに「またな」とガスト達に向けて片手を上げ左右に振る。


「おう、どうだった? オーク狩り」

「全然よ! ていうかゆーくんは何してたの? あの人達と!」

「クエストに行ってたんだよ」

「は? 私達のクエストに来ない癖に、何で知らない人達とクエストに行ってるわけ?」

「色々――訳があってな」


 そう、「あの女とヤれるかもな」という魅了系魔法の言葉さえなければ俺は今でもここで本を読んでいただろう。

 だが正直に言うと、きっと白い目で見られてしまう。

 それだけは避けたい――


「それより、コカ肉の無料券があるんだ。コカ肉でも食いながらお前達のクエストがどうだったか教えてくれよ。まぁ聞かなくても分かるが……」

「コカ肉! 全く仕方ないわね。私はクエストの報告に受付に行ってくるわ! その間に頼んでおいて頂戴」


 そう言い残してまーちゃんは受付嬢の所まで走っていく。

 俺はまーちゃんの横にいたフェリスの頭を撫でつつ適当なテーブルに座る。

 俺が座ると同時に左に座ったフェリスが俺にもたれ掛かってくる。

 俺は正面に座ったリスティとクリスに今日の成果を聞く。


「どうだったんだ? クエスト」

「それが……何と言いますか……」

「歯切れが悪いなリスティ。討伐クエストは初めてだったんだろ? 失敗しても誰も笑わないさ」

「いえ、数匹は倒したのですが――」

「お前の仲間は一体どうなってるんだ?」

「え? クリス、一体どういう事だ?」

「どういう事もない、オークを見つけた途端いきなり走り出し魔法をぶっ放したんだぞ!」

「またか!」

「ああ、そういえば昨日も失敗してたんだったな」

「それでですね……巣窟からオークが溢れ出して逃げてしまって――」

「昨日と同じように追いかけたのん。今日は二人がいたからまだ数は昨日より多く狩れたけど全然ダメなのん」

「ふむ、要はまーちゃんを止めればいいのか?」

「間違ってはいないのん。まーちゃんが最初の難関なのん」

「そうか……今日は疲れただろ。みんな好きな物を頼めよ」


 俺はウェイトレスを呼びコカ肉無料券がある事を伝え、適当に料理と飲み物を頼む。

 もちろんまーちゃんの分もだ。

 フェリス達も各々料理や飲み物を頼んでいる。

 注文を頼み終えた後、ウェイトレスと入れ替わるようにまーちゃんがこちらへ来て俺の右側にドカッと座る。


「今日は昨日より少し多めに退治出来たわ!」

「あのな――いきなり走って行って魔法撃つのはやめないか?」

「なんでよ! 私の魔法は強いのよ?」

「いや、そうじゃないんだ。その強力な魔法に怯えてオークが逃げているんだよ」

「それを追いかけるのが戦士職ウォーリアの仕事でしょ?」

「――本気か? 普通は戦士職ウォーリアが先に攻撃をして、その後に魔法を唱えるだろ」

「そうなの? 普通は魔法を撃ってからじゃないの?」

「まぁ……その時々にもよるが普通は戦士職ウォーリアが先に行くものだと思うぞ? なぁフェリス」


 俺は左でもたれ掛かっているフェリスの頭を撫でる。


「まーちゃんに普通は通じないのん」

「その通りよ! フェリスはいい事言うわね」

「褒めてないのん」

「俺を挟んでコントはやめてくれ」

「何言ってんのよ! 全く……」


 暫くして頼んだ料理と飲み物が運ばれてくる。

 コカ肉を見て俺は今日殺した奴なのだろうか? と考えてしまう。

 そして今日やったクエストが頭にフラッシュバックし、気分が悪くなってしまう。

 やはり唐揚げと丸焼きでは見た目が全然違う――

 唐揚げでは食べられたが、丸焼きは当分食べれそうにない。

 まーちゃんは七面鳥の丸焼きの様なコカ肉の太腿を千切りそれを丸かじりする。

 そして「んー!」と美味しさを声にならない声で表現する。

 それを見てガストの言った事を俺は思い出す。

 確かに俺が殺した子供コカトリスもまーちゃんみたいに美味そうに食べられたらそれはそれでいいのかもしれない。


「あの……明日も行くんですか?」

「なによリスティ、行かないの?」

「いえ、ゆーくんは来ないのかなと思いまして……」

「本を読む予定なんだが――」

「は? 今日クエスト行ったんでしょ? 明日は私達のクエストに来なさいよ」

「そうです。ゆーくんも来てほしいです」

「今日クエストをしたから明日は休日……」

「何言ってんのよ! だから元の世界で穀潰しなんて言われるのよ!」

「むぅぅ、分かったよ……明日行くよ」

「わぁ! それはとても嬉しいです」

「最初から来ればいいのよ! 全く」

「ゆーくん行くなら心配いらないん」


 クリス以外は笑みを見せる。


「あなたが来た所であまり成果は変わらないと思いますが……」

「クリス! クエストはみんなで行くから楽しいんですよ!」

「はぁ……」


 どうやらクリスは俺に対してあまり期待していないらしい。

 仕方ないか――


「まぁまーちゃんが暴走しそうになったら止めるよ」

「おお! それなら期待できますね!」


 俺の一言にクリスも笑みを浮かべる。

 当然と言えば当然か――今までの失敗はまーちゃんの暴走が原因なのだから……。


「まぁ今日はゆっくり休んで英気を養おうか」


 そう、俺はとても疲れた。

 主に精神的に――だ。

 早く風呂に入り体を洗い流したいものだ。

 そしてゆっくりとベッドで本を読みながら寝たい。

 俺はそんな考えを頭の中で巡らしながらリンゴジュースをゴクリと飲み干す。

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