第20話 コカトリス討伐ー2
「いい! いいわ、最高よ。あっ、もうちょっと右、そう! そこよ」
「ここか?」
「そう! いいわよ、そこよ」
「いくぞ!」
「きて!」
剣を振り下ろす音と同時に「コカー!」と子供コカトリスの無慈悲な鳴き声が響き渡る。
そして死んだ子供コカトリスを持ち上げスカーレットに渡す。
そう、俺達はコカトリス討伐に来ていた。
大物のコカトリスを討伐しディアナとスカーレットにいい所を見せて夜はしっぽりとベッドの中で――なんて事を考えていた俺は現実に打ちのめされる。
「ほら次、早く!」
「コカー!」
「ああ、わかった」
俺はディアナに言われるがまま剣を振るう。
また「コカー!」と鳴き、次の瞬間子供コカトリスの首が胴体から離れる。
そしてその死体を横にいるスカーレットに渡す。
もう何回この行為を繰り返しただろうか? スカーレットは鼻歌交じりにコカトリスの毛を毟る。
一番奥にはガストが待機してり、手慣れたように毛を毟られ丸裸になった子供コカトリスの内臓を取り除き、鉄の串を刺していく。
一体どういう事なんだ? 俺はこの状況に理解できずただディアナに言われるがまま子供コカトリスの首を刎ねる。
そしてまだピクピクと動いている死体をスカーレットへと渡す。
俺の手にはまだ子供コカトリスの生暖かさが残る。
渡したのを見てすぐさまディアナはロープを引く――その先にはまだ多数の子供コカトリスが首にロープを括られていた。
そして引っ張られたと同時に次の子供コカトリスが悲鳴と共にディアナの手に収まる。
首に括られたロープを外して子供コカトリスの胴体を持ち、俺の足元にある――根元を切った樹木――台に固定する。
「さぁどんどん首を刎ねて頂戴!」
俺はディアナの顔を見つめる。
所々に子供コカトリスの血をつけ笑っている――まるで悪魔でも見ているようだ。
なんでこんな事になったんだろうか? 俺は数時間前の事を思い出す。
「よし、街を出たな。お前ら行くぞ」
「わかってるわよ。兄さん」
俺達は許可証を門番に見せ街の外に出た。
ここから森か丘――コカトリスが出るところに行くのだろうと俺は思っていた。
ガスト達と雑談をしながら街の外壁沿いを歩いていく。
しかし数十分しても森や丘に行く気配がない。
どこに向かっているのだろう? と思っているとガストが牧場のところで止まり振り返る。
「よし、着いたぞ。コカ牧場だ」
「コカ……牧場?」
俺は理解できずオウム返しをしてしまう。
当たり前だ――コカトリス牧場なんて聞いた事がない。
「もしかしてコカトリス討伐は初めてか?」
「え? いや、牧場は初めてだ。普通は森や丘にいるコカトリスを狩るんじゃないのか?」
俺は三人の顔を見るが、三人は顔を見合わせ笑い声を上げる。
「そんな危険な事する訳無いだろ。もしかして兄ちゃん冒険は素人か?」
「いや、冒険は何度もしているがこんなコカトリス討伐は初めてだ」
「ハハッ、冗談はよせよ。野良のコカトリス討伐は別物だ」
「そうなのか……」
「それよりさっさと始めようぜ」
ガストが牧場の方に向けて進んでいく。
牧場の奥にある小屋に着き、ガストはドアを無造作にノックしている。
そこから出てきたのは牧場主であろう初老の男性だ。
ガストと初老の男性が何かを話しコクコクと両者が頷いている。
少し経った後ガストがこちらに帰ってきて「さぁやるぞお前ら」と言ってきた。
俺は「何を?」とは言えず、ガストとディアナ、スカーレットが牧場にいる鶏らしき生き物を捕まえているのを見て、俺も真似をして何匹か捕まえる。
「やるじゃねぇか兄ちゃん! そいつをディアナの所まで連れて行ってくれ」
「ああ、わかった」
俺は数匹の鶏らしき生き物を両手に持ちディアナの所に向かう。
するとディアナは自分が捕まえたその生き物の首にロープを括りつけている。
「お、ゆーくんもう捕まえたんだ、少し待っててね。今逃げない様に首にロープを括りつけてるから」
「なぁ……この鶏みたいなのは何なんだ?」
「何言ってんの? 今回のクエストの標的、コカトリスよ」
「え?」
「よっと、完璧。さぁゆーくんが捕まえたコカトリスを頂戴」
「ああ」
俺はディアナに捕まえたコカトリスを一匹ずつ渡していく。
ディアナは器用に渡されたコカトリスの首にロープを括りつけていく。
そのロープは一定間隔で首に括りつけられていて、まるでロープで手を括られ一直線に並べさせられている囚人の様だ。
もちろん逃げようとしてもそのコカトリスの首から次のコカトリスの首に繋がっているロープが邪魔をして逃げられない。
俺は捕まえてきた全てのコカトリスを手渡す。
「さぁどんどん捕まえてきて! 期待してるわよ!」
「ああ、少し想像していたコカトリス討伐とは違うががんばるよ」
「子供コカトリスは石化ブレスを吐かないけどその分逃げ足は速いからがんばってね」
そう、確かに想像したコカトリス討伐とは違う。
しかしそれだけだ、子供コカトリスだがコカトリスには変わりない。
例え人の手によって繁殖させられたコカトリスであろうがコカトリスはコカトリスだ。
むしろ俺は危険を冒さずコカトリスを安定供給しているこの世界は凄いとさえ思った。
そんな事を思いながらできる限りいい所をディアナ、そしてスカーレットに見せるべく俺は子供コカトリスを必死に追いかける。
最初こそ警戒心がなかったのかすぐ捕まえられたが、段々と警戒心が増したのか子供コカトリスの逃げる速度が速くなる。
「ちっ、こいつら自分達の身の危険を感じてやがる」
「兄ちゃん! そっち行ったよ」
「おうよ」
ガストとスカーレットは手慣れたように連携して捕まえている。
子供コカトリスなんて相手にした事がない俺は警戒心を抱いた子供コカトリスをなかなか捕まえられずにいた。
とにかく素早い――
大物コカトリスは石化ブレスという強力な攻撃を得る代わりのこの逃げ足を無くすという訳か――
俺は仕方ないと思いスキルを使う。
「<
少し上に飛び警戒されている正面からではなく上から少し後ろに周り捕まえる作戦だ。
どうやら子供コカトリスの警戒は後ろには向いておらずあっさりと捕まえられた。
それからは数度<
そしてディアナの所まで持っていく。
「お、もうそんなに捕まえたんだ。やるじゃない」
ディアナは結構な量の子供コカトリスをロープで括りつけていた。
そしてまた一匹と俺が捕まえたコカトリスが括りつけられ、数匹追加される。
それから一時間程してディアナが全員に向けて叫ぶ。
「そろそろ数集まったよ! 次始めるよー」
「あいよ」
「わかったー」
次とは何だろうか? そんな事を思いつつディアナの所まで歩いて行く。
「今回は早かったな……兄ちゃんのおかげか? 中々やるじゃねぇか」
「すごかったよ! ゆーくんのジャンプ! 今度教えてよ!」
「確かに凄かったわ。今回一番捕まえたのはゆーくんよ」
俺は褒められて少し照れてしまう。
それにしてもコカトリス討伐――まさかこれで終わりか?
「それじゃあ次の準備お願いね」
「わかってるぜ」
「任せて! お姉ちゃん」
次――何をするんだ? そんな事を考えているとディアナが俺を根元を切った樹木の所に立たせる。
そして右横には「いつでも来い!」というような顔をして両手をこちらに向けているスカーレット、その更に奥にはガストがリュックから鉄の串を取り出している。
これから何が始まるんだ? という思いが俺を不安にする。
「さぁ始めるわよ! ゆーくん早く剣を抜いて」
「え?」
「え? じゃないわよ。これからがコカトリス討伐の本番よ。さぁ早く剣を抜いて!」
俺は言われるがまま聖剣を腰から引き抜く。
それを見たディアナが子供コカトリスの胴体を持ち根元を切った樹木の所に強く置く。
「さぁ! 討伐の始まりよ!」
「は?」
「は? じゃないわよ! 何のために剣を抜いたの! さぁ、首を――早くコカトリスの首を刎ねて!」
「えええええぇぇぇぇぇ!」
ちょっと待ってくれ、何で? というか野生のコカトリス討伐じゃなくてこれってもしかして繁殖させた子供コカトリスを料理にするための下準備じゃない? これをコカトリス討伐とか言っちゃうのはどうなの? そんな事を思っている俺を無視するかのようにディアナがまだ言ってくる。
「さぁ早く!」
「くそ!」
俺は渋々子供コカトリスの首を刎ねる。
刎ねた瞬間の子供コカトリスの目を見てしまう――そこには恐怖が写っていた。
首を無くした胴体がピクピクと動き断面からは血が噴き出ている。
ディアナは首に掛けられたロープから胴体をスルリと外しそれを俺に渡してくる。
生暖かい……。
「ゆーくん、早くこっちに!」
右側から声がかかる。
その声に促されるように俺は死体をスカーレットへと渡す。
途端に手慣れた手つきで毛を毟りだす。
素早く、そして正確に毛を毟っていく。
三十秒もしないうちに全ての毛が毟られそれをガストへと渡す。
ガストも手慣れたように腹にナイフを突き立てて中の内臓を掻き出していく。
そして準備してあった鉄の串を刺し、布の引かれた地面に置く。
「さぁゆーくんまだ一杯いるんだから! グズグズしない」
「……ああ」
俺はディアナの言葉に我に返り自分の下にある――根元を切った樹木――台に目線を戻す。
既に次の子供コカトリスがそこに押さえつけられていた。
何時間たっただろうか? 俺は聖剣でひたすら押さえつけられる子供コカトリスの首を刎ねていた。
――根元を切った樹木――台を見るとおびただしい血が付着している。
その奥に目線をやると数多の子供コカトリスの頭が転がっている。
それを見た俺は立ち眩みを起こしてしまう。
こんなにも無慈悲に命を奪ったのは初めてだ。
スライムみたいに顔が無く、血液が出ない生き物ならこうはならなかっただろう……。
「疲れちゃった? 兄さん少し休憩しようか」
俺が立ち眩みを起こしたのを心配したのかディアナがガストに休憩の提案をする。
ガストを見るとまだ内臓を取り出しているがこちらを向き状況を察したのか「わかった。少し休憩だ」と言ってきた。
俺はその場にドスリと腰を落とす。
今までも色々なモンスターと戦ったきた……。
だがこれは謂わば一方的な虐殺だ――ただひたすらに抵抗できない弱者を殺す。
こんな行為は俺は初めてだった。
「はい、お茶よ。今お昼も用意してるから――」
「ありがとう」
俺はお茶を受け取り一気に飲み干す。
作業を開始してから何度も朝食が胃から口に戻りかけそれを唾で何とか押し戻していた。
そのため口からは胃酸の匂いがしていたので素直にありがたい。
ふぅとため息をつき血がついた作業台を見て俺は思い出す。
四百年前、冒険をしている頃は食料調達、下準備は
そして料理はプリーストが担当し、俺と爺さんは待っているだけだったっけ――あれ? 爺さんは魔法で火を起こしていたし何もしてないのは俺だけ?
疑問が浮かび上がるが俺は首を左右に振りその疑問を掻き消す。
どこからか焚火の匂いがする――その匂いを辿るとガストが焚火を起こしていた。
そしてさっき処理した子供コカトリスを二匹、地面に差して焼いている。
「あ――俺は昼いらないから!」
「何? 肉食べて力尽けないと最後まで持たないぞ?」
「そうよ! ゆーくんも食べときなさいよ」
こんな血生臭い場所でお昼を食べるのか? 俺は地面に転がった子供コカトリスの目を見てしまう。
胃から逆流してくる朝食を手で覆い空を見上げて何とか胃に戻す。
「それにしても兄ちゃんの剣すごいな、どれだけ血糊が付いても剣の鋭さが鈍っちゃいねぇ。まるで魔剣か何かを見ている様だぜ」
魔剣じゃなくて聖剣なんですけどね――なんて言えない。
むしろこんな事に聖剣を使っていると、俺に聖剣を託した神様が知ればどんな表情を見せるだろうか。
「お茶をもう少し貰えるか?」
「どうぞ」
俺はディアナからお茶を入れてもらい一口飲む――後何匹殺せばいいんだろう……。
そんな事を思っていると焼いたコカ肉の香ばしい匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
いつもなら胃が「さっさとよこせ」と言わんばかりに鳴くのに今日はそれがない。
「ほれ、食べろよ」
ガストからスカーレット、そして俺へとバトンのように回ってきたのは子供コカトリスの太腿部分だ。
一番美味しい所でいつもなら何の躊躇いもなく食いついているだろう。
だが今はそんな気にならない……。
「食べなさいよ。おいしいわよ」
左を見るとディアナが微笑んでいる――血が付いた顔で……。
俺はその顔に恐怖を抱き仕方なく一口食べる。
「うまい」
食欲は無い――でも美味い!
皮がパリッとして肉汁が俺の口の中で弾ける。
味付けはシンプルに塩と黒コショウだろう。
それだけでも肉の旨味を十分引き出している。
「だろ? 自分達で処理した分、美味さもいつもより三倍増しだろ」
ガストが肉にかぶりつきながら言ってくる。
「お前達も食えよ」
「もちろんよ。兄さん」
「わーい! 肉だ!」
二人がガストのいる焚火の方に行く。
ロープにはちゃんと杭が打たれ子供コカトリスは逃げられない。
俺は重い腰を上げる事ができず、太腿部分を少しずつかじる。
この頃には二人の女性にいい所を見せようなどと考えてはいなかった。
むしろただ首を刎ねるだけなのにいい所を見せるも何もないだろう。
ガスト達は美味しそうに笑いながら食べている。
ガストは手を拭いたとはいえまだ少し血の色が手に残っていて、ディアナは顔に血が付いている。
そしてスカーレットは毟った毛が至る所に付着している。
まるで悪魔の晩餐かと思わせる食事風景だ――
俺は空を見ながら少し、また少しと子供コカトリスの肉を吐かないように胃に入れていく。
ある程度食べ終え立ち上がると三人も食事を終えたのか元の位置に戻る。
「さぁ! ゆーくん、続きをしましょう! まだまだコカトリスはいるわよ!」
ディアナが杭を抜き、ロープをぐいと引っ張る。
子供コカトリスが「コカー!」と鳴き、俺は聖剣を片手に覚悟を決める。
ガストはこのコカトリス討伐は慣れていると言っていたっけ――こんなクエストには慣れたくもないが肉を食べると言う事はこういう事なんだ、と思いつつ俺は聖剣を力強く握る。
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