第19話 コカトリス討伐ー1
「クエストに行くわよ!」
まーちゃんの突拍子のない言葉で俺は目が覚める。
どうやら本を見ながら寝落ちしてしまったようだ――涎が本に垂れていた……。
そしていつも通り俺の横にはフェリスが眠っている。
「クエストに行くわよ!」
「もう聞いた」
「早く準備しなさい」
「いや、今日は昨日知り合ったあの二人――リスティとクリスを連れてオーク退治に行くんだろ?」
「そういえばそんな事も言ってたわね」
俺は上半身を起き上がらせ背筋を伸ばし大きく欠伸をする。
しかし何でこうもクエストに行きたがるのだろうか? という疑問が頭をよぎる。
よくよく考えてみると俺とまーちゃんの思考回路は似ているが、決定的に違う所がある事に気付く。
もっと早く気付くべきだったのかもしれない――
俺は勇者だ――つまりは魔王城最深部まで到達した冒険のエキスパートである。
しかしまーちゃんは魔王だ――魔王城に引き籠りただひたすらに勇者が来るのを待つ……つまり引き籠りのエキスパートなのだ。
何かあればその都度、配下に言えばいい。
そんな奴が外の世界に出て、ましてや「冒険」なんて文字を目にしたらどうなる? もちろん冒険をしたがるだろう……。
まるでおもちゃを与えられた子供の様になるのは仕方のない事だ。
だがせめて朝くらいはゆっくりさせてほしいものだ。
「早く行くわよ!」
「いや、俺は今日も本を読むつもりなんだけど――」
「何言ってるのよ! 昨日散々呼んだでしょう!」
「まだ読み終わってないんだよ」
「そんな事よりクエストよ! さぁ早く朝食を食べて行きましょう!」
まーちゃんがそんな事を言い食堂へと駆けていく。
俺はふぅと軽いため息をつき、横で寝ているフェリスを揺さぶる。
「フェリス、起きろ。朝食行くぞ」
「うるさいのん」
フェリスの拳が俺の横脇腹に飛んでくる。
俺は無防備な状態だったのでその拳が綺麗に突き刺さる。
軽いパンチだろうと思っていたが、予想と反して重たい拳に「ぐぇ」とカエルを踏んだような声を上げてしまう。
「こ、こいつ……なんでこんなに腕力強いんだ? おいフェリス起きろよ」
「うるさいのん!」
今度はみぞおちにフェリスの拳が狙っているかのように飛んでくる。
俺はすぐさまそれを受け止める。
俺の掌がシュウという音と共に蒸気が沸き立つ……。
やはり力強い拳だ。
俺はフェリスの母親を思い出す。
あの歴戦の兵士よりも強いと思わせる腕力――それがフェリスにもやはり受け継がれているようだ。
まだ子供だと甘く見ていたが将来養ってもらう身としては怖ろしく思ってしまう。
もし養ってもらったとして――子供ができたらどうなるだろう? 俺は尻に敷かれ金を稼ぐために色々なクエストをこなさなければならなくなる。
今後フェリスに養ってもらうにあたってどうするかを考えないといけないと俺は心のメモ帳に書き込んでおく。
「どうするか……」
無理やり起こそうとすれば大惨事になりかねない。
いつもならフェリスが俺の腹に乗って起こしてくれるのだが、俺がフェリスを起こすという事は今回が初めてだ。
俺はフェリスを眺めつつ一つの案が頭をよぎる。
「おっきろー!」
俺は大声で叫びつつシーツの片方を持ち、大きく上に持ち上げる。
そうすれば重力とフェリスの体重により床に落ちる計算だ。
しかしそうはならずフェリスは宙に浮かぶ――簡単な話だ、フェリスの体重が軽すぎた。
フェリスはまるでボールのように俺のベッドから自分のベッドへ綺麗に飛んでいきそのままバウンドし床にドスンと落ちる。
「だ、大丈夫か! フェリス」
俺は慌ててフェリスのベッドの奥へ行き大丈夫か確認する。
フェリスが上半身を起こし目を擦っていた。
そしてこちらを睨みつけてくる――まるでメドゥーサに睨まれたように俺は動けなくなってしまう。
当然と言うべきか、俺の脛に向かってフェリスの拳が飛んできた。
俺は避けきれず、あまりの痛さに声にならない声を上げ床に崩れ落ちる。
そんなハプニングもあったが朝食を取る頃には痛みはだいぶ引いていた。
「さぁクエストに行きましょう!」
「落ち着け、まだフェリスが食べているだろ?」
「早く食べなさいよ! フェリスはいつも遅い!」
「まーちゃんが早すぎるんだ。それにまだあの二人も来ていない。つうか「クソガキ」からちゃんと「フェリス」と呼ぶようになったんだな」
「当り前よ! 一緒に冒険した仲なんだから! そういえば――リスティとクリスだっけ? 遅いわね、何してるのかしら……」
「まーちゃんが早すぎるんだ。暇ならちょっとランニングでもしてこいよ」
「何言ってるの? これからクエストに行くのにそんな事するわけないじゃん。馬鹿なの?」
まーちゃんはすでに朝食を食べ終わり、まだかまだかと片手に持った杖で素振りをしている。
そんな中、今日何度目だろうか? 後ろのドアが開かれる音がする。
恐らくクエスト掲示板を見に来た冒険者だろう。
まーちゃんは素早い動きで首だけを扉の方向に向け確認する――これも数度目だ。
「来た! 来たわ! あの二人よ!」
片手を上げブンブンと左右に大きく振り自分の位置をアピールしている。
もちろん誰が来たのか俺は分かったので振り向かない。
「お待たせしましたか?」
「遅れた感じはしないが――待たせたようなら謝る」
リスティは昨日と同じ感じだが、クリスは何故か腰が低い。
帰ってからリスティに怒られたのだろうか?
「待ったわ――すごい待った! でも許してあげる! 感謝しなさいよね」
「この女はなぜこんなに上から目線なんだ?」
「まぁいいじゃありませんか」
「こいつはいつもこんなんだぞ?」
「そんな事より! クエストに行くわよ! 受付でクエストを受注してくるわ」
まーちゃんがクエスト掲示板に行きすぐさま紙を引き剥がす。
そして受付へとその紙を持っていく。
耳をすませば「大丈夫よ! 今度は四人だから!」と言う声が聞こえてくる。
その間にフェリスも朝食を食べ終え、渋々立ち上がる。
「フェリス、ちょっと……」
「ゆーくん何なん? 一緒に来るん?」
「行かないが……何かあったら頼むぞ」
「分かってるのん」
乗り気ではないフェリスを呼び止め釘をさしておく。
万が一にもまーちゃんが死ねば心臓を交換している俺も死ぬからだ。
俺は四人が扉を出てクエストに行くのを見送りまた本へと視線を戻す。
少したった頃、横から声がかかる。
「よぉ兄ちゃん。昨日も本を読んでたけど暇なのかい?」
声のする方に顔をやると屈強な体つきの男が立っていた。
身長は二メートル程で赤いモヒカン頭が目を引く。
そして上半身はほぼ裸だ――いや、ハーネスを付けているので厳密には裸ではないが……。
腰の両横には鞄とその後ろに隠れるように大きな鉈が顔を出している。
「暇じゃない。むしろ本を読んでると暇人になるのか?」
何度も言うが本を読んでこの世界の事を理解する行為は十分に有益な事だ。
なのに何故か暇人と思われている――この世界の冒険者は脳筋ばかりなのだろうか?
「そんな本を見るよりクエストに行こうぜ!」
まるでまーちゃんみたいな事を言いだした。
「俺はいい、他を当たってくれ」
「そんな事言うなよ。コカトリス狩りで人手が必要なんだ。お前みたいな優秀な人間がな――」
男はそう言うと俺の腰に掛けてある聖剣に目を向ける。
なるほど……武器を見て俺を凄腕冒険者と見込んだ訳か――なかなかにいい目の持ち主のようだ。
「コカトリスとはまた難易度が高そうなクエストだな」
「難易度は低いぞ?」
「え?」
「それより兄ちゃん、あそこみろよ」
男が指差した方向に目をやる。
違うテーブルで二人の女性が話し込んでいる。
「今回はあの二人も同行する。兄ちゃんがいい所を見せたら……ヤれるかもよ?」
「何! その情報、もっと詳しく!」
俺が男にすぐさま目線を向けると男はニヤリと笑う。
「どうする? 一緒に来ないか?」
「――しゃあねぇなぁ」
本当に仕方ない。こればかりは――
まさか魅了系魔法である「あの女とヤれるかもよ」を使われたのだ。
俺はこの魅了系魔法に対して耐性がすごく低い。
しかも遠目で見ても同行するであろう二人は中々に美人だ。
話している間に時折見せる、はにかんだような笑顔が俺にかけられた魅了系魔法を強くする。
俺は男に先導されるまま二人の女性の所まで連れて行かれる。
俺も最初は必死で抵抗したのだが「フェリスなら許してくれるよ、きっと! 心が広い子だし――」と俺の下の聖剣が呟いた気がして抵抗するのを諦める。
「おい、連れて来たぜ」
「お兄ちゃん遅いよ」
えっ? 兄弟なの? 全然似てない。
俺は席に座り二人の女性を眺める。
返事をした女性は長い髪に翡翠の様な美しい色をしている。
目もまるで翡翠をはめ込んだように明るい緑色だ。
年は二十代前半だろうか? 包容力がまるで可視化しているのか? と思わせる雰囲気をしている――優しさが滲み出ていると言った方が正しいだろうか?
その横にいる女性はピンク色のツインテール、目もピンクパールを思わせる綺麗な色で力強い眼光を放っている。
活発そうな女性だ。
年齢はまだフェリスと同じくらいか? こっちは論外だなと俺は視線を外す。
しかし男が女性達に聞こえないように右手で口を隠し俺に耳打ちする。
「両方とも成人してるからな」
「何! 法律的には――」
「ああ、大丈夫だ」
「まじかよ」
俺と男は女性に聞こえないようにヒソヒソと話す。
そして女性達に視線をやると翡翠色の髪の女性の胸がプルンと揺れる。
それを見た瞬間、俺の下からドンと大きな音が鳴る。
何かがテーブルにぶつかったのだ――それと同時に俺は下半身に激痛が走り「ぐぅ」と情けない声が漏れる。
チラリと下――自分の下半身――を見ると俺の聖剣が既に暴れん坊と化していた。
「おいおい、兄ちゃん気が早いぜ」
「ちがっ――」
違わない――
まじまじと二人の女性を見たせいもあるだろう。
そして最後にあの胸の揺れだ――そのおかげでこの有様だ。
「何の音? 下からみたいだけど――」
「気にしないで下さい」
「気になる! ちょっと見てみ――」
「本当に気にしないで下さい! テーブルに膝をぶつけただけです!」
「おいおい、あんまり虐めるなよ。これからパーティーを組むんだから」
「はーい」
何とか下半身を見られずに済んだ事に安堵の息を漏らす。
「一応四人でもコカトリス討伐は行けるがあと二人捕まえてくるか……」
捕まえる――またあの魅了系魔法を使う気か? 俺以外の奴がいい所を見せた場合どうなるか。
考えなくても分かる。
「大丈夫じゃないか? 俺は強いぞ!」
「そうか? まぁ俺達もコカトリス討伐には慣れてるから兄ちゃんが頑張れば四人でも行けない事は無いが……」
「やります! やらせて下さい!」
「ひゅーかっこいい!」
俺は意地でもこの四人でコカトリス討伐を成功させる事を決意する。
「まずは自己紹介からだな」
男がそう言いながら俺の横に座りウェイトレスにコカ唐揚げと飲み物を頼む。
二人の女性も飲み物を頼んでいたので俺も便乗していつも通り、リンゴジュースを頼む。
注文した物がすぐさま運ばれてくる。
「俺の名前はガスト、
「私はディアナ、プリースト……まぁ回復職ね」
「私はスカーレット!
「俺は勇者――ゆーくんと呼んでくれ、
「勇者? 珍しい名前だね! おもしろい!」
スカーレットがはにかむ。
活発な笑顔で中々かわいいじゃないか――ピンクのツインテールも似合っている。
運ばれて来た唐揚げを各々口に運び飲み物で流し込む。
俺もリンゴジュースで同じように胃に流し込む。
「お前もコカ肉好きみたいだな」
「ああ、こんなうまい肉なかなかないよ」
「ハハッ、分かってるじゃねぇか」
「ところでコカ肉って何の肉なんだ?」
俺の言葉に三人が一瞬固まりすぐさま笑い出す。
「何ってお前……コカトリスの肉だよ」
「ああ、コカトリスか――え?」
安くない? だってコカトリスだぞ?
コカトリス――元いた世界では体長は五メートルから十メートル、大きくなると十五メートルにもなり、一見鶏に似ているが、その狂暴さは凄まじく何度も窮地に追い込まれた事がある。
そしてなにより石化ブレスを吐くのだ。
触れれば一発で戦闘不能になる恐怖と常に隣り合わせで戦わなくてはならない。
もちろんその肉は貴重だ――タンパク質で脂の乗りも抜群、しかしながら鳥類のためかあっさりしておりカロリーも控えめと貴族の間で高値で取引されていた。
その為一般人は高価すぎて普通は食べられない。
この世界のモンスター図鑑を見たが少しの違いはあれど石化ブレス等、大体は元いた世界と同じような情報だった。
それなら高値で取引されるはずだ。
それなのに……俺はコカ唐揚げや七面鳥の様な肉の塊――コカ肉を見ている。
親コカトリスは子共を守る。
コカ肉は大きさから言えば完全に子供の肉だ。
年を取った親より子供の方が美味いのはよくある事だが、問題は親コカトリスを倒さないと手に入らないという事だ。
難易度も相当高いはず――それがたった一金貨と少しで味わえるのだ。
この世界の冒険者はもしかして物凄く強いのではないか? という疑問が心の底から湧いてくる。
「おい、何黙ってるんだ? コカトリス討伐にビビってんのか?」
「ビビってない!」
「あはは、この子かわいい」
「ゆーくん! がんばろうね!」
ディアナが両肘をテーブルに付いてこちらを見てくる。
当然胸の谷間が俺の目に入る。
翡翠色の髪の毛がテーブルに垂れ下がりその間には柔らかい胸――そして中央には大地に一筋の亀裂が入ったような谷間がある。
まるで自然を司る――いや、体現しているような体だ。
そんな浅ましい事を考えていると収まりかけていた俺の下の聖剣がまた膨らんでいくのが分かった。
ドンという音と共にテーブルにあった飲み物や唐揚げの皿が少しだけ宙に浮く。
「ハハッ、こいつは大物だ」
ガストは俺の下半身を見て笑う。
ディアナとスカーレットは何が起きたのかわからず頭をかしげている。
俺はコカトリスの値段より今は自分の聖剣をどうするか考えなくてはならないようだ。
「できれば早めに終わらせたいわね」
「そうだね! そしたらここでゆっくりできるもんね!」
「大賛成だ! コカトリスくらい俺がすぐに殺してやるよ」
「わぁ! すごい! 頼もしい!」
「期待してるわね」
俺は精いっぱいの決め顔を二人に見せる。
「ハハッ、言葉だけじゃない事を祈ってるぜ。それじゃそろそろクエストに出かけるか」
「おうよ」
俺は勢いよく立ち上がる。
その反動で俺の下半身の聖剣が、テーブルを女性二人の方向へとひっくり返してしまう。
俺はすぐさま後ろに向く。
後ろからは「一体、何なの?」「いたぁい」という声が聞こえてきた。
「こいつぁ大物だ」
ドンと俺は背中に痛みを感じる。
横を見ると、どうやらガストが俺の背中を叩いたらしい。
しかし今の俺はそれどころじゃない。
必死に下半身を抑え込み、俺達四人はコカトリス討伐に出かけるのであった。
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