第18話 誰だお前

 俺は買ってきた本を食堂で読む。

 朝からただひたすらに……。

 朝飯を食べ終えたまーちゃんが勢いよく立ち「クエストよ!」と叫んでいたが俺はそれを断った。

 知識無くしてクエスト成功なし――昔爺さんに言われた言葉だ。

 するとまーちゃんは「なら私だけでも行く」と言うので、フェリスは嫌がったが無理やり同行させた。

 フェリスは子供だが、ああ見えて結構しっかり者だからだ。

 何かあってもフェリスが何とかしてくれるだろう――

 それに人見知りとはいえ、そろそろまーちゃんにも慣れてほしいからだ。

 朝食を食べ終えた俺は自室で本を読んでも良かったのだが、食堂に本を持っていきそこで読む。

 喉も乾くし分からない事があれば、宿屋のウェイトレスに注文がてら聞く事もできるからだ。

 そしてまた一つ分からない事が――俺はウェイトレスに向けて言葉を発する。


「すいませーん」

「はーい。ご注文承ります」

「リンゴジュースとコカ唐揚げを――あと、このPOPってなんですか?」


 俺はモンスター図鑑に書かれた「POPする」という文字に指を滑らす。


「ええと……いつの間にか沸いてるんですよ。どこからともなく……。それ以上の事は分からないです」

「なるほど」

「リンゴジュースと唐揚げ持ってきますね」

「お願いします」


 仕方なく目線を本を戻す。

 そこにはモンスターの生態が書かれている。

 そして俺の興味を引いたのがモンスターは繁殖以外でも出現するという事だ。

 この本の通り読むと「モンスターは繁殖だけでなくPOPする」と書かれていた。

 元いた世界で爺さんの子孫達が「テレビゲェム」とかいう娯楽機器で遊んでいる時に、この敵はここでPOPする! とか言っていたのを思い出す。

 俺はその時後ろで少し見ていたが、モンスターが何もない空間から出現していた。

 実際にはそんな事はあり得ない――モンスターだって繁殖をしなければ数は増えないからだ。

 このPOPするという情報がウェイトレスの言うように「いつの間にか沸いている」とすればもしかしたら俺やまーちゃん、そしてフェリスのように神もしくはそれに近い存在が違う世界からこちらへモンスターを送っているのだろうか? 俺はそんな事を考え無意識に「ふふ」と小さく笑ってしまう。


「すいません――」

「ああ、唐揚げとリンゴジュースはそこに置いといてくれ」

「あ、あの……違うんです」

「リンゴジュースは品切れか? ならオレンジでもいいよ」

「いえ、その……」


 しつこいなと思いつつ俺は声のする方向に顔を上げる。

 するとそこにはさっき注文したウェイトレスではない女性が二人、俺の右側に立っていた。


「誰?」

「あ、あの――今お暇でしょうか?」


 俺は無言で机の上に積まれた本の山をポンと手で叩く。

 もちろん忙しいという意味を込めてだ。


「暇なら――よろしければですが一緒にクエストに行きませんか?」


 どうやら忙しいというジェスチャーは効かなかったらしい。


「今本を読んでいて忙しい」

「あ、すいません」


 慌てて頭を下げ謝っている女性を俺は無視し本に目線を戻す。

 だが横にある気配は消えていない。

 俺は仕方がないので本を見つつ声をかける。


「他に何か用ですか?」

「え? あの、やっぱり暇なんじゃ……」


 なんでまーちゃんといい、この女といい「本を読む」という行為が暇に繋がるのか理解できない。

 むしろ本を読むという事は情報を貯めるという事で重要な行為だ。


「今本を読んでいて忙しいんで他当たって貰えますか?」

「え? え? ですが――」

「いい加減にしろ! 貴様、リスティお嬢さ――リスティを舐めているのか!」


 最初に声を掛けてきた女性とは別の女性が、大声を俺に浴びせてくる。

 俺は「はぁ」と二人にわかるようにため息をつき目線を本から女性に移す。


「いや、見たら分かるだろ? 俺は本を読んでいる」

「だから何だ! リスティお嬢――リスティがクエストに行こうと言っているんだ! なんだ貴様は!」

「いや、俺が言いたいよ「なんだ貴様らは」って」

「こいつ……だめですリスティお嬢――リスティ、他を探しましょう」

「で、ですが――」

「他を当たってくれ」

「待ってください、お願いします。一緒にクエストを――」

「何で俺なんだ? 他にもいるだろ」

「何となく……ではだめでしょうか?」

「そんな事言われてもな……」


 俺はリスティという女性をじっくりと観察する。

 髪は長くとても綺麗な銀髪だ――顔立ちも良く瞳は大空のような青色でまるで世界を人型に閉じ込めたような感じだ。

 服装は頭に花を象った物が付いたカチューシャ、上着はドレス風だが下は太腿までのスパッツ、腰には小さな鞄。

 足元を見ると、膝までブーツが覆っている。

 最後に目が行ったのは腰、武器はレイピアか――恐らくは戦士職だな。


「貴様! 何をそんなに見ている! 変態が」

「よ、よして下さい」


 もう一人の女性は紅蓮の炎のような髪色に薄い紫の瞳がまるで宝石のようで美しい。

 服装はどう見ても白色の紳士風タキシード――腰の左側には剣が垂れ下がっている。

 こいつも戦士職か……。

 この言葉足らずな女の執事だろうか? 最後までは言わなかったが「お嬢様」と続きそうな単語も出ていたし……。

 それにしては口が悪い――


「とにかくだ、俺は忙しい……」

「何をそんなに見ているのですか?」

「リスティお嬢――リスティ! そんな男に関わらない方がいいです。行きましょう」

「私にも見せてください」

「お嬢様!」


 リスティという女はタキシードの女を無視し俺の右側に座ってきたので、俺は腰をずらし少し距離を空ける。

 どうやら銀髪はお嬢様――貴族かそれ以上で間違いなさそうだ。


「モンスターを見てるのですか?」

「その通りだ。クエストに出かけて返り討ちに会う確率を下げるためにな」

「なるほど――」

「お嬢――リスティ! いい加減にして下さい」

「まぁまぁ、クリス、落ち着いて」

「落ち着いていられません、こんな男でなくても他に……」


 クリスという女が辺りを見回すが、すでに時間的には昼前。

 朝は大勢いたがすでにパーティーを組みクエストにみんな出かけている。

 数人が椅子に座り酒を飲んでおり、今日は休日と決めているのだろう。


「くそっ! なんでこんなに人がいないんだ」

「そりゃパーティー組むなら朝でしょ、昼から行こうなんてパーティーの人が集まらない時くらい――」


 俺は言いかけて悟る――ああ、こいつらパーティーから炙れたんだなと。


「とにかく、俺は忙しい。モンスターの情報を頭に叩き込まなきゃならんのだ。邪魔しないでくれ」

「私も見てもよろしいでしょうか?」

「もう! 好きにしてください」


 クリスという女が呆れ気味にリスティという女の横に座る。

 それと同時に唐揚げとリンゴジュースがテーブルに運ばれてくる。


「ところで……あなたの名前を教えて貰っても?」

「勇者」

「え?」

「勇者」

「勇者――さん?」

「仲間からはゆーくんと呼ばれている。お前もそれでいいぞ」


 「ふふ」とクリスが笑い「変な名前ですね」と言ってくる。

 まぁ本当の名前じゃないしな――と思いつつ本のページを捲りながら唐揚げを指でつまんで口の中に投げ込む。


「私はリスティ。こちらがクリスです」

「いや、名乗る意味が分からん。パーティーを組む訳でもないのに……」

「貴様! なんて失礼な、ここで切り刻んでやる!」


 俺の言葉にクリスが立ち上がり、ズカズカと俺の背後まで来て剣を抜こうと右手を腰の部分に当てる。

 俺はリンゴジュースを左手に持ち上半身を横に向け、クリスが鞘から抜こうとする剣の柄を右手で軽く上から押さえる。


「な、何を――」

「ここ冒険者組合だから……そういう物騒な事はよした方がいいぞ?」


 クリスは右手で剣を鞘から引き抜こうとするがビクともしない。

 俺が上から押しているから当たり前だ――


「クリス! いい加減にしなさい」

「は……すいません」


 冷静になったクリスが肩を竦ませ席に戻る。

 それとは対照的にリスティの方は興味津々に俺が見ている本を眺めている。

 モンスター図鑑に食い入るように見つめるリスティを見て、貴族の道楽でクエストに行こうとでもしてたんだろうか? と俺は思いながらリンゴジュースで喉を潤す。

 グビリとリンゴジュースを飲んだ後、少し聞いてみる。


「お前達、クエストは初めてか?」

「え? いえ、二回程クエストをこなしました!」

「どんな?」

「薬草を取ったりキノコを採取したり……あとは、そう! 馬糞を片づけました!」


 自信満々な顔をしてふんと鼻息を吹いているリスティを見てろくでもないクエストしかないのかと思ってしまう。

 クリスの方にも目をやるが恥ずかしそうにしていた。

 そりゃ馬糞の片付けなんて、クエストとしてどうかと俺も思うよ……。


「それで? 今日は何に行く予定だったんだ?」

「はい! 近隣を荒らしているオーク退治です」

「ほぉ……」


 俺はモンスター図鑑からオークのページを探す。


「ええと……オーク。体長二メートルから五メートル程で主に棍棒を使うが、無い場合は近くにある物を武器とする。性格は狂暴から温厚な者まで多種多様で人語を話す種族もいる――か。弱点は炎だってさ」

「すごいです! そんな事まで――あっ、どうしましょう! これから退治するオークが人の言葉を話してたら……」

「殺しちゃっていいんじゃない? 近隣荒らしてるんだろ?」

「ですが……可哀想じゃないですか?」

「討伐クエスト受けといて可哀想もないだろ」

「え、ええ……そうですね」

「今日はもうクエストを返却して諦めたら? もしくは二人で行って来いよ」

「そうしましょう! リスティ」

「いえ、ですが二人だけだともしもの事があった時に――」

「大丈夫です! 私がリスティを守ります!」


 ふんと鼻息を荒くしクリスが立ち上がる。それをリスティが制止し、座らせる。


「では今日は諦めて、あなたとご一緒にこの本を読ませてもらえませんか?」

「あ? まぁ俺はいいけど……」

「リスティ! ダメです! こんな男と一緒にいるなんて」

「なぜです? モンスターについて知るのも冒険者として必要な事では?」

「確かにそうですが……」


 クリスが何も言えなくなり肩を竦ませ黙り込む。

 俺は不憫に思いそっとコカ唐揚げの乗った皿をクリスの前まで滑らせる。

 クリスはそれを渋々食べ、「うまい!」と声を漏らしすぐ片手で口を塞ぐ。

 興味を持ったのかリスティもそれを指でつまみクリスの「指でなんてお止め下さい!」という制止を振り切り口に運ぶ――どうやら美味しかったらしく満面の笑みを浮かべている。

 俺はそれを見つつオークのページの角を少し折り曲げる。

 そんな事をしていると冒険者組合のドアが勢いよく大きな音を立てる。

 ただ開けるには必要以上に気合の入った音で、一体どんな奴が開けたんだと俺は後ろに振り返る。

 俺の目に飛び込んできたのは顔を真っ赤にして、今すぐにでも持っている杖をへし折りそうなまーちゃんとその横にポツンと立っているフェリスだった――

 まーちゃんはこちらに来るや否や「ちょっと聞いてよ!」と言い、俺が「何を?」と返事をすると俺の横にいる女性二人に目をやる。


「ゆーくん、いい身分ね。私がクエストに行ってる最中にナンパだなんて――」

「おい、何勘違いしてるんだ? こいつらは俺をパーティーに誘ってただけだ」

「ふーん」


 どうやらあまり信じていないようだ。

 まーちゃんは「まぁいいわ」と言いつつコカ唐揚げの皿を持ち上げ口の中に一気に放り込む。

 リスティの「ああ……」という小さな呻き声が聞こえてくる。

 その後俺が飲みかけていたリンゴジュースを奪い取り一気に飲み干す。


「クエスト報告行って来いよ」

「――分かってるわよ」


 まーちゃんが渋々といった面持ちで返事をし、受付のところまで歩いて行く。

 フェリスが俺の左側に座り腕にもたれ掛かってくる。


「どうだったんだ? 今日のクエスト」

「あの人ダメダメなのん」

「そうなのか? どんなクエストだったんだ?」

「近隣で悪さしてるオークの巣窟を一掃するクエストなん」

「ほぉ……リスティ達は近隣のオーク退治だったよな?」


 リスティを見ると俺の言葉にコクリと頷く。


「その巣窟の一掃か――まーちゃんの顔を見る限りではできなかったんだな?」

「あの人が巣窟手前で派手に魔法使ったおかげでオーク達が警戒して巣穴から出てきて一斉に逃げたのん。あの人クエストの内容理解してないのん。二体程倒して後は逃げられたのん」

「なるほど、失敗だな」

「失礼ね! ちょっと失敗しただけで一応は報酬貰えてるから少し成功と言ったところよ!」


 フェリスと話している中、受付から帰ってきたまーちゃんの顔は肌色に戻っていた。どうやら少し落ち着いたらしい。


「なぁ、この二人がオーク退治をしたいそうだ。明日リベンジ行って来いよ」

「はぁ? 何? この二人」

「あ――あの、リスティといいます」

「私はクリスだ」

「強いの? 弱いの?」

「強い……と思います」

「本当に?」

「失礼な奴だな! リスティを馬鹿にするな!」


 俺はそんな会話を聞きつつフェリスの頭を撫でる。


「フェリスを含めてお前ら四人で行って来いよ。戦士職二人に魔法職二人ならいいバランスだろ?」

「はぁ? あんた達戦士職なの?」

「一応は……」

「ふーん、まぁ私の指示に従うならいいわよ?」

「なんだ! さっきからお前の言い方は! 舐めているのか!」

「何よ! 意味が分からないわ」


 もちろんいいバランスなんて嘘だ――

 四人なら戦士職は一人がタンク役、もう一人が攻撃役。

 そして魔法職なら一人が回復役、もう一人が攻撃魔法役になるように小分けにしてバランスを取るのが普通だからだ。

 フェリスもそれに気づいているのか俺に何かを言いかけるが、俺は左手人差し指を立ててそっとフェリスの唇に当てる。

 フェリスはぷくーと頬を膨らませる。


「とにかく、今日はもう解散して明日の朝集まれよ。それともこのまま行ってくるか?」

「私はオークとの追いかけっこで疲れているから今日はパスだわ」

「うちもなのん」

「あ、でしたら今日は勉強会という事でモンスター図鑑を見ましょう」

「リスティ! それならもう帰りましょう」

「私はもう少しこの本を見たいです」


 まーちゃんが俺の前に座りコカ肉を頼みフェリスも同じ物を頼む中、リスティは俺がページを捲るのをまだかまだかと待っている。

 そんなリスティを見てクリスは諦めたのかふぅとため息をついている。


「ところで……明日ゆーくんは行かないんですか?」

「俺は忙しい」

「さすがはゆーくん! 働かない!」

「ゆーくんさすがなのん! うちが養うのん!」


 なんか罵倒されているようだが俺は気にしない。

 むしろ今日のノルマである「モンスター図鑑を一冊読み切る」を淡々とこなしていく。

 俺と横にいる二人も昼食を頼み、それを食べながら俺以外が各々話をしだす。

 最初は自己紹介から始まりここに来た経緯や明日どうするか等だ。

 なぜ俺を中心に話し出すのだろう? 別のテーブルに座りそこで会話すればいいのに――まーちゃんが口に物を含みながら話すせいでたまにモンスター図鑑にコカ肉の破片が飛んでくる。

 俺はそれを指でテーブルへと弾く。

 しばらくしてまーちゃんとフェリスは昼食を終え、部屋へと帰る。

 まーちゃんは最後の方はオーク二匹を討伐した事に満足げな顔に変わっていた。

 それもそのはずだ――たった二匹討伐しただけなのにリスティが「すごい!」「二匹も! 強いんですね」とまーちゃんを持ち上げたからだ。


「リスティは本当にすごいと思ってるのか? オーク二匹で……」

「すごいですよ! 私は倒せるかどうか心配です」

「そうか、まぁ大丈夫だ。明日は四人で行くんだし心配しなくていいと思うぞ?」

「そ……そうですよね」

「ああ、もし困った事があればあの小さい子――フェリスに何でも聞くといい。人見知りが激しいが慣れればちゃんと話してくれるし何より頭がいいからな」

「なるほど! 分かりました」


 そんな事を言いつつ俺はページを捲り続ける。

 「あっまだ読んで――」とリスティが残念そうな声をするのでページを戻す。

 そんな事を夜まで続け、今日のノルマ「モンスター図鑑を読み切る」を終える。

 ふぅとため息をつき背筋をぐっと伸ばすと固まった背中の筋肉達が少し悲鳴を上げる。


「もうこんな時間――私達帰りますね!」

「ああ、お疲れさん」


 リスティ達が窓の外を見て慌てて帰っていく。

 それを見送り窓の外を見るとすでに日は落ち暗くなっていた。

 もう夜かと俺も晩飯を頼み、今度はこの世界の大まかな歴史が書かれている本に手をやる。

 まだまだ俺のやる事は残っている――

 明日はあの四人で大丈夫――なわけないがフェリスに全部放り投げる事にする。

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